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【ショートショート】時間泥棒のカバン(後編)

前編はこちら



「わたしのカバンだ、返してもらうよ」
「そっかー、持って行っちゃうのかー」

子どもには残念そうに、そう言われてしまった。だが、わたしの大事な商売道具が入っている。手放すわけにはいかない。

しぶしぶ差し出す子どもからカバンを受け取り、ほっと一息つく。その間も子どもはジッとこちらを見つめてくる。いつも人から見られることがないわたしは居心地の悪さを感じて戸惑う。

「おじさんはこんな時間に何してるの?」

子どもが問いかけてくる。確かに今はお昼になる少し前。こんな時間にスーツ姿で公園をゆっくり歩いていたら不審かもしれない。
誰にも意識されたことはないのだが。

「楽しいことを探していたんだよ」

そう、わたしは時間を盗むため、誰かの楽しい時間を探していたのだ。誰かの楽しい時間を拝借して生きているのだ。人と会話をするわけでもなく、楽しいと感じている人の、その時間を私に分けてもらっているので、嘘はついていないはず。

「そうなんだ。なんだか楽しそうだね」

楽しそう。
そう思えることは意外だった。わたしは人と話すこともなく、楽しそうな人を探している毎日だ。その楽しいことを誰かと共有することもなく、ただ探しているだけの毎日は、他の人よりもつまらない日常だと思っていた。

「ぼくはねぇ、あそこでママがご近所さんとお喋りしてるから、ここで遊んでたの」

そう言ってこどもは少し遠くにいる女性たちを指さした。そこには子どもの母親だろう女性と、もう少し高齢な女性たちとが群がっている。遠目に見える子どもの母親は、少し顔が強張っているように見える。反してもう少し高齢な女性たちの顔はイキイキしているようだ。

「ママが見える所にいてって言われたから、ここのベンチにカバンだけがあったのが気になって、見にきたんだ」

わたしを見ることができる子どもには、わたしの大事なカバンも見えるのだろう。

「そのカバン、パパが持ってるのに似てるけど、パパのは真っ黒なんだよ。パパの帰りはいつも遅いから、あんまり見ることないけど、たまに寝るのが遅くなっちゃった時に会えるとね、黒いカバンを持ってて……」

少し話して慣れたのか、子どもは父親のことを嬉しそうにたくさん話してくる。ニコニコしながら話しかけてくるが、目を見て話しかけられることに慣れていないわたしは、話の半分も頭に入ってこない。

「しょうちゃーん!」

遠くから、子どもの母親と思われる女性が近寄ってくる。

「ママー!」

子どもは嬉しそうに駆け寄っていく。

「お待たせ、お家に帰ってご飯にしよっか」
「うん!おなかへった」

ご近所さんに拘束されていた母親は、どうやら解放されたようだ。子どもも嬉しそうに母親と話している。

「おじさんバイバーイ!」

急にこちらを振り向いて、子どもは手を振っている。慌てて手を振りかえすわたしだが、母親は怪訝な顔。
2人は歩いて遠ざかる。豆粒のような姿になるまで見送ると、今日はまだ一度も時間泥棒をしていないことを思い出す。
楽しい時間を探しに行こうかと思ったが、なんだかいつになく疲労を感じ、しばらくこのままベンチに居ようと思い直す。
誰かと会話をすることになるとは思いもよらなかった。驚きと落ち着かなさで、しばらくはベンチから立ち上がる気力も湧かないだろう。

目の前を散歩している犬と飼い主が通り過ぎる。犬はチラリとこちらを見て、尻尾を振っている。

おわり


やったーなんとか完結させました。
物語りを書いていると、これの何が面白いんだ?と疑問がいっぱいになりますね。

読者が楽しめる小説とかって考え始めると、何にも書けなくなりますね。
今回はとにかく何でもいいから書くということを第一目標にやり遂げました。

頑張った、自分!
えらいぞー!
なんかわかりませんが、自分を褒めたい気分です。

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