31週で切迫早産に!薬を捨てて破天荒な治療にトライ(後編)
薬を使わず、切迫早産と向き合うと決めた日から私がやった事。
とにかく温めて、水素を吸って、鉄分の摂取を徹底して、重力干渉を抜く。
子宮口が開いたら終わりだと思って、思いつく限りのことをやりました。
サロンで大切にしていることを全て自分に当てはめる
まず熱を入れる事、余分な物を体から出す事を徹底しました。
熱については、光線治療器をとにかく会陰と肛門と下腹部に当てました。
足裏や太もも、関連する場所にも。
薬草の温熱も下腹部に当ててしっかりケア。
とにかく1日の中で暇があれば当てる。
いや、永遠に暇だ笑
そもそも切迫早産の患者の仕事は寝ることなのだから。
正直エアコンを切ってこの真夏に光線治療なんて暑いなんてもんじゃなかったけど、冷えは許されれないから、このときはとにかく忍耐です。
光線をやってる間も水素はずっと吸っていました。
血流を良くする事と同時に活性酸素をたたく!
という効果があります。
血が健康を戻してくれる訳です。
なので、その管である血管の強化も必要です。
いくら血がサラサラになっても、血管が脆くては意味がないんですね。
そこで食事をさらに徹底し、安全な鉄分をしっかり摂ることに集中しました。
安全な鉄って?
クリニックでもらう鉄剤は安全と言えないことがわかったので、日本で唯一安全に天然の鉄分をサプリにしている人をみつけ、そこから鉄分を買って真剣に飲みました。
重力干渉を抜く。
これは重力の影響を逃がすというイメージでしょうか。
歩けないほどの痛みだったので流石に安静、お尻の下に枕をいれて高さをつける事で赤ちゃんの重みで子宮頸管長がこれ以上短くならない様にしました。見た目はなんて原始的なんだという感じです笑
お腹の赤ちゃんとの対話をやり直す
ここからは、ベビーとの対話です。
とにかく、謝ったのと改めて感謝を伝えました。
もう31週まできて出産間近
なのに意識がベビーより仕事や日常を見過ぎていて、
寂しい気持ちにさせていたのかな?
ベビーを想っていたつもり。
そう、つもりだったのかも、、、
私の存在をもっと感じてよ!
私とお話ししてよ!
ママが働きすぎて酸素が薄くて苦しいよ!
働き過ぎによって体内の活性酸素多すぎて居心地悪いよ!
そんなメッセージだったりするのかな?
仕事はエステの現場、占いスクール、鑑定、占いスナックの運営の4本柱。
家事は夫と手分け。食はほとんど自炊なので家事には追われているのは本当の事。確かに私は忙しいかもしれない。妊娠前の半分も働いてないのは本当だけど。
妊娠前はきっと世間の2倍働いていた気もする。6時から24時まで働いていた。週7。600連勤とかやっていた人間。
半分になったとはいえ、妊婦としては過労なのか?
など、切迫早産になって初めて我に返ったのです。
なんか、泣けてきたんですよね。
私何やってるんだ?
仕事は数年後にやればいいよ。
今は赤ちゃんとの時間を楽しみなさいよ。って。
妊婦生活なんて、あっという間。
しかも、もう2度と経験できないかもしれない。
なぜ、仕事をすべて投げ打ってでもこの時間を楽しまないの?
