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天国の弟とカヌレ

昨日、パン屋さんで、焼き菓子のカヌレを見た。
年子の長男の弟が、末期癌で抗がん剤治療をうけながら、母宅で療養していた時期に、弟は甘い物が好物だったので、無駄になるかもしれないけれど、亡くなる前になるべく好物を好きなだけ食べて欲しいという気持ちで、大量の甘味をいつもお土産に弟に持っていっていた。
その中で、弟が最も喜んでくれたのが、ケーキ屋さんの焼き菓子のカヌレで、
「これ、美味い!カヌレもっと食べたい」
と、母宅のリビングに設置されたベッドの上で私に笑った。母は弟の大腸癌が肺や全身に転移していることが発覚してから、弟に何かあったらすぐに気付けるように、リビングに弟用のベッドを置き、一応2階にも弟が一人になりたい時用に弟の個室を用意し、自分は小さなお布団セットを購入してそれを毎晩リビングに敷き、同じリビングで弟と寝食を共にしていた。

カヌレを購入したケーキ屋さんは遠かったので、母宅の近所にあるあらゆるコンビニとケーキ屋さんを廻りカヌレを探したけれど、売っていなかったので、後日購入したケーキ屋さんのカヌレを12個、冷凍で弟に配送した。母はカヌレが元々好きなので、食べたい時に解凍して、弟と母で食べきったそうで、
「美味かったカヌレ あんがと」とLINEで弟がメッセージをくれた。
弟は、すでに病院もタクシーか末弟の車で行っており、外出はできない身体になっていた。だから、ネットで評判の良いチーズケーキを私のために探し、カヌレのお礼にとネットで購入してくれて、
「冷凍してあるから、今度みまいに来た時一緒に食べようぜ」
とLINEでメッセージをくれた。弟が買ってくれたチーズケーキを一緒に食べる前に、弟は病状が悪化し、獨協医大にしばらく入院して、そのまま病院で旅立った。

骨格が大きくて、身長も180センチ以上あった体格の良かった弟が、抗癌剤で髪が痩せ皮膚が荒れ、日々身体も変化してやつれていった。
ふとカヌレを見かけると、あのやつれた弟の笑顔と、「これ、美味い!」という弟の声が思い浮かび、胸がしめつけられて、カヌレを見るのも辛くなり、食べられなくなってしまった。母もカヌレや弟の生前の面影を見かけると、弟のことで頭がいっぱいになってしまうようで、お分骨した弟のお骨が入った、お仏壇に置いてある布におおわれたとても小さな骨壷を、お仏壇の側で黙ってうつむいて抱いていたりする。
末弟は、車の運転中にポルシェを見かけると、
「兄貴、ロンドンに住んでいた時からポルシェが好きだったから、レンタルしてポルシェの助手席乗せてドライブしたり病院の送り迎えしてたらなあ……。俺って気がきかないんだよな……」などとよく後悔をつぶやく。

弟が、お母さんと仁香は大袈裟だな、カヌレぐらい食べてよ、末弟もポルシェぐらいで気に病むなよ、そもそもポルシェは乗りづらいだろ?なんて、少し呆れながら、天国で、優しかった祖父母たちや、叔母や叔父や、東日本大震災の津波で亡くなってしまった親戚たちと、皆で仲良く好きなものを食べたり笑顔でいてくれたらいいんだけどな。

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