【ショートショート】落ち着かない登校時間
うわぁ、急いで家を出たらメガネを忘れた。
そう気付いたのは学校に向かう途中だった。
今日はスマホをいじっていたら、家を出るのが少し遅れたのだ。やばいやばいと慌てて家を出たからメガネを忘れてしまったようだ。
いつもなら見える電車の時刻表が、今日はぼやけて見えにくい。これは黒板も見えないかもなとげんなりする。
特別勉強熱心なわけではないが、寝るか真面目に授業を受けるかの2択しか選択肢がないのだから、その半分である勉強がやりにくくなるのは本意ではない。
メガネを取りに家に帰れるほど時間があるわけではないので、ホームに入ってきた電車には渋々乗車。今日の授業はたくさん寝ようと心に決める。テスト前に苦労するのも面倒なので、あとで友達にノートを見せてもらおう。
いつもよりぼんやりした視界の中で、ぎゅうぎゅうな電車の中で、異様な色味に気がつく。
赤・黒・緑・黄色
なんだか黒をベースにした強い色が渦を描いている。なんだこれは。
目線を上げてみると、中吊り広告が全て変な渦巻き模様だとわかる。油絵をぐるぐると塗りたくったかのようだ。それも色がどぎつい。
視覚情報の異様さに驚いていると、電車が揺れる。通学の時間なので人は多い。密集した人の群れも、電車の揺れに合わせてガタンと揺れる。
電車の傾きが落ち着くと、みんな体勢を立て直そうと、今度は反対に人の群れは動く。
ゆらゆら。
ゴトゴト。
電車の揺れと、人間の揺れ。
そしてどぎつい色の渦巻きがぐるぐる。
ゆらゆら
ゴトゴト
ぐるぐる
ぐるぐる
ぐるんぐるん
ぼけた視界のせいで、空気さえも揺れているように感じる。
ぎゅうぎゅうな人混みに、電車の揺れと同時に腹部をぎゅうと押される。朝ごはんに慌てて食べた米が胸までせり上がる。車内の熱気で上半身がムカムカしてきた。
しかも頭の中では渦巻きがぐるぐる。
ちょっとまずいかもしれない。
気持ち悪さを感じ、目を閉じる。学校がある駅までは、あと2駅で15分くらい。少し我慢をしたら着くわけだけど、急行電車に乗っているため、次の駅を出ると、そのまた次の駅まではノンストップだ。
電車の速度が落ちてきた。目的地の1つ前の駅にそろそろ停まる。
車内で粗相をする可能性を考えて、開いたドアから外に出る。人の流れにのって、電車から少し離れる。車両から離れるにつれて空気が冷たく感じ、頭がスッキリしてくる。
一度深呼吸をしてみると、それだけで気分が晴れる。気持ち悪さはすでにもうほとんど感じない。
降りた電車はまだドアが開いたまま、そこにいた。学校に遅刻するのも困るので、再度電車に乗ろうかと考える。
でも同じ車両だとあのぐるぐる渦巻きだ。他の車両は違う模様かなと、隣を覗く。
そちらの車両の中吊り広告は、遠目にもパステルカラーなのが目に入る。あの色味なら大丈夫そうだ。
ドアが閉まらないうちにと少し慌ててさっきの車両の隣に飛び乗る。
ふう。
あと1駅、なんとか車内で粗相をすることなく、遅刻もしないで学校に行けそうだ。安心のため息がでる。
そういえばこの車両の広告はなんなんだろうと視線を上げる。そして飛び込んできたのは肌色と水色。
なんで!?
豊満なボディを惜しげもなく晒し、水色の小さなビキニを着たお姉さんが写っている。
え、と戸惑い、他の広告も見てみる。そちらは白い水着。しかも身体をくねらせているため、下半身は何も履いていないかのようだ。
えええ。なんでこんなにやらしい広告ばっかりなんだ!
さっきの毒々しい広告とは打って変わって、こちらの車両はなんて……!
あんまりジロジロ見て、同じ学校の女子とかに目撃されても気まずい。視線を逸らしたいものの、他の広告も気になる。チラチラと視線をさまよわせながら他をチェックする。
ピンク、黄色、薄紫。
でもやっぱり肌色ばっかり。
ううん。気になるけど、そろそろ見るのをやめないと。なんでこの車両はこんなに水着の女性の広告ばっかりなんだろう。
なんだかさっきまで目がまわるような気持ち悪さだったのに、今では変に意識が敏感になっている。まじまじ見るわけにもいかないし、でも気にはなるし。
スマホを取り出し画面をつけるが、チラチラ車内を見回してしまう。もうすぐ目的地に着くはずだ。もういっそ早く着いてくれ。早く電車から降りたいんだ。
なんだか変な気まずさを感じ、居心地が悪くなる。あと12分で目的の駅に着くはずなんだ。変な汗をかきながら、スマホの時計でカウントダウンする。
今朝は散々な登校だ。
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