ロストマイン ♯4
「てめーぶっ殺してやるかんな!」
「おーおー殺ってみろよ。大概殺したこともねえヤローがよぉ!」
―――
三年に一度の筋肉の祭典、体育祭
男子向けの競技が多く、伝統的に「女子にモテようとするなら体育祭」という言い伝えがある由緒正しき行事である
こんな時代錯誤な行事がまだ残っているのかと、開催された翌年の生徒総会では必ず議題に上がるくらいには賛否両論だ
そもそも本当にモテるのであれば、体育祭前に既にモテているし、体育祭でモテようとする輩は決まってやばい奴と認定されている
そして、女子に全くメリットがないのも議題に上がる理由の一つだろう
男子に都合のいい展開だけを見せつけられる側にもなってほしいというのが女子の主張だ。
賛否両論とはいえ、否が多めなのもまた事実
女子だけではなく運動が苦手な男子も反対するからだ
アピールポイントを一つ確実に失うとなれば反対もするだろう
一方の俺は体育祭賛成派だ
時代錯誤とはいうものの、家が極道で時代錯誤の塊の中で生きているから今更どうとも思わないし、人前で脱ぐことに抵抗がない
女子種目はバレーかバスケ
男子種目は色々とあるが、スポーツが苦手な男子はだいたいサッカーだ
サッカーは参加人数も多く、紛れるならこれ一択だ
しかし、サッカーは盛り上がらない
サッカーの時間中は女子たちも競技中だからだ
逆に一番盛り上がるのが毎回最後に行われる騎馬戦だ
時代錯誤の体育祭のメイン競技にふさわしい、なんとも時代錯誤な種目だ
人類みな破壊衝動があるのか、最後で暇だからかわからないが、毎回ギャラリーは多い
別に自分の参加する種目でなければ見学は自由で、何をやっていても構わない
実際がり勉オタク君たちは校舎内で自習してるなんて話も聞く
俺が狙うのはもちろん騎馬戦、更には上に乗る側だ
「最初はグー!ジャンケン…ポン!」
人生を賭けたジャンケンに勝利し、騎馬戦の騎手になれた
各クラス2人しかいない貴重な役職だ
理佐:はい、じゃあ騎手2人目は○○君ね~。このくらいかな?じゃあみんな当日頑張って。
―――
体育祭の季節が来た
うちの学校において、体育祭が好きな女子はいないと思う
瞳月:みんな体育祭嫌だ~って言ってるけどそんなに嫌なモノなの?
純葉:そっか、瞳月体育祭初めてか。まぁ私もやるのは初めてだけど。
純葉から体育祭のことについて聞いたけど私はなぜみんながそこまで嫌がるのかが全く分からなかった
男に生まれた以上、一番を取ろうと思うのは必然だし、女の子からの支持を得たいというのも当然のことだと思う
実際に支持するかどうかは私たちがきめるんだし
純葉:応えられない「好き」ほど厳しいものってなくない?
瞳月:純葉はさ、優しすぎるんだよ。ごめんなさい!でいいでしょ。
純葉:瞳月ほど割り切れないなー。
瞳月:純葉のほうが○○君のこと詳しいと思うから言っちゃうけど、こういう時○○君めっちゃやる気あると思うよ。
純葉:○○はいつも全力だからね。
予想通り、○○君は一番盛り上がると噂の騎馬戦に立候補していた
まるで、世界の命運でも賭けているかのような本気の顔
抗争中でも彼はあんな顔するんだろうなとちょっとだけドキッとした
漢のジャンケンの結果、○○君が騎手になった
まるで子供の様に喜んでいる
純葉:やっぱりわかんないや、私。
瞳月:彼らにとっては学校の授業なんかより、いや、
『自分の生命よりも、女子にモテるほうが大事だと思ってるんだよ。』
瞳月:文字通り、生命を賭けているんだよ。
純葉:瞳月ってさ、たまにめっちゃ大人っぽいこと言うよね。
瞳月:そうかな?なんならちょっと子供っぽいかもしれないんだけど。
少なくとも、頑張っている人のほうが私は好きだな。
―――
私立の学校らしく、体育祭の練習期間がある
サッカーやバスケバレーは当該部活動があるので所属の人間が基本的に仕切る
戦力の均等化を計るため、部活動所属者はサッカーであれば3人、バスケバレーであれば2人までとなっている
すると、所属者のなかでも競技からあふれてしまうことがある
○○:俺と一緒に戦ってくれないか?
騎馬戦の騎馬は3人、レスリング部と柔道部には声をかけた
あとは先頭にサッカー部がほしい
「騎手を輝かせるためだけに騎馬になるの嫌なんだよね。」
○○:他の種目よりは目立つと俺は思ってるよ。
「俺は他と違って命を賭けるつもりはないぞ。」
○○:そんなに簡単に生命を賭けてはいけないよ。賭けるのは俺だけでいい。
―――
瞳月と一緒にバスケチームに入った
ただ、バスケで優勝するのは少し厳しいかなとも思っている
うちにもバスケ部が入ってくれているとはいえ、別のクラスにレギュラーがいるんだから
瞳月:みんななんかやる気なくない?
