出東京記
東京で生まれ育ち、東京で学んで働いて、ずっと東京が一番と考えてきました。地方から来ている人に、「東京は空気が汚い」「水がまずい」「人が冷たい」「住む場所じゃない」とか言われるたびに、「じゃあ空気も水も人もいいあなたの故郷に帰ればいいじゃない。ここにいるなら悪く言わないでよ、東京は私の大事なふるさとなのだから」といつも心の中で言い返していました。
それが突然、人生半ばを過ぎた時に東京を出ることに。諸々の理由で本当に仕方なく。とは言え神奈川県。神奈川県なんて東京のすぐ隣で東京みたいなものじゃないの、と人は簡単に言うけれど、私にとっては大移動。引っ越してしばらくは、他県に旅行に行くとタクシーの運転手やお店の人が、「お客さんどちらから?東京?」と聞かれた瞬間につい長年の習慣で、「はい」と言ってしまい、そんなこと実はどうでもいいような世間話なのに真っ赤になってわざわざ訂正。「東京ではありません。神奈川県です」。海外でも、Are you from Tokyo ? こんなの絶対に、適当に「yes、そうだ」と言っておけばいいのものを、「東京ではありません、東京の隣にある神奈川県というところからきました」と暗い顔で説明。
神奈川県に住んで15年、今ようやく東京ホームシックが半分になりました。今住んでいるところの、広い空、木の香り、海の音、潮風、新鮮な魚介類と野菜、親切な近所の人たち、夜の静寂など、良いところを好きなところにかえていこうという心の作業をしています。でもまだ毎日のように東京の夢を見ます。