Bomber Cascade ②
―2- (偶然の答え)
授業がちらほらと始まってくる
連中と合わせられそうな教養は極力合わせた
あえてキセキの世代と教養を合わせに行った奴もいるとか
流石に興味ない教養にそこまではできないな
数学と物理、英語は学部ごとにクラスが分けられている
真ん中くらいに席を取って開始を待つ
『隣いいですか?』
と声がかかったので荷物をどかそうとすると
『や。』
「あ、どうも。」
森田さんと藤吉さんが隣に来た
2席空いてる都合いい場所がここだったんだろう
「藤吉さんも工学部だったんすね。」
『うん、生体分子。』
意外だと思ったけど納得した、工学部で一番女子の多い学科だし
すると来栖から「俺らちょっと有名人らしい。」というメッセージがグルチャに届いた
須藤からも「ほんのちょっとだけな。」という補足が来る
間違っていなければ今頃学部ごとの物理数学のはずだ
考えられるのは俺と同じ状況があいつらにも起こっているということ
「来たのか?」とだけ送ると、木場から親指を立てたスタンプが返ってきた
…ここまで来ると、なんらかの作為的なものを考えてしまうのが童貞の悲しい性か
―――
暇だ。
学部学科のお友達ができていないのが悲しいところ
英語なんか使わないだろと思わなくもないが、できることが増えるに越したことはない
日本脱出する可能性は大いにある
クラス分けされているとはいえ教室は超満員
『隣2人いいですか?』
「あ、いいですよ。」
俺の隣に来てしまうとは、運のない人たちだなと思う
もう少し早く来ればこの事態は避けられたというのに
隣に来た人を見て驚いた
大園さんと小池さんだったからだ
ちょっと流れ変わってきたな
『来栖君、だよね。この間の見たよ。凄かった~』
「ありがとうございます。」
『保乃ちゃんから人社って聞いて同じだーって思ったんだよね。早くあえてラッキー。』
「私もまさか覚えていただいてるとは嬉しいですね。」
運がいいという意味のラッキーだろうか
運というのは時として用意されたものがある
自分でいうのもあれだが、自由選択式の座席で隣が埋まることは稀だ
今日のように満席で仕方なくといった場合を除いて
まだわからないが、少なくとも大園さんからは仕方なくといった感じは見られない
極端な話、大園さん側が狙ってやったとしたらだいぶキナ臭いことになる
遅く来た方が確率は上がるんだからね、ラッキーもクソもねえ
キセキの世代となると周りの目もあるだろうし、大変だな
ならば私もラッキー野郎として振舞おう
今の我々にはキセキの世代にそうさせるだけの価値があるとポジティブに捉えるんだ
グループチャットに俺たちちょっと有名人らしい、とだけ送っておいた
独断専行でもない限りあいつらにも似た状況が起こっているはずだ
全く、面倒なのか面白いのかわかったもんじゃねえな
―――
腹が減った
この授業が終われば飯にありつけるが、数学物理ときた
余計に腹が減ってしまう
空腹を紛らわすような会話のできる友人もまだいない
ぐぅ。
『隣、いいですかぁ?』
腹が鳴ると同時に甘ったるい声が聞こえてきた
俺の隣こなきゃいけないほど満席とは、と思った
荷物どけるために振り向くと思わず二度見してしまった
声の主は守屋麗奈さん
圧倒的ビジュアルで初日にして学科の注目を集め、学部全体で話題になるほど
男を捌くのがうまいと噂され、接しやすさのわりにガードが堅い
俺は捌かれたくないと声をかけられないチキン野郎だ
『須藤君だよね、実はあまりこの科目得意じゃない?』
「そうですね、腹減って眠くなります。」
恐らくテストに結果によってクラス分けされているのだが、このクラスは一番下のランクだ
馬鹿ばっかといっていいだろう
『わかる~やっと解放されたと思ったんだけどね。』
「しかしよく僕のこと知ってましたね。こんな特徴ないやつ。」
『結構特徴あるよ?ぽっちゃりって本当にドラムやるんだあって思ったもん。』
「楽器やろうとするデブは運動量少ないからドラム!って考えになるんでしょうね。」
『痩せようとは思わないの?』
「一度は思うし実行するんですけどね、痩せられませんでした。」
周りが痩せ~標準ならデブが一定数いても目立つんじゃないかと
今まさにそれが実を結んでいるわけだが
時間を見るためスマホを開くと来栖がなんか言ってる
確かにほんの少し有名人かも、あの日キセキの世代が全員そこにいたおかげで
まぁかき氷食べて頭が痛くなるものだろう、喉元過ぎれば全てを忘れる
その前にどれだけアドを稼ぐことができるかが勝負のカギとなる
カロリー高いものなら大好物ですよ、僕は
―――
『もう適当に座っちゃわない?』
『保乃探してる人おんねん。』
『この人数から探すの無理だって、クラス違うかもしれないし。』
『名前は確認したから絶対ここなんよ。珍しい名字やし。』
『本当かなあ…』
『あ、おったわ。木場ちゃーん、まだ友達おらんねんな。しゃーないから保乃が隣座ったるわ。』
「おお、びっくりした。」
『木場ちゃんって結構背低いんやな、保乃より低いんとちゃう?』
「面と向かって言われると来るものがありますね」
『やっぱり?探すの苦労したわ~』
「わざわざ探してたんすか?」
まだ友達もいなくて暇してたところにとんでもない人が来た
探してたという割には背が低いなどと人のコンプレックスをごんごんに削ってくるし
お友達と見えそうな隣の人は若干引いてないか?
