私の高校バスケ vol.1
こんばんは!
さて、昨日に引き続き、今日は高校生の時のお話を!
どこの高校に通っていたの?
高校生活は東京都にある明星学園で過ごしました。同じ世代には、同い年にアランマーレの平松飛鳥、1つ上が東京羽田の本橋菜子さん、1つ下には富士通の王昕がいます。
東京・吉祥寺にある学校だったので、自宅から毎日1時間以上かけて電車で通っていました。朝練もあったので、冬は家を出るときには星が見えていました。毎日早起きしてくれていたお母さんにはとても感謝です。
明星学園に通うきっかけ
中学3年生の時、進路にすごく迷っていました。勉強もできて、バスケも県内では強い高校に行くか、バスケが全国レベルの明星学園に行くかです。
学生の頃は、勉強が結構好きで、中学に進むときも高校に進むときも、勉強とバスケのどっちを選ぶかで散々迷いました。
結局、高いレベルに挑戦してみたいという気持ちや、全国大会への憧れもあって、明星学園を選ぶことにしました。
恩師
明星学園のHC椎名先生は、本当に愛情をもって私たちに接してくれました。卒業してからも、会いに行けばいつも笑顔で迎えてくれて、一緒にご飯に行くのを楽しみにしてくれる、優しいおじいちゃんです。笑
椎名先生が、会うたびに私にしてくれる話があります。
「中学の時は、ただ立っているだけだったけど、走る姿を見ただけでお前はできるとわかったんだよ」
明星学園では、毎年中学校が沢山集まって行われる「明星杯」というものがありました。そこに私の中学も参加していたのですが、その時の試合を見て、そう思ってくれたそうです。
そこから、椎名先生に沢山のことを教わり、ただ立っているだけの選手から成長することができました。
4番ポジションをやっていたのですが、椎名先生のバスケットにおいて、4番ポジションは第2のガードだといわれてきました。パスで流れをつくること、外からドライブしていくことの楽しさを知りました。
チームディフェンスの楽しさを知ったのも高校の時です。
明星のバスケはオフェンスもディフェンスもシステムがしっかりしていて、こうなったらこうするというものがはっきりしていました。覚えるのは本当に大変で、とても頭を使いましたが、その分それぞれのピースがそろって、ぴたっとはまった時の気持ちよさ、楽しさはものすごかったです。
今までとは違う、バスケの楽しさを感じることができていました。
少し長くなりそうなので、高校時代のお話は明日も続けたいと思います。明日は、高校時代で鮮明に覚えている試合のお話を中心にしていこうと思います。
ではまた明日!
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