純葉:やる気はあるんだけどね…負けちゃうよね、多分。
女子の体育祭に対するモチベなんてこんなとこらしい
男子はこんな女子たちに好かれたいのか…と思うと結構やるせない気持ちもある
○○君はどう思ってるんだろう…
気になったので、一緒に帰る時に聞いてみた
瞳月:○○君は体育祭でモテようと思ってる…よね?多分。
○○:思ってるね、モテたい。
瞳月:ふーん。しーっていう彼女がいるのに?
私はわざとむくれてみせる
現状、形だけとはいえ彼女がいるのにモテようとするのはいかがなものかと
組の人とかに怒られないのかな
○○:それはずるいじゃん!何?結婚する?
瞳月:わかればよろしいです。でもさ、女子たちみんなやる気ないよ?
○○:モテる、とまではいかなくても、女子たちにチヤホヤキャーキャーされたいのよ。
瞳月:騎馬戦でモテようと思ってるのが滑稽に見えるよね。
○○:時代錯誤、前時代的とは言うけれど、新しいものは見せられるんじゃないかな。
瞳月:カッコイイとこを見せてくれるんだよね?
○○:うーん、もしかしたらカッコイイと映らないかもしれない。
瞳月:しーのために一位取ってくれるんだよね?
○○:…まあ結果的に全員ぶっ殺せば一位ですね。
瞳月:一位になれなかったらどうする?指詰める?網であぶろっか?
○○:急に山下組だ…俺何も失敗してないのに。
瞳月:○○君ちでは何するの?
○○:拷問器具は何個かあって、でもシンプルに指詰めるのも嫌なんだよね。
結局痛いのは嫌、というのはどこも一緒なのかな
拷問器具は人によって性格とか出るから私はちょっと好きだったりする
瞳月:○○君今日もありがとうね。体育祭、期待してる。
○○:一位じゃなかったら何かしらの罰があるとして、一位取ったら何かある?
瞳月:そうだね…デート、する?
○○:する。
瞳月:じゃあそれに見合った罰を考えておかなきゃね。
○○:やっぱそうなるんすね。
瞳月:冗談だって。またね。おやすみ~
―――
○○:ただいま。
父:お帰り。騎馬戦、やるんだってな。
○○:まるでうちみたいってか?
父:いや、せっかく騎馬戦っていう人を踏み台にする競技に出るんだから、騎馬戦そのものを踏み台にしないか?
最小の努力で最大の結果を
というのは父さんがいつも言っていることだ
極道が時代遅れというのはみんなわかっている
それでも大人たちはプライドが邪魔してやめられない
うちと山下組が休戦に応じたのはどこかで行けないということがわかっているから
俺と山下さんの関係が終わってしまえばまた抗争の日々に戻ってしまう
それだけは何としてでも避けなければならない
凪紗:騎馬戦に役立つどうかわからないけど、特訓する?
○○:体の特訓なら間に合ってるけど。
凪紗:感覚の特訓って言ったらいいのかな。
○○:確かにやったことはないね。
凪紗:戦場で大切なことは、戦場の熱を掴むこと。盛り上がるんでしょ?騎馬戦って。
○○:らしいね。この目で見たことはないけど。
実際に模擬戦を通して熱を掴む訓練を行った
感覚の訓練だけあってとても難しい
うちに限らず上の方の人はこれが出来ているのか…
父:一回でわかる方が稀だから心配しなくていいぞ。どうせ模擬戦だし。
凪紗:熱が少ないと掴めるものも掴めないからね。本番が一番の練習とはよく言ったものでしょ。
○○:一位じゃなかったら山下さんに指詰められちゃう。
凪紗:なんでそれ承認したの。
○○:一位になったらデートだって。
凪紗:え!?純葉ちゃん以外とデートするの???やるね~頑張らなきゃ!
○○:なんで純葉が出てくるんだ。
もしかしたら俺にとっても、家にとっても大事なデートになるのかもしれない
勝てさえすれば、だが
―――
こうして体育祭当日の朝を迎える
特別な日こそ、いつも通りだ
いつもと同じ時間に起きて、同じ朝食をとり、同じ服を着て、いつもと同じ時間に家を出る。
いつもと同じ時間に山下さんの家に着くともうすでに待っている状況だった
瞳月:おはよ。
○○:今日は早いね。
瞳月:体育祭楽しみで早く起きちゃった。
○○:可愛いかよ。
瞳月:○○君最近私に面と向かって可愛いって言うようになったよね。
○○:だって彼氏じゃん。
瞳月:ふーん。純葉にもそうやって言ってるんや。
○○:なんでそこで純葉が出てくるんだよ。
瞳月:調子はどう?一位取れそう?
○○:どうだろう。一位取ったらデートなんだよね?
