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Bomber Cascade ④

―4-(モテる者とモテざる者)


次の水曜、ついに楽器に触ることになった


俺とか来栖は自前のものを持ってくるのも簡単なので自分のを持ってくる


楽器が弾ける人のところに集まり教える方式に


一年で弾けるのは各楽器2人ずつ


基本的に同年代で教えるらしい


そこに必要になったら先輩のヘルプが入るという感じ


みんなの希望楽器はまあ平均的といったところ


キーボードがちょっと少ないくらい


『日比谷くんってちゃんとうまいんだね。』


『ね。ちょっと見直した。』


「俺のことなんだと思ってたんですか。」


「ま、いいことじゃない?」


ベースには森田さんと藤吉さん


『来栖くん教えるのうまいよ。めっちゃ分かりやすい。』


『なー、めっちゃ優しいし。』


「いっそ初めましてのほうが教えやすいまでありますよね。」


「肝が太すぎるだろ。」


ギターには大園さんと小池さん


『少なくて寂しい?』


「まあ予想はできてましたよね。」


キーボードには田村さん


『ドラムは人気あるねー。』


「とりあえずやってみたい楽器ではありますよね、みんなと違って借りモンですし。」


ドラムには守屋さん


一通り教えてみた後、もう一つのグループがいったん弾いてみるかーということになった


彼らが演奏したのは有名な恋愛ソング


めっちゃうまいなと思った


おそらく今日に標準を合わせて練習してきたのだろう


演奏後、日比谷君たちはどんな演奏をしてくれるのかなあ???と煽られた


やつらこれが目的だったか


いったん話し合いをするために控室に籠る


―――


『面白いことになってんじゃん。』


どこから聞きつけたのか由依さんが様子を見に来た


『ちょっとまずそうですよこれ。』


『木場ちゃんたちなんもでけへん思われとるし。』


『じゃあ作戦会議聞いてみよっか。』


そういって由依さんは小さな機械を取り出した


控室にはマイクとカメラがあり、中の様子をしれるんだとか

ーーー

「さて、どうしようか。」


「煽ってきたということは彼らの中でうまくできたということかな。」


「目的は何だろうな。俺らに勝つこと?」


「彼らならいくらでもほかで勝てると思うけど。」


つまりこのサークル内で勝ちたくてかつ勝利の目撃者が必要だということ


誰かがジャッジするわけでもないのにね


それを上回るためにはもっと目立てばいいんだと思う


しかし、相手の選曲に疑問が浮かぶ


このままだとただ上手いだけで終わってしまわないだろうか


我々はインパクトのある一曲をお届けせねばならない


そんな曲、果たして存在するのだろうか


日「いつかはこうなると思ってたけど相手さんの動きが速いな。」


来「それは向こうのセリフかもしれないぞ。」


日「どういうことだ?」


来「いずれやるとはいえ飲み会の一件はショックだったんだろ、それで動きを速めた。」


須「焦って結果を取りに来たわけか。」


木「全部俺らの成功を前提にしてるけど練習なしなんだよな。」


楽曲は何がいいのか、即興で話し合う


できない曲を捨て続け、その果てに出てきたのが…


「じゃあ千本桜はどうよ。」


「面白いんじゃないか?」


「だとすると日比谷が歌ってもらった方がいいよな。あれできる?」


「できるぞ。たぶん頭からぶっこんだ方がいいよな。」


作戦を決め、控室から出てくる


千本桜は間奏にキーボードとギターのソロパートが存在する


さらに動画サイトにはラップバージョンも上がっており、それを知っている人も


結果から言うと、一発撮りにしては成功した部類だろう


大きなミスがなかっただけでも万々歳だ


先輩方から講評をもらいながらこの日は解散


―――


『みんなはさ、どっちがよかったと思う?』


男子たちが出て行ったあと、一年女子だけ由依さんに捕まった


日比谷くんたちはいつもと変わらない出ていき方だったけどもう1チームはなんとなく肩を落としているように見えた


『来栖くんたちの方がよかった気がしますね。』


『そういうと思って向こうにはスパイ送ってあるから。』


由依さんのスマホは電話がつながっており、向こうから四人の声が聞こえる


『戦いの後の彼らの話、聞きたくない?』


『由依さんはどうしてそこまでしてくれるんですか?』


『あの2組には共通点があるのは知ってるよね?』


『私たちを狙っている…』


『彼らが何を考えて勝ち取ったのか、知りたいでしょ。』


―――


気づけば時計は6時を回っており、夕飯時


学食はサークル活動を終えた学生で賑わっている


「須藤ってちゃんと野菜食うんだな。」


「これ以上太らないぞってアピールは大事らしいから。」


「安いし少しくらい食うかーとはなるね。」


席を探そうとすると俺らが手招きされる


呼んでいるのは我らが軽音サークルのトップ、下柳さん


「お疲れ~演奏すごかったよ。」


すると早速質問が飛んできた、降りるという選択肢はなかったのかと


別に先輩からやれと言われたわけではないのに、という


「下柳さんは彼女いますよね。我々はいないんです。」


「サークルには僕らより上の人間しかいないので、断れません。」


「向こうの狙いが我々に恥をかかせることもしくは自分たちの方が優秀であると証明することだってなんとなく思いましたし。」


「向こうがおめでたかったのは、俺たちはひどい思いをしすぎてあのくらいでは全然恥だと感じないってとこでしたね。」


あとは目立つだけ


上手い下手は関係なく、あおりに乗っかった弱者男性という構図が出来上がっている


