Bomber Cascade ③
―3-(ロスト飲み会クライシス)
この大学の毎週水曜日は「サークル活動推奨日」となっており16時以降の講義が基本的にはない
多くのサークルが水曜日午後をサークル活動の時間に充てている
それは軽音サークルでも例外ではない
水曜日のほか、あと1日くらい集まれるといいねーという話をしている
1年の履修なんてびっちり入れる奴はびっちり入れるからどこになっても別にいいといわれる
話し合いの結果、金曜日集まれる人は集まろうということで決着した
少し不穏なにおいもするが
弊学のサークルには公認非公認があり、公認サークルにはサークル棟にて専用の部屋が与えられる
軽音サークルは公認されてる中でもかなり歴史が古いらしく、大学の近くに独立して完全防音の建物がある
軽音サークル卒業生が正式な業務として後輩のためにライブハウスを建てたという逸話が残るくらいだ
以降音が出るときはここを使うという
軽音サークルといっても、定期的に誰かに見せるわけではない
夏に一回と、秋の文化祭で披露するくらいらしい
あとは身内で楽器を弾きあうんだとか
今どきのサークルらしく、YouTubeチャンネルがある
ただこれも使うか使わないかは当代次第であり、必ずしも使う必要はない
などとサークルの込み入った説明を受け、今日の本題へ
サークル飲み会の始まりである
大学から歩いて十分ほど、国道沿いの焼肉チェーン店に入る
新歓の参加者は一年生15人、上級生10人の計25人となかなかの大所帯、それらで5つの焼き場を囲む
5個中4つは心配いらない
事前に決められた配置で俺たち4人がきれいにばらされたからである
新入生3人で上級生2人を相手にする中々のハードモード
「焼けましたよ。」
「ん、ありがとう。」
キセキの世代が人気なのは何も同期だけではない
先輩からも好奇の目を浴びている
「さあみんな飲んで飲んで!」
未成年パワーで最初の一杯こそコーラで回避することに成功したが、先輩に酒が入るにつれどんどん押しが強くなっていく
話していると恐らくこの人は飲みのためにサークルに所属しているのではと思う
一番人気のサークルだし、在籍中にいい子が来れば大儲けだ
「ほらほらひかるちゃんも夏鈴ちゃんも飲んで!」
『私たちは別に…』
「先輩の酒が飲めねえとはどういうことだぁ?」
「先輩、酒の強要は良くないですよ。」
「今お前には話してねえぞ?」
なんとなく、彼の考えてることは分かってるつもりだ
それを止められるのはきっと、俺しかいない
「2人ともまだ未成年なんすよ、代わりに俺が飲みますから。」
俺も未成年だが四の五の言っている状況ではない
仕事から帰るなり一杯開ける、週末は会社で飲み会三昧なのに二日酔いの姿を見たことないほど酒豪の息子なんだ、酒の耐性くらいあんだろ
…とはいえ飲む予定のなかった初めての酒、いつしか俺の記憶と意識は完全に途絶えていた
―――
この感じ、嫌でも蘇る
体に刻み込まれた敗北の記憶
そう、今この飲み会の場で起こっていることはいじめと同じ流れだ
ターゲットがいなくなればまた違う人物に代わるだけ
過去にいじめた相手の記憶なんて現在になってしまえばきれいさっぱり忘れられる
いじめられた側は絶対に忘れないのに
日比谷が身を挺して守ったことをあいつは何とも思わないんだろうな
『タクシー呼んだんで帰りますね。』
藤吉さんが潰れた日比谷を引きずるように帰っていった
彼女は強い人だ
なんで日比谷を?とは思ったが止める理由もない
さて、酒を飲んでモンスターになっている上級生を止めなければならないのだが
「須藤、今日お前んち泊めてくれんか?」
「別にいいけど木場まで死ぬ必要はないだろうよ。」
「目の前で誰かが死なないと止まんないよ、あれは。」
いじめている奴にはっきり自覚させるには目の前でぶっ倒れるしかない
「先輩、新入生いじめんのはよくないすよ。」
「なんだお前も邪魔をするのか?」