こいつがあの田村保乃が探していた人間かとでも思ってるんだろう
こっちだってわけがわからないよ
本来ならばこちらから接触しなければならないところ、向こうから来ていただいているんだ
このチャンスを逃すわけにはいかない
この科目は英語だったな
教育学部教育学科を名乗るからには英語ができた方がいい
田村さんのスポーツ科にそれが言えるとは思わないけど
「田村さんは英語できるんですか?」
『全然や、でもできた方がかっこいいのになあとはおもうんやけど。』
本当にこの人はやる気にさせるのがうまい
狙ってやってるのか天然なのかわかりゃしない
スマホが光る
流れを見るに奴らも困惑してるんだろう
邪推してしまいそうになるが、都合の悪いことは見ないふりだ
知らない方が幸せなことがこの世界には山ほどある
スタンプだけ送って画面をそっと閉じた
様々な情報にタッチできすぎというのも考え物かもしれない
―――
授業がもうすぐ終わる
確認テストも終え、今の俺の頭の中はお昼に誘うかどうか、だ
来週もこの授業があるが、また同じ展開になるとは限らない
となるとこの後誘うしかないのだが、向こうはそれを望むかどうか
進めば二つ、逃げれば一つ手に入るってか
童貞には失敗したらという念がこびりついている
そう簡単に切り離せるものではない
しかし、俺が求めるものは虎の穴にしかないのもまた事実
予鈴が鳴る
覚悟を決めなければならない
「良ければこの後お昼いかないすか。」
まじで一世一代の大勝負だ
『だってさ、どうする夏鈴?』
『私は別にどっちでもいいけど、せっかくだし行ってもいいんじゃない。』
「あざっす。」
『学食?』
「いや、近くに安くてまあ旨い場所があるんすよ。」
『ろまん亭?もしかして』
『夏鈴知ってるの?』
『確かに近くにあるんだけど、入ろうとは思わないんだよね。』
「まあ店の見た目ぼろっちぃですからね、入ったらこっちのもんですよ。」
何事も見た目が大事というのは人間も飲食店も同じらしい
大学近くとあって、ターゲットは完全に大学生
ついでに近くのサラリーマンって感じ
安くてまぁまぁ旨いというのは金欠大学生にとってかなり心強い味方だ
大学正門から1分
信号渡ったらすぐそこだ
入りにくいといった評判通り、中にはあまりいない
大学構内が禁煙のため、店先の灰皿でタバコを吸っている輩はよく見る
「こんちわー。」
『シンちゃんいらっしゃい。』
『シンちゃんだってー。』
「いいんですよそこは。」
テーブル席に腰かけメニューを開く
種類が豊富だがたいてい俺は日替わりランチを頼んでる
一番お得だからね
「おばちゃーん!日替わり3つ!』
『直接行くんだ。』
「俺たちしかいないし、だいたいこうしてる。」
そんな話をしているとだれか来たようで
『いらっしゃい!太ってんねえ!』
太ってるやつが来たらしい
須藤だと面白いんだけどな
『日比谷くんって新歓飲み会行く?』
「え、何それ知らない。」
『やっぱり。知らないと思ったよ。』
『聞いておいてよかったね~』
「いつあるんですか?」
『明日!』
『サークルのグルチャ入ってないよね。入れとくよ。』
とても自然な流れで藤吉さんとも連絡先を交換することに
なぜ入っていないかというとグルチャを仕切るようなウェーイ系の同期とまだ仲良くなっていないからだ
サークルが進めば彼らと仲良くなることはあるのだろうか
「唐揚げにライス大盛り、それとカレーね。」
おっちゃんの注文を取っているのが聞こえる
誰かが裏技を使っているな
日替わりが最コスパなのは間違いないが、それは値段のわりに色々ついてくることであって、色々がいらない場合、つまり手っ取り早く腹を満たしたい場合の最コスパはおかず+ご飯大盛りだ
それを実践しているということはこの店にそこそこ通っているということ
須藤だったらますます面白い展開だな
『うわ、でっか。』
『ひぇー、すっごいね。』
「なんかいつもよりでかくないすか?」
初めて日替わりを見た人のリアクションはやはり面白い
俺も最初そうだった
『日比谷くんちょっとあげるよ。』
『さすがにちょっと多いもんね。』
可愛い女の子と食う飯はいつもより割増しでうまい
いっぱい食べる君が好きとはよく言ったものだ
「ちょっと野暮なこと聞くんだけどさ、なんでOKしてくれたんです?」
『日比谷くんいい人だし、仲良くなりたいなと思ってたんだよね。』
『狙ってるよ!っていうガツガツした感じもないし。』
