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Bomber Cascade

「よし、あった。」


合格発表にて自分の番号を確認する


自己採点的にも概ね合格はしているだろうと思っていたが、ひとまず安心だ


最近の大学事情は(春から○○大)といった風に合格直後から動き出していることが多い


SNSの発達が著しいため、入学前から仲が良くなっていることなんてざらにある


まぁ俺はそんな高度なことできないんスけどね…


夢のキャンパスライフゥ!が送れるかはわからないが、こういう時いつも学生の本文は勉強だと言い聞かせている


その延長線上で趣味の合う人間とだけ付き合っていけばいい


もしその他の人種と仲良くなることがあったのならそれはボーナスタイムだ


この大学に入る理由の大半が、「軽音サークルに入ること」なのは間違いない


サークルの「質」がいいというよりは「顔」がいいのだ


そして先の情報収集により、今年は近年まれにみるレベルで顔がいいんだとか


もはや周知の事実と化しているその情報に釣られ、たくさんの新入生が集まった


俺はその中でも3人の男子と目が合った


自分を含めて4人、それぞれが相手のことを「こいつは童貞だな。」と確信した


誰が見ても童貞なのだが、童貞にしかわからない雰囲気みたいなものがそこにはあった


サークル副長だという小林由依さんから説明が入る


サークル側としても、今年は逸材とそれを目当てに来る奴がいるのはわかっていたことだからテスト的なものを行う


ただ、大学か楽器を始めたい人にも向けたサークルでもあるから、やることは何でもよい


つまり自分がただの野次馬でないことを証明すること、これが今回の課題だ


個人を見るため、グループの人数は5人まで


類は友を呼ぶというべきか、俺はあいつらと組むしかねえというのは分かっていた


俺は顔があまりよくないから、たとえ楽器が出来たとしても選択肢には入らない


それは他3人も同じ気持ちだろう


次の問題は、担当するパートが被らないかどうかだ


被ってしまったら、俺たちはそこまでの関係だったということ


「みんな担当は?俺はベースがいいけど。」


「ギターかベースだね。」


「ボードだと助かる。」


「俺ドラムだわ。」


流石にこれ以上の組み合わせは考えられないか


演目に縛りがないため、発表は1週間後


それまでにメンバーを揃え、名前を決めて発表する


次に決めることは、曲目とボーカルだ


ドラム担当の須藤(スドウ)は外れるとして、残り3人


俺、日比谷真(ヒビヤ シン)が担当するベース


ギターは来栖(クルス)、キーボードは木場(キバ)だ


男4人でカラオケに行ってみることに


そこで分かったことは、来栖は歌がめちゃくちゃ上手いということ


来栖をボーカルとし、彼の十八番である小さな恋のうたをバンドとしてやることに決定


「遠くから見ても可愛いかったよな。」


そもそもなぜあそこまで人が集まったのか


俺たち含め同期の狙いは6人


森田ひかる、田村保乃、守屋麗奈、藤吉夏鈴、大園玲、小池美波




世代に1人いればいいタイプの美女が6人まとめて入っている


某漫画になぞらえて、「キセキの世代」なんて呼ばれたりしている


あわよくばお近づきに…なんて考えているが、身の丈に合わない無謀な恋であることもまた事実


「俺が言えたことでもないんだけど、みんな楽器できるんだよね?」


「モテたいからね…」


須藤の言葉に童貞の哀愁が全て詰まっていると言えよう


童貞にはモテたい、認められたいという気持ちが必ずどこかにある


大学1年、18年あまり虐げられてきた記憶と敗北はなかなか消えるものではない


いつしか我々は戦うこと自体を諦めていた


外見で戦えないのであれば外付けの能力で戦うことになるのだが、モテたいをかなえる能力はそう簡単にない


童貞で思いつけるのなんか料理か楽器くらいなもんだ


そして最近は料理のできる男子にあまり価値を見出しにくくなったこともあって残された選択肢は楽器のみ


こうして今に至る


「6人とも軽音ってのが少し引っかかるんだよな。」


「俺も少し考えたけど、向こうにも狙いの男がいるんだろってことで収めたね。」


「なるほど、日比谷は頭いいな。」


同じ悩みと志を持つもの同士、打ち解けるのはすぐだった


発表会での目標は、爪痕を残すこと


あの6人の中の誰かしらの記憶に引っかかってくれれば儲けもんだ


最後に決めるは、バンド名


色々な案が出る中、興味深い名前が飛び出した


「Cascade は?」


「どんな意味だそれ。」


「連なった小さな滝、派生して同じものの連なり。」


「同名のバンドがあるぞ30年の大ベテランだ。」


「じゃあ前に何かつけるか?」


「bomber はどうよ。」


「一気にクソだな、略称絶対ボンカスじゃん。」


「クソになるかどうかは俺ら次第なところもあるでしょ。」


最終的に同じものを破壊する、といった意味も込めて名前が決定した


来栖の兄貴がバンドマンだということで練習スタジオを貸してもらった


ついでに曲も見てもらえることに


初めましてにしては上出来ではないか、少なくとも不合格にはならないだろうとのこと


そんなお墨付きももらい、発表会当日


一曲フルでやり切り、無事合格


50人くらいいたかもしれないと思われた男子生徒が俺らを含め12人まで減った


