ヤク中メンヘラ女、怒涛の一日
昨日(10/23)は色々あった、色々ありすぎて昨日は書けなかったので、今書いている。
まず、リリカODで痛い目を見た。朝から精神科(親同伴)と期日前投票に行く予定なのにも関わらず、夜中にリリカを1カプセル飲んだ。前2カプセル飲んだ時にかなり強めに効いたので、1カプセルにした。えらい。ここまでは良かった。
そのおよそ3時間後に、リリカのせいで(飲んだ自分のせいだよ)自制が効かず、2カプセル飲んだ。馬鹿かこいつは、しかもこのあとさらに馬鹿なことをする。
飲んですぐ水を取りに部屋からキッチンまで行く道中で、自分がふらふらしていることに気がついた。1カプセルでこれはやばい!!朝までに水を大量に飲んで薬を抜かなきゃ!!そう思い、なんと3L程の水を部屋に持ち込む。加減を知らないのか?
ただ、効果がなくなるのはもったいないので、ある程度効いてから飲もう、そう思っていたのだが。少し効いたあたりで不安になり、水がぶ飲み大会を開始。
地獄はここから始まった。まだふらふらしてる!飲まなきゃ!を繰り返し、計2L程の水を2時間ほどで飲み干した。そして、水中毒になった。
薬のオーバードーズをしていたはずが、気がついたら水のオーバードーズをしていた。前代未聞だ。
しかも、途中に一度ふらふらせずに歩けた時があったのに、その時点で薬は抜けていたと分かるはずなのに、なぜやめなかったのか。馬鹿だからだ。ちなみに、私の体重だと一日に必要な水分量は1.4Lらしい。一体何をしているのか。
水中毒だと気づき、とても焦った。それまで薬によるものだと思っていた物凄いふらふらも、誤字がひどいのも、頭痛も、吐き気も、全て水中毒の症状だったのだ。早く水中毒を治さなきゃ!!と思い、まだ吸収されていない水を吐いたり、口渇する精神科の薬(睡眠薬)を飲んだり、塩を舐めたり。他にもなにかしていたはずだが忘れた。
その努力が功を奏したのか、少しづつ治まってきた。ここで、眠気に襲われる。そう、先程飲んだ睡眠薬が効いてきたのだ。なぜ飲んだのか。馬鹿だからだ。
まだふらつきがバレそうな程度には残っており、あと1時間で精神科、という危機的状況で寝てしまった。
幸い、起こされてから歩くと、少しふらふらしているくらいだった。
この、リリカODの詳細な実況は明日(10/25)投稿する予定だ。実況と言っているように、ODしながら書いた。だからテンションがバグっているのと、行動が馬鹿すぎて我ながら面白いので、ぜひ読んでほしい。
この時点で1000文字近いのに、この後まだ精神科編がある。このあとも色々あるので読むのをやめないでいただけると嬉しい。読んでね。
車に乗って、精神科に到着。もう水中毒もおおかた治っているし、ここからはいつも通りの診察と、投票を終わらせれば帰って寝れる。そう思っていた。
水中毒の症状にはどうやら多弁も含まれていたようで、精神科医に「今私はBMIが15を切っています☆」というようなことを言ってしまった。入院を勧められるかもしれないから絶対に言わない、と決めていたのに。結果的には入院は勧められず、エンシュアリキッドという栄養剤のようなものをお試しで処方されただけだったのだが。あと、処方される睡眠薬の量が少し増えた。それは嬉しかった。
その後、ソーシャルワーカーさんと話した。こちらは診察と違い、親同伴ではない。それが仇となった。
大人には絶対に話さないと決めていたのに、色んなことを吐露してしまった。小さい頃からずっと家が苦痛だったこと。今その原因になっているのは親の離婚後からすぐに同じ家に住んでいるママの彼氏(呼称:おじさん)だということ。嫌だとママに何回も話してもうやむやにされるか無理な条件を出されるかで、何も改善されなかったこと。そんなママへの不信感や嫌悪感が年々募っていること。自立できる状態ではないので、到底一人暮らしは許されないこと。入院も物凄くストレスが多かったのでストレスが少ない環境になることは不可能であること。今の親は優しいけれど、昔は少しのことでそれに見合わないくらい激しく怒られたり殴られたりしていたこと。理不尽なことで怒られることも多かったこと。主にそんな感じのことを話してしまった。しかも号泣しながら。
最悪だ。こんなことを言っても絶対に誰も助けてくれないことはわかっているのに。話したくなかった。全然好きじゃない他人に自己開示をしたくなかった。
精神科に行くまでの自分の行動と、色々話してしまったことについて強く後悔しながら、精神科を終えた。
期日前投票は難なく終わった。現在私は18歳で、初めての選挙だったので戸惑いはしたが、特に何も間違えなかった。と思う。
ただ、調べ不足で比例代表と国民審査があるということを知らず、何も調べていなかったので焦った。これから選挙に行く予定がある人はそちらも調べて見てほしい。
期日前投票にした理由は、決まった一日に動けるかどうかわからないからだ。大学休学ニートに予定がある、わけがないので。
帰りの車の中で、自宅療養中なんだから食事くらいきちんと取りなさい、というようなことを言われた。やはり多弁で口が滑ってしまい、自宅療養になっていない、と言ってしまった。当たり前だが理由を聞かれた。
およそ療養できるような環境ではない、むしろストレス過多だ、何度も言っているようにおじさんが同じ家に住んでいるのが原因。若年性の精神疾患の原因はほとんど環境によるもののせいで、その環境は私の場合は家庭だ。
というようなことを言ってしまった。親からは、「日本の一般的な家庭環境としては全然悪い方ではないと思うんだけど」と言われた。これに関してははっきりと覚えている。それにより病み散らかし(画像参照)、泣き疲れて、寝た。
太宰治ごっことは、ブロモバレリル尿素で自殺を決行することだ。これは、太宰治がブロモバレリル尿素で自殺未遂をしたことになぞらえてこう呼んでいる。
余談だが、寝るためにリスペリドン1mgとデエビゴ5mgを飲んだら、起きるとまたふらっふらになっていた。ふらふらしてばっかりだなこいつ。
リスペリドンは睡眠薬として出されているものではなく、組み合わせて飲んだ自分が悪い。
以上、怒涛の一日の日記を書いてみた。日記で2000文字超えることあるんだ。本当に怒涛だったんだなあ、と改めて実感した。
それでは、今日はここまで。長いのに読んでくれて嬉しい。ありがとう。いいねも押してくれるとなお嬉しい。
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