「いや、うれしいです。ほんと。」
『じゃあこっちも野暮なこと聞くけど、私と夏鈴のどっちを狙っているの?』
目の間に地雷が2つ、置かれた
今俺が出せる回答はその地雷を片足で踏むか両足で踏むかくらいの違いしかない
「その聞かれ方をされたら両方狙っていますと答えるしかないのでは…」
恐る恐る行って地雷を片足で踏むより、思い切り突っ込んで地雷原に飛び込んでいった方が傷は浅いのではないか
上振れしたらもしかすると耐えるかもしれない
『やっぱり日比谷くんいい人だね。』
『まだ会って数日とかだもんね。これでひかる狙ってるとか言われたら絶交ものだよ。』
致命傷は避けられただろうが、いい人というのに引っ掛かりを憶える
まるで暗にお前はダメだと言われているように
雌はより強い雄を求める、というのが動物的根源だ
哺乳類ヒトにおいてもそれは大きくそれていることではないと思う
いい人枠から早めに脱却することが当面の課題か
「そろそろ出ますか。」
『また誘ってね。』
「良さそうな店探しておきます。」
会計をしようとした時だった
―――
予鈴が鳴った、飯屋へ急げ
『須藤君ってこの後お昼行く?』
「そっすね、腹ペコです。」
『もしよければ麗奈もついていっていいかな?』
「構いませんけどどうしてです?」
『麗奈大食いの動画とか見るの好きでさ、須藤君いっぱい食べそうだなーと思って。』
「じゃあ、いっぱい食うとこ行きますか。」
大学からは目と鼻の先、余計な運動をしなくて済む
外見はぼろいが、つまりはそういうことだ
店に入りおばちゃんから太ってんねえ!という挨拶を受ける
「カウンターで大丈夫です?」
『いいよ~』
いっぱい食うのが目的なら唐揚げとライスか
大盛り無料は正義だ
守屋さんから少ないものは?と言われたのでカレーを勧めておいた
少ないのも求める人はここには来ないだろうしね
ようやく飯にありつけると思ったらいつもと違っていた
キャベツ千切りが付いてる
どうやら、隣に美人がいるのにそれ以上太るつもりか?ということらしい
『確かにこれ以上は危ないかも、太らないぞっていうポーズは大事だよね。』
と守屋さんにまで笑われてしまった
「これしきだとまじでポーズにしかならなそうですけどね。」
僕の食べっぷりは守屋さんを満足させられるものだったらしい
ふう、と一息ついているとどうやら先客がいたようで
『あれ、麗奈じゃん!』
『ひかちゃんに夏鈴ちゃん!やほ~』
「太っているは須藤のことだったか。」
「日比谷お疲れ。飯ここだったんだな。」
「ああ、学食だと周りの目もあるしな。」
お互いがお互いのことを(あ、こいつやってんな)と思ったことだろう
ただこんなものは最初の一歩を踏み出したに過ぎない、食事で言ったらようやく前菜を食べ始めたようなものだ
日比谷はサラッと3人分払って出て行った
かっこいいなあと思う
『須藤君のは麗奈に払わせてよ。』
「さすがにそれは申し訳ないですよ。」
『麗奈のお願い聞いてくれたんだし、また今度いい食べっぷり見せてよ。』
「わかりました。その時まで腹を空かせておきますね。」
店の外は見事な晴天だった
―――
午後最初の講義は教養
合わせて取ったものなので奴らと顔を合わせる
でも聞きたいことはみんな一つだ、あの後どうなったのか
飯一緒に行ったのは俺と須藤だけ
特に来栖は驚いた様子だった
「私は来週もあると思ってスルーしたな…まだそんな仲良くないと思ったし。」
「俺はいっぱいいっぱいでそこまで頭回んなかったわ。」
「俺は来週同じこと起きると思えなかっただけだから。」
話題は明日のサークル飲み会へと移る
みんな行く予定ではあるのだが、来栖だけなにも聞いていなかったらしい
「俺も飯の時初めて聞いたんだけどな。」
「そうそう、ついでにグルチャ入ってな。」
「俺は田村さんが明日来るやんな?って聞いてきたからそん時。」
「私だけなんもやってねえということかよ…」
似た経験があるからよく分かるが、来栖は空気を読みすぎるが故に一歩引きがちなんだろうなと
この中だったら一番来栖がモテそうなのに、と
講義も終わり、次が専門科目であるため散り散りに
その時の来栖の背中がとてももの寂しそうであった
今俺たちがしてやれることは何もない
あいつにとって最大の薬は女の子なわけだから
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?