「これでも教育学部の教師志望なんでね、邪魔さしてもらいますよ。」
まだ少し助かっていることは、今被害を受けている田村さんと小池さんの関西コンビがまだ酒に強かったことか
『ちょっ木場ちゃん大丈夫なん?』
「大丈夫かどうかは数分後の俺に聞いてください。」
大丈夫なはずもなく数分後には酔いつぶれてしまったわけだが
―――
あいつらは自らを犠牲にすればうまくいくとでも思っているのだろうか
かっこよく見えるかどうかは他者に依存するものであり、私はそこまで自分と他人を信用できない
更に残されたものには彼らの屍を決して無駄にしてはならないというプレッシャーがある
「須藤、万が一の時はよろしく。」
「来栖なら大丈夫だろ、肉焼いて待ってるから戻って来いよ。」
モンスターが、すぐそこまで迫っている
「先輩、物足りないみたいですね。私が付き合いますよ、とことんね。」
先輩の目の前に日本酒の瓶を2本置いた
奥の瓶の酒を先輩に注ぎ、手前の瓶の中身を自分のおちょこに注ぐ
「なんなんだよお前らさっきから!」
「後輩の酒が飲めないんですか?さっきまで強要までしてたのに。」
「わかったわかった謝るから許してくれ!」
「木場に言われちゃいますよ、自分がされて嫌なことは他人にもやるなよ!ってね。」
すると先輩は急に泣き出してどこかへと言ってしまった
ようやく追い出せたか
『来栖君?だっけ、ありがとね~あの人3年生でうちら2年でも手に負えなくて。』
サークル副長の由依さんに声をかけられた
流石に来るなとも言えないし、来年は流石に来ないだろうからということだった
3人がかりとはいえ1年生がアレを追い払ったことはかなりすごいことらしい
私だって日比谷と木場の時間稼ぎがあってギリだ
『どうやって追い払ったの?』
と由依さんが興味津々で聞いてくる、何も特別なことはしていない
「木場の前では絶対に言えませんが、脅迫に対して最も有効な手段はもっと強い脅迫です。」
すると隣では大園さんがケラケラと笑っている
『来栖君に彼女できない理由がちょっとだけわかったかも。』
「え、なんでですか。」
『来栖君ってさ、空気を読みすぎるし読まなすぎるんだよね。もうちょっとさ、こうちょうどいい塩梅っていうのを身につけたほうがいいと思う。』
「適度に楽しむ人生、果たして面白いのでしょうか。」
『それだよ!そういうところ。恋人ってさ一緒にいたいから恋人になるわけじゃん?今の来栖君ヤバかったよ。』
「あそこまでやらんと止まらないと思いましたからね…反省します。」
『とはいってもスッキリしたのは事実だし、かっこよかったよ。』
頼んでしまった日本酒の処理を皆さんにお願いしながら飲み会は進む
そこからの飲み会は平和そのものだった
『で、結局来栖君は誰を狙っているの?』
由依さんに聞かれた私は即答はできなかった
まだサークルに馴染んでいないなんとなくの自覚があるからだ
「狙っているは難しいですけど、大園さんとか小池さんとは仲良くなりたいなと。」
『だってー、人気者じゃん。』
『どうしよっかなー、まあさっきかっこよかったし特別ね?』
『なんかうちついでな気がするんやけど気のせい?』
流石に男の扱いがうまい
全員に特別と言っているんだろうが、そういうのに男が弱いのもまた事実
『保乃もついでにー。』
『私もー。』
ついでというには豪華すぎる連絡先交換をした
参加者15人から日比谷と藤吉さんが抜け13人
キセキの世代と俺たち3人を除いた5人の男子からの視線が痛い
そういった人たちをまとめて須藤が相手にしてくれているのがすごく助かってる
「須藤が少しうらやましいと思ったわ。我関せずみたいな。」
「飲み会とはいえ食い放題を頼んでいるからね。食わなきゃ損だよ。」
『須藤君ずっと食べてたよね、麗奈もたまにもらってたけど。』
平和な飲み会を取り戻し、終電を無くす前に解散
須藤は潰れて倒れたままの木場をおぶって帰っていった
―――
目が覚めると、白い天井
もしかして病院…?