やりきった、という事実一つあれば負けはしない


「手ごたえは?結構あったでしょ。」


子どもっぽいが、若干興奮してしまった


ここまで手ごたえを感じたのは幼稚園くらいまで遡るんじゃないかと


もちろん「アレ」を全て好意的と捉えるならのお話だが


ただ、ここで慢心してはならない


俺たちは奇襲に対して奇襲を返しただけだ


「今日くらいは誇っていいんじゃないかな。」


「下柳さんはそれを言いに来たんですか?」


「君たち4人、自己評価低いでしょ。ステージ上ではあんなに堂々としてたのに今あまりうれしそうじゃない。」


そうか、勝ち負けで言えば俺たちは勝ったのか


成功の享受もまた勝者だけの特権と言えよう


だから何か変わるのかといえばわからない


帰りちょっといいもんでも買うか


―――


日比谷くんたちの話を聞いて、自己評価高い組と低い組が戦って低い組が勝つとこんな感じになるんだと思った


今向こうの話題は女子に感想を振るかどうかになっている


どちらにせよ気の利いたことしか言われなさそうだとか


『ああいう自己評価低い男子をやる気にしたら気持ちいいだろうね。』


由依さんは簡単そうに言うけれど、話はそれほど単純じゃないと思う


まだ誰に聞くかも決めかねているんだろう


『保乃らめっちゃぐーってしとったもんな、みいちゃん。』


『2人で盛り上がってたやんなー。』


『それなら私たちもやったよね。来栖君がそれを好意的に見るかどうかだけど。』


なんだ、みんな結構好きじゃん


私も日比谷くんが踊ってて笑っちゃったけど


『じゃあみんなで伝えに行こうよ。その方がお互いハッピーじゃん。』


『私用あるから先帰らしてもらうね。』


『ごめんね~私も!』


夏鈴と麗奈は先に帰り、4人で食堂に向かう


あっちも4人だし、ちょうどいいかもしれない


まだみんな食堂にいた、よかった


『お疲れ~隣いい?』


「あ、いいですよ。」


私は日比谷くんの隣に腰掛ける


彼らは自然と毎回同じ座り位置みたいだ


来栖くんの隣にはちゃっかり玲が座っている


『バンド、めっちゃ良かったよ!すごく楽しかった。』


「あざす。めっちゃうれしいです。」


私たちが褒めても日比谷くんたちは微妙な反応


きっとそもそも褒められ慣れてないんだろうなと感じた


自己評価低い男子はちゃんと見てたよ!って言葉にしてあげると喜ぶけど、ライブ中はみんな別人に見えた


『まさか日比谷くんがラップできるなんてねー。かっこよかったよ。』


「あれは覚えてたんでよかったですよ。」


ちょっと嬉しそうなのがかわいい


そこからみんなの褒め褒めタイムが始まった


『木場ちゃんのソロ上手かったやんなー。』


『ちゃんとみんな見せ場あるのえらいなって思った。』


私たちの気持ちに噓偽りはない


本当に凄かったんだから


これでも日比谷くんたちには『気遣い』と思われてしまうのだろうか


話していて分かったことは、多分みんな会話自体は嫌いじゃないんだと思う


きっと何かあったんだろう、ここまで自信を失わせる事件が


大学デビューなんかも関係しているかもしれない


―――


女性陣にめちゃくちゃ褒められた


それこそ赤ん坊のころ以来ではないかというくらい記憶がない


来栖に至っては帰り道チャリで事故らないように気を付けるわと言い出す始末である


彼女たちはモテるから、あれくらいのことは当然かもしれない


ただ俺たちはそういうのに耐性のない人間だからちゃんとした反応が出てこない


自分に自信がないといえばいいだろうか


何かしらの裏があるんじゃないかとどうしても勘ぐってしまう


今日は誇っていいと下柳さんがいっていたように、少し賭けに出ようと思う


勝算は五分五分といったところ


コンビニでいくらか買い込んでアパートへ帰る


「今からそっち行ってもいいですか?」


『いいよ。鍵開けとくから早めに来て。ピンポンとかいらないから。』


アパート一階、藤吉さんの部屋のドアノブに手をかける


これから告白をしようってわけでもないのに動悸がとまらない


意を決してドアを開け、中へ


『お疲れ、まあ座ってよ。』


「ノンアル二つ買ってきましたけどどっちがいいすか?」


『カシオレかな。ノンアルのレモンサワーってただのレモンスカッシュじゃない?』


「確かに。もっとノンアル出してくれないすかね。」


おつまみも開け、形だけの乾杯をする


流石に今日では藤吉さんも俺が何をしに来たかはわかっているようで


『日比谷くんってたまに大胆なことするよね。』


「来てもいいよって言われてましたし。」


『ひかるたちにたくさん褒めてもらったんじゃないの?』


「そのまま受け取ってもいいものかと思いまして。」


『つまり私には裏がないと。』


「あの中では一番裏がないと思ってます。」


『日比谷くんそれは考えすぎ。よかったら誰だって褒めるから。』


「それが聞けただけでも十分です。」


淡々と話す藤吉さんを見て、賭けには勝ったなと思った


藤吉さんこそ、滅多に人を褒めなさそうだから


小一時間、話してそろそろとなった


長居するのも申し訳ないから


『この部屋は私に必要なものしかないから、日比谷くんが食べたいのあったら自分で持ってきてね。』


「御意に。」


今日一日でみんなとちょっとだけ仲良くなれた気がする


4人のグルチャにも喜んでいいぞ、と送っておいた


もう少し、みんなからの褒め言葉は好意的に受け取っていいらしい


次にバンドを披露できるのはいつになるのかな

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