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【ショートショート】時間泥棒のカバン(前編)
わたしは時間泥棒。
いつも黒いスーツと黒いスラックスを履いている。そして片手に茶色のカバンを持っている。
誰にも見られることはなく、気付かれることもない。人混みの中で過ごしているが、誰とも関わることはない。
周囲の楽しそうな空気を感じると寄っていく。その楽しそうな時間を少々拝借するんだ。楽しい時間っていうのは早く過ぎるだろう?それはわたし達、時間泥棒が少しずつ時間をもらっているからだ。
なぜわたし達は、誰からも見られず誰とも関われない。だから楽しい時間を共有することもない。唯一楽しい時間は、誰かから楽しい時間をもらったときだけ。だからわたし達は楽しい時間をもらっていく。
その時間をもらうときに必要なのは、昔ながらのコーヒーメーカーのような形をした機械なんだ。ハンドルをぐるくる回すことで、時間を巻き取るんだね。
いつもその機械はカバンに入れて持ち歩いている。いつ楽しい時間がそこにあるかわからないからね。楽しい時間があったらいつでも少しずつ拝借したいから。
今日はうろうろと歩いているうちに、公園に着いていた。さっき犬の散歩に付き合ったからね。動物はわたしのことが見えるようで、犬は尻尾を振って歓迎してくれる。自分を見てくれる存在というのはありがたい。
フリスビーで遊んでいた犬は、飼い主と一緒にいなくなってしまった。わたしもそろそろ次の場所に行こうと歩きはじめた。
少し歩いて気がついた。
いつも持っているカバンが手元にない。
これはまずい。
あれがないと、わたしは楽しい時間を過ごすことができない。
慌ててさっき犬を眺めていたベンチに駆け戻る。するとカバンと一緒にいたのは男の子。5歳くらいだろうか。1人でベンチに座っている。
子どもが1人なことを怪訝に思いながら、大事なカバンを手に取る。
「それ、おじさんのなの?」
子どもがわたしを見ながら話しかけてくる。
これまで誰からも話しかけられたことがないわたしはぎょっとする。自分の方を見る目が異様だ。
偶然だろうと納得し、再びカバンに手を伸ばす。
「カバン置きっぱなしだったよ」
完全にわたしの方を見て話しかけてくる。犬にはわたしのことが見えたのだから、子どもにも見えておかしくないのかもしれない。これまで子どもと話したことはないのだが。
「わたしのカバンだ、返してもらうよ」
落ち着かないながらも、一応返事をしてみる。
「そっかー、持って行っちゃうのかー」
なんとなく残念そうに言われてしまった。
つづく
今週は小説をパスしようかと思ったのですが、継続しないと今後一生書かなくなるかもしれないと思い、書きはじめてみました。
本当は完結まで一気に行きたかったのですが、いつも通り1,000文字くらい書くと集中力が切れちゃうんですよね。
そのため前後編予定にしました。
小説は毎週土曜更新にしようかなと思います。
とはいえ続きもの。
あんまり間を開けると私も読んでくれた人も忘れちゃうよなと思い、悩み中。
明日続きを投稿するか、もしくは1週間後の土曜日か。
どちらかに続きを更新するつもりでいます。