人生全体というスケールで見た時に優先順位を完全に間違えていました。
直近や現実というスケールでしか物事をみておらず本当に大事なものを疎かにしてしまう・・・とても悔しくなりました。
自分なりにはベビーとコミュニケーションをとっていたつもりだったけど、全然じゃんって本気でごめんなさいって思えたんですね。
切迫早産にならないと気が付かない愚か者です。
日常を取り戻しつつ治療を続ける2週間
私の意識はガラッと変わりました。
自分なりのレシピで作った治療と思考のコントロールと
現実を変えることで身体は一気に楽になりました。
さすがに5日位はしんどかったですね。
特に最初の3日はトイレに行くのもキツイんです。
痛過ぎて歩けない。
歩くたびに声が漏れるんです。
忘れられないです。
この5日目あたりからお腹の張りが減ってきて、歩く速度も上がりはじめます。マンションの駐車場まで荷物をとりにいく事が出来るまで回復。
1週間経過した頃には日常生活が出来るようになってきました。
かなりスローだけど買い物にいける位になりました。
夫が5分で到着できるところに、私は20分以上かかる速度の歩行スピードではあったけど、最初に比べればかなりの回復レベルです。
薬なし治療の成果や如何に
切迫早産と診断されておよそ2週間がたちました。
出産予定の山梨のクリニックで定期検診。
その日はドキドキしながら、子宮口の様子や子宮頸管長の長さの発表を待ちました。この時34週。
自分のこの20日間の治療効果を知りたかった。
結果は
子宮口も開いてないし、頸管長も3センチ超えてきたよ。
良かったね!
あと、赤ちゃんの体重も2200を超えてるから、今産まれても障害が残るとかは無いと思う。
心配ないよ。ただ、今すぐ産まれたら大学病院に転院だけどね。
私は踊り出したかった!
娘に心の中でやったね❤️
うちら勝ったよ!
初めての共同作業を乗り切った感でめちゃくちゃ、高揚した。
娘とやったね、やったね。
と二人で診察台の上でガッツポーズをした。
そして、頑張ってくれて本当にありがとうと何度も叫んだ。
診察台の上で嬉しくて涙が出ていた。
ドクターからは
引き続き張り止め出しておくから、1日3回2週間飲んでください。
お薬が効いてよかったと言われた…
笑顔で
はい❤️お陰様です
副作用はきつくない?と聞かれ
全力の笑顔で
はい❤️
と答えた。
医者は不思議そうな顔をしていた。
それは珍しいね、結構副作用で苦しい人が多いから、萩原さんはついてるね。本当によかったと….
なんか、
先生ごめんなさい。
内心申し訳ない気持ちもあった。
私と娘の命を真剣に見てくれているこのドクターに嘘をついてる事に少し苦しくなった。
今から受付で手渡されるお腹の張り止め「リトドリン」も、帰りのガソリンスタンドのお兄ちゃんにゴミとして渡してしまうのだった。
更なる回復劇
ここから回復劇が凄まじかったです。
先生の「心配ないよ」
って言葉、めちゃめちゃ安心したんですよね。
自分を信じて過ごし方を決めたけどやっぱり不安いっぱいだったから。
自分の身体の状態が安心だとわかった途端。
お腹の張りがほぼなくなり、歩く速度も人並みに。
人間の意識ってこうも単純か?
安心した瞬間に細胞がひらいたのか?
いきなり、元気になっちゃったんです。
病院に行く前と後の私の姿が激変していて、夫も目を疑っていました。
巨大スーパーのイオンモールに行ったんですけど、スタスタ歩く私をみて、
!?!?( ̄(工) ̄)!?!?
何があったの?
って感じでした。
人間の意識ほど、病気に効く薬はないとは知識レベルではわかっていたけど、体感し、痛感したのは初めての事だったかもしれないです。
私が薬を使わずに回復したことは、偶然だったのか?軽症だったのか?本当は薬を飲まないほうがいいのか?自分でトライした施術が良かったのか、メンタルがそうさせたのか?
答えは一生わかりません。
でも、この道をチョイスして全く後悔がありません。
そして、安静にしてたのは最初の1週間くらいで、あとは自分なりの治療を続けながら家事もやったし、試しに歩いたりってよくやっていました。
そんな破天荒な私の行動の一つ一つに夫が何も言わずフォローをしてくれたことに、とても感謝しています。一人じゃ出来なかったと思います。
普通なら入院してくれ
薬を飲んでくれ
寝ててくれ
と言うはずですよね。
さて現在37週、正産期に無事入りました。
いつ産まれても大丈夫な状況です。
やっとここまで来た。
あとは、本番を待つのみです。
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