a (k)night story ~騎士と夜の物語~⑦
「・・・そういや、その頃お前の兄貴が生まれたんだったな。
イーノックの家に知らせが来て、あのじゃじゃ馬の姉貴が子供をもったことに心底驚いたおぼえがあるぜ。ははは」
「母様のことをそんな風に言いますけどね。叔父上は?」
「は?」
「叔父上はどうなんです?どなたか大切になさっている方などはいないんですか?」
「なっ・・・なに言ってんだ。そんな、お前、俺はそういうのは、い、良いんだよ」
「そうはいかないでしょ。跡継ぎはどうするんです?
そのためだけにイーノックの家に迎えられたとは言いませんけどね、家柄に合う女性を娶って、たくさん子供をもうけて大叔父様を安心させられるよう叔父上も頑張らなければ」
「若い娘が言うに事欠いて。ひ、人を種馬みたいに言うな。人の心配するよりお前こそ自分の心配しろよ」
「い、今は叔父上の話です。私のことは良いんですよ」
彼らが顔を突き合わせているところへ、サイラスがやってきた。
「サー・ユージーン、デュベル。
二人で話してばかりいないでこちらに来ませんか?楽師と踊り子たちがやってきましたよ」
宴の人数はかなり減ってはいたがまだ賑やかで、そこに異国風の音楽も混じって聞こえていた。
「あまり聞いたことがない感じの音楽ね。異国からの旅の楽師たちなのかしら?」
「そうらしい。
彼らは今、ウィルバー卿のところに逗留していて、卿がここで音楽などを披露するよう手配してくださったそうだよ」
「そうなの。
ねえ、叔父上もあちらで異国の踊り子たちのめずらしい踊りを見せてもらいましょうよ」
デュベルはサイラスと一緒にサー・ユージーンを誘ったが彼は面倒くさそうに頬杖をついて言った。
「俺はここで良いよ。こっからだって充分見えるさ。お前ら行ってきな」
二人が楽師たちを囲む輪の傍に行くと、大分酔っぱらった様子のマリアが待っていた。
「こっちこっち!あれ、サー・ユージーンは?
・・・ええ、なんで来てないの?サイラス様ったら、ちゃんと誘ったのぉ。
もう、あたしが連れてきてあげるわ。
ほら始まるわよ」
サー・ユージーンの方へ向かいつつマリアが指し示す先には、三人の踊り子が控えていて、楽師たちの曲の合図に合わせ被っていたマントを脱ぎ、優雅にお辞儀をするとしなやかに舞い始めた。
踊り子たちは皆、ほっそりとした身体に宝石やビーズ、金属の小さなコハゼが縫い付けられた薄い絹をまとい、飾り物をシャラシャラと鳴らしながら薄絹を翻し、音楽に合わせて不思議な甘い香りを撒き散らしながら鳥のように舞っている。
彼女たちは皆エルフのような顔立ちで、金髪や銀髪に合わせた色合いの衣装や飾り物を纏ってそれぞれ美しかったが、とりわけ真ん中の踊り子は滑らかな浅黒い肌に紫の瞳、カラスのように黒い髪をもっていて、胸の真ん中に飾られた丸い銀の小さな鏡が煌めき、薄絹の飾り物が星のようにさざめくと、まるで夜が生きて動いているかのようだった。
踊り子相手と言えば、下品な掛け声を掛けがちな酔っぱらった戦士たちも、呆けたように見惚れてしまうほどの舞姿だった。
「わぁ、すごく素敵!ほら、近くで見た方がずっと良いでしょ?」
皆の拍手喝采の中、マリアがサー・ユージーンを連れてきた気配にデュベルたちは振り返った。
「あ、ああ・・・」
サー・ユージーンの声はどこか狼狽しているような響きを含んでいて、彼はそのままふらふらと黒い踊り子の前まで進んでいった。
「ああ、お客様。それはご遠慮下さいまし」
と、楽師のかしらの者が声を掛けるのを黒い踊り子は無言で制し、自分の身体の倍以上もあろうかという男が近くに来るのを恐れる様子もなく、真っ直ぐ彼を見つめている。
「あんた・・・どこかで会ったことはないか?」
黒い踊り子の前に跪いて彼は訪ねた。
よくある誘い文句の中でも陳腐な言葉だったが、彼のただならぬ様子に冷やかしの声もなく、一同はそのまま黙って見守っていた。
彼女はわずかに首を傾げ彼を見ていたが、まるで猫のようにゆっくりと目を細め、優美に微笑むと
「私はシリン。騎士様、私はあなたを前から知っていたわ」
と答え、透かし細工の金の付け爪で彼の顔の傷に触れた。
~⑧へ続く
お読みいただきありがとうございます。
物語の解説を少し。
ブリタニアには数多くの楽器があり、バード(吟遊詩人)を生業にする冒険者もいます。
彼らはただ音楽を奏でるだけでなく、音楽の力で魔物の力を弱めたり、同士討ちをさせたりして戦闘を行うこともできます。
ごく腕の良いバードは冒険者たちとの戦闘の場では戦士たちを鼓舞し彼らの力のバックアップをすることができる者もいます。
いきものの心を動かし、操ることのできる音楽の力は刀剣にも負けない威力を持っているのかもしれませんね。
ちなみにブリタニアには踊り子という職業はありません。
好きなように踊っている者は見かけますが・・・。