いつもと違う布団の違和感に飛び起きると、藤吉さんが課題をやっていた
『あ、やっと起きた。』
「ここは…?」
『わたしの部屋。』
「運んでくれたんですね。すみません。」
『まあ動けなかっただろうしね。』
「それで…あの…俺は…」
『本当に何も覚えてないんだね。』
淡々と話す藤吉さんを前にどんどん血の気が引いていくのが分かる
何か粗相でもあったらとんでもない
流石に察したのか、少し笑いながら藤吉さんが
『大丈夫、日比谷くんが考えてるようなことは何も起こってないから。2時間眠りっぱなしだっただけ。』
そういいながらカップスープを出してくれた
『それが一番酔っ払いに効くから。』
「うんま。何から何まですみません。」
『あまり気にしないで。日比谷くんいなかったら私もひかるもどうなってたかわからないし。』
「どうやって帰ってきたかだけ聞いてもいいですか?」
『普通にタクシーで帰ってきたよ、後で800円ね。それかなんか奢ってくれるとかでも。』
「ぜひ奢らせてください。」
『日比谷君部屋どこだっけ、多分二階だよね。』
「202っす。」
『私言ったじゃん。遅くなければ来てもいいって。』
「あれ冗談じゃなかったんですね。」
『冗談だったら初めから言わないから。』
「んじゃたまに遊びにきますよ。」
『ちょっとは元気になってきたようで何より。』
若干ふらふらは残るものの、自分の足で帰れるくらいには回復した
それまで家に泊めてくれた藤吉さんには感謝だな
自分のベットに倒れこんだ瞬間すべての意識を失った
―――
木曜日の午前中は講義を入れるな
先人の教えにこういうものがある
水曜日はサークル活動推奨日であり、当然飲み会も水曜日に設定されることになる
そのため、木曜午前は何が起こってしまうかわからないため講義を入れないのが吉とされている
その教えが今まさに実を結んでいる
俺が目を覚ましたのは11時、2限もとっくに遅刻の時間帯だ
午前に必修がなくて助かったと思う
なんなら昼を食べて準備なんてしてたらあっという間に3限が始まってしまう
午後は教養から
「お、日比谷大丈夫だったか。」
「なんとかな。来栖がトドメ刺してくれたんだろ、すまんな。」
「気にすんな。あれ追い払ったの結構な快挙らしいぞ。」
なって話をしながら始まりを待つ
すると…
『あ、昨日の酔っ払い!』
『そんなはっきり言ったら傷ついちゃうよ。』
『日比谷君はそんな繊細じゃないから大丈夫!』
「俺もちょっとくらいは気にしますよ???」
我々の後ろに座ったのは森田さん、大園さん、小池さん、田村さんの4人
教養を真面目に聞く人間もあまりいない
講義の最後にちょっとした感想を書けばそれで終わりだ
4限は学部別の講義
「藤吉さんと一緒じゃなかったんすね。」
『夏鈴は心理学行きたいって言って麗奈と受けてるんだよね。』
心理学は教養の中でもトップクラスの人気を誇り、抽選になることも
抽選結果次第でバラバラになるならと避ける人間は多い
『あ、こっちこっち。』
藤吉さんが手招きする方へ
『日比谷くん今日起きれた?』
「11時起きです。」
『ギリじゃん。』
『夏鈴めっちゃ心配してたもんね。』
『ひかるだってあの後めっちゃLINE送ってきたくせに。』
「まじすか、めっちゃうれしい。」
美人2人に心配してもらえたってだけでこんなにやる気がみなぎるもんなのか
この講義はそのおかげで絶好調で乗り切った
4限後、用があるという森田さんと別れ、藤吉さんと帰る
こういうのってどこかで見られて騒ぎとかにならんものだろうか
『なんかこう、日比谷君わかりやすく元気になったね。』
「男子なんて基本こんなもんよ。」
『女子だったら誰でもいいんだ。ふーん。』
「そんなことは言ってないじゃないすか。」
『ま、いっか。昨日の件決まったら連絡してね。』
藤吉さん、こうみえて意外と束縛強いタイプかもしれない
取り扱いには注意と言われているのがよくわかるね
藤吉さんの好みをさりげなくリサーチせねばならないのか
でもなんかちょっとこの状況を楽しんでいる自分がいる
今までの自分だったらありえなかったことだしな
次に会えるのはいつかなと想像しながら眠りについた
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