女子生徒は恐れをなしてかあの6人以外にそもそもいなかった


こうして1年は18人で活動を始める


「とりあえず通ったな。」


あの後、今後の活動予定等を渡され、お開きに


とはいっても集まって喋りながらたまに楽器を弾くくらい


発表会でちゃんとしたバンドを披露したのも2組しかいない


あの6人も楽器はまだできないらしい


俺たちはそこに勝機を見出した


そして今、学食で夕飯を食べている


「しかし、がっつりと削ったもんだ。」


「冷やかしと判断されてもおかしくない内容ではあったが。」


「メンバー選びで失敗した人もいそうだけどね。」


やはり中途半端は良くないと実感する


我々のような底辺の人間が同じ者同士で組めてしまった


上の人間は当然上の人間で組むから、中間層が行き場をなくしてしまった


中間層が底辺の人間を拾えず、かと言って上の人間にも拾われなかったから破産した人は多い


ひとまず、第一目標は達成したとみていいだろう


そんな話をしているとキセキの世代が学食に入ってきた


学食とは縁のなさそうな人たちだと思っていたので意外だった


さすがに食費高騰の波には逆らえなかったか


『あれ、今日モンパチやってたよね?めっちゃ良かったよ!』


「そうですか?ありがとうございます。」


『隣いい?座っちゃうね~』


4人の男は感心して黙り込んでしまう


会話が始まってから俺と来栖の隣に座られるまでの流れがあまりにも滑らかだったためだ


一軍女子の実力をまざまざと見せつけられた形になる


「皆さんもダンス凄かったですよ。その手があったか!と思いましたもん。」


彼女たちにとって、必死に言葉を紡ぐ男の姿は滑稽に映っただろう


しかし、向こうから声をかけてくれるなんてこんなチャンスは滅多にない


少しでも、得となることをしなければ


学食に来たのは森田ひかるさんと田村保乃さん


『みんな学部は?』


「工学部の知能です。」


『えー!一緒じゃん全然気づかなかったごめんね!』


「70人いますからね、すぐ覚えろっていうのも無理な話です。」


田村さんは教育学部で学科は違うも木場と同じ


来栖は人文社会で大園さんと全く同じ


須藤は農学地環で守屋さんと全く同じ


なんとも面白いことが分かった


「俺だけなんか損した気分になったな。」


と木場がポツリと漏らす、するとすかさず


『じゃあ保乃と連絡先交換しよか?』


と、アフターサービスも万全である


それには恐らく木場もコロっと丸め込まれたことであろう


童貞はちょろい。悲しいほどに。


『じゃあまたサークルで会おうね~』


快活な声で去っていく2人、俺たちはある意味余韻に浸っていた


「あれが同期みんなが狙う人間かあ…」


「でもやっぱりあのくらいじゃないとねえ!」


単純というかなんというか、木場が一番燃えている


「日比谷も森田さんの隣で鼻の下伸ばしてたの見逃してないからな。」


「来栖が冷静すぎるんだよ。本当に童貞か?」


「内心バクバクだったけどな。表に出すから童貞にみられるんだぞ。」


俺と須藤は大学近くに部屋を取り、木場は実家から、来栖は一駅先からチャリで来てる


大学が駅と駅の間にあるため、いっそ駅近くのほうが便利なのでは?という考えもあるからだ


最低4年、この街に幽閉されるわけだし


「遠くないか?」


「2~30分かな。中高とそんな感じだったから慣れてる。」


「3年後も同じセリフが吐ければな。」


「順調にいけば3年後には早起きする必要もないしね。」


そんな話をしながら本日は解散


俺と須藤のアパートが反対方向だったこともあり解散


大学から徒歩7~8分欠伸しながらスマホをいじってるだけで着いてしまう


万が一のためのチャリを使えば5分とかからず行ける


朝に自信がない俺の心強い味方だ


俺の部屋は202、すると101から誰か出てきた


『あ』 「あ」


藤吉さんだ


『えーっとね、ちょっと待ってね今思い出すから。』


「そんな無理しなくてもいいですよ。」


『そうだ、日比谷くん。ギターやってた。』


「おしい、ベースです。」


『ごめんね、あの中の人っていうのは覚えてたけど。』


「大丈夫ですよ、名前を憶えてくれただけでも感動ものです。」


『私もう出かけちゃうからまたね。』


「こちらこそ邪魔しちゃってすみません。」


『私101だから。あまり遅くならなかったら部屋来てもいいよ。』


「え、あ、はい…」


俺がしどろもどろしているうちに藤吉さんはいなくなってしまった


俺は202だよ!と言える度胸も胆力もなかった、こういうところで出るんだろうな、モテるやつとの差ってやつが


藤吉さんは『氷の女帝』やら『藤吉の壁』などと言われ、キセキの世代の中でもネガティブな言葉が付く


それでも皆、壁に挑んでしまうらしい


先ほど相対した俺からすると、そんなこともなかったなという印象だった


1日が終わった開放感からか、気が抜けていたのかもしれない


明日には忘れていてもおかしくはない


今度また仲良くなって、部屋にきていいよって言われたらその時に行こう


同じアパートである以上顔を合わせることはあるだろうから


今日はなんか1日を通してなんか濃かった


容量オーバーしたのか、風呂に入ってからすぐに寝てしまった



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