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ハムスター

 次の方どうぞ。

 そう言われて部屋に入った。
やっと部屋に入れる、そう思ってドアを開けたらまだ前室であった。
 先程まで扉の外で自分の前に並んでいた二人がまた同じ方向を向いて前後で突っ立っている。

 その二人は言葉を発することなくただ突っ立っており、私は二つの頭を自分の方から順番に見えない線で星座のように結んでみた。しかし特に何の形にもならなかった。あえて言うならば、オリオン座の腰あたりの三つの星か。

 昔から人の頭を見ると見えない線で結びたくなる衝動に駆られる。例えば満員電車では「押しつぶされそう」よりも「結ばねば」という思いが強くなる。ここで結び方を説明させて頂くと、まず頭から次の頭へ眼球を移動させる。それだけ。その眼球の軌道に見えない線を想像するのだ。これで「人の頭星座」が完成する。そのため特に満員電車では、眼球は上下左右斜めにエアホッケーのように常に忙しなく動き、果てしない線を描く。

 ちなみに「人の頭星座」を作る意味や理由はない。

 次の方どうぞ。

 一番前に並んでいた一人が扉の向こうへ入っていった。次の次か。一歩前に足を踏み出す。そういえばこないだの会議で言われた資料、明日までだったな。日にちが経つのは早い。あ、それはそうと明日の夜は毎週楽しみにしているドラマがある。やっと一週間が経ったのか。

 次の方どうぞ。

 前の一人が部屋に入っていった。ようやく次か。

 もう「人の頭星座」は作れないので、代わりに目の前にそびえる古い扉の四隅を眼球で追い、交差させたり四角になぞったりして考えうる全てのやり方で何通りも「角星座」を作った。もちろん意味や理由はない。

 そうしているうちに、

 次の方どうぞ。

 やっとか。そう思いながら部屋へ入った。

 鳥のさえずりが聞こえ、朝露がこぼれ落ち、朝日が降り注ぐ。明日だ。奥の方には出口が見える。

 次はその出口から出て明後日の部屋、その次は明明後日の部屋に入る予定だ。我々は毎日そのような部屋を出たり入ったりしている。しかし、誰しもがその部屋に同時には入れないようである。なぜならば、時間というものは全てのものに平等には流れていないからだ。ずっと明日にいる人もいるし、ずっと昨日にいる人もいる。

 昔家で飼っていたハムスターのように、どうやらこの長い長いトンネルからは出られないようである。

 

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