帝国と民族と正義と
帝国とは何か
東亜以外においては複合多民族国家を指す
東亜においては王は単に地域の長であり
帝とは神によって選ばれたもしくは血を引く存在
故に中華から日本皇室は認められなかった
皇帝と天皇は並立できないのだから
しかしそれぞれ信じる神が違う
遣隋使遣唐使が認可されたのは隋唐が征服王朝であり漢人王朝でなかった為であったし清も同様でした
漢人王朝であった明は天皇を無視し懐良親王や足利義満を日本国王に封じて冊封体制をとった
正統性とはかなりの不安定さをはらむのです
アジアだけでなく欧州においても同様です
民族主義とは非常にキナ臭い存在だと喧伝されますが
元をただせばフランス革命やアメリカ合衆国による民族自決主義が根底にあり一民族一国家の幻想をばら撒いたのはかの国々でした
そして民族という概念は為政者によっていとも容易く改変されます
権威主義体制にも改変されやすい
現在進行している東欧での戦争もそうです
ロシアとしては『東スラブ人国家』の統合は永年の悲願です
ウクライナとしては『ウクライナ人国家』の存亡の危機です
ロシア戦闘車両が攻撃により破壊される動画を見て民主主義者の代弁者であるかのように喝采を叫ぶ人々がいます
確かにロシアのウクライナでの蛮行は目に余るものであり許されてはいけないと私も思います(私は古典的自由主義者です)
しかしアレら破壊される車両の中でタヒに逝く兵士達も誰かの親であり子であり恋人であり伴侶なのです
我々はその事実に目を背け『正義』という危うい正統性の上で余りに無責任に手を叩いてはいないでしょうか
『悪の手先』は無慈悲に断罪されるべきと誰が決めるのでしょう
ロマ人をジプシー(エジプトから来た人々)として差別しユダヤ人をその信仰から差別し蹂躙した欧州の『正義』など我々から見れば危ういのは言うまでもない事です
ルーマニアはチャウシェスク体制下で地獄を見ましたが西欧はソビエト崩壊まで彼を賛美し続けました
確かにロシア指導部は国際社会的に絶対許されない
しかしロシアの個々人を断罪する権利など我等にない筈です
正統性とは何か
正義とは何か
統治とは何か
戦争とは何か
平和とは何か
彼等が親しんだ聖書から引用しましょう
マタイによる福音書5章より
『心の貧しい人々は幸いである 天の国はその人達のものである』
『悲しむ人々は幸いである その人達は慰められる』
『柔和な人々は幸いである その人達は地を受け継ぐ』
『義に飢え渇く人々は幸いである その人達は満たされる』
『憐れみ深い人々は幸いである その人達は憐れみを受ける』
『心の清い人々は幸いである その人達は神を見る』
『平和を実現する人々は幸いである その人達は神の子と呼ばれる』
『義の為に迫害される人々は幸いである 天の国はその人達のものである』
『私の為に罵られ迫害され身に覚えの無い事であらゆる悪口を浴びせられるとき貴方がたは幸いである 喜びなさい 大いに喜びなさい 天には大きな報いがある 貴方がたより前の預言者達も同じ様に迫害されたのである』
これらの言葉は欧米の為政者に常に投げかけられているはず
キリスト者でない我々は『何故』と感じるはずです
しかし彼等は矛盾など無いと言う
彼等の天に神はおわすのだろうか
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