瞳月:もぉ、はっきり言わないでよ恥ずかしい。
○○:そっちが先に言ったんじゃん。
校舎内に入り、ジャージに着替える
男子はサッカー、女子はバスケからスタート
早速、2人の出るバスケの応援に向かう
既に試合が始まっていて、劣勢気味であった
「○○やべえよあれ。」
「なんだどうした。」
「イカサマだよイカサマ。一発殴ってこようかな。」
「やめとけ、俺たちは部外者だ。それに…」
「それに?」
「いや、なんでもねえ。」
それに、今コートの中にはイカサマの類にめっぽう強い女がいる
―――
相手はバスケ部レギュラーのいるチーム
向こうからしたら勝って当然の試合のはずだった
その上で、相手の目的は私と純葉を削ること
純葉:もー!なんなのよー!
瞳月:純葉落ち着いて。無駄に声上げたって変わらないよ。
純葉:じゃあどうするの?
瞳月:イカサマってね、バレないからイカサマなの。バレたらただのルール違反。
後半戦序盤、早速笛が鳴る
途端に、相手チームのファウルが増えた
「…どうなってんのこれ。」
「一般高校生の考えるイカサマなんて、プロが見たらかわいいもんだねってお話。」
瞳月:イカサマなんてやっとらんで正々堂々かかってこんかいゴラァ!
体育館がシンと静まった
無理もない、彼女が山下組のお嬢であることを知っている者は1人しかいない
ハッと我に返った山下さんは申し訳なさそうに引っ込んだ
試合結果としてはうちのクラスが負けてしまったわけだが…
「瞳月ちゃんってあんなはっきり言うタイプだっけ。」
「証拠を出してから声を上げたのは流石だね。向こうも引けなくなった。」
これが女の嫉妬というやつなのか…
大方原因は自分の狙ってた男子があの2人に告白したみたいなしょうもない事なんだろう
だが、大概の争いごとの火種の多くはこのようなしょうもないことから始まることが多い
○○:お疲れ様。
瞳月:○○君どうしよう私…
○○:言葉が強すぎただけで訴えは正当だから気にしなくていいと思うよ。
純葉:相変わらず優しいね、○○は。
○○:俺でも似たようなことしたかもしれないしね。
瞳月:ありがと。○○君も騎馬戦頑張ってね。
純葉:そーじゃん!準備とかあるんでしょ?ほれほれ頑張れ~。
○○:背伸びしてまで頭撫でることか。
純葉:○○これ好きでしょ?いってらっしゃーい。
瞳月:いいなぁ。
純葉:どうかした?
瞳月:ううん、何でもない。
あれを人前でサラッとできることが、純葉の魅力なんだろうなって思う
一生、純葉には敵わないなと思った
だからせめて私らしく、首の前で手を横に引いた
―――
後ろ振り向いたら山下さんが首を切っていた
負けたら殺されるんですね、はい
騎馬戦はモテる、というのは都市伝説として周知されている
しかし、都市伝説である以上、実績が無い
騎馬戦がきっかけで付き合いました!なんて聞いたことがないし、気持ち悪いだろう
騎馬戦がモテるといわれている理由の一つがあの盛り上がりだと思う
その盛り上がりから外れた行動をとったら果たしてモテるのか
作戦はこうだ
戦場の熱を見極め、一番熱くなったところでうちがすべてを奪う
ある種、不意打ちのような行動をとってもモテるのか
後学のためにもとても貴重な検証になっている
各種目の優勝も決まってきて、お昼休憩をはさんで騎馬戦となる
このお昼休憩こそ都市伝説を助長しているのか、まず机が片されている
そのため、どこで誰と食べてもいいということになっており、この後の騎馬戦に出る人に話を聞きたいなんて人が多い
それは俺でも例外ではなかったようで
純葉:○○~ご飯一緒に食べよ~!
元気よく声をかけに来た純葉と後ろからついてきた山下さん
このままだと騎馬戦チームで食うとこだったから助かる
純葉:いよいよだね~
○○:さすがに緊張してきた。
瞳月:でも○○君なら一位取れるよね。
○○:プレッシャーかけてきますね。
純葉:瞳月って意外と○○に厳しいよね。仲がいいというか。
瞳月:だって今うち優勝0やもんね。騎馬戦は平等だから。
○○:おっしゃる通りで。
運動部では、先輩と専門職には敵わない
騎馬戦には先輩も専門職もない
高校騎馬戦は皆が等しく一年目だ
純葉:じゃあ○○にパワー送ってあげる。頑張れ頑張れ~ほら瞳月もやんな~?
瞳月:えっ、私は恥ずかしいからいいよ。
純葉:瞳月もやってくれたら○○が絶対一位取るって。
○○:別に言ってないが?
結局、純葉は笑顔で山下さんは多少照れながら俺の手をぎゅうっと握ってくれた
その後、山下さんから『あんなことしたんだから優勝してよね。さもなくば殺す。』
なんてまじトーンのメッセージがLINEに届いたのは言うまでもない
―――
騎馬戦本番
放送部による熱い実況で馬が立ち上がる
掛け声で一斉に騎馬が動き出す
早速3年生同士の取っ組み合いが始まった
一気に湧き上がる会場
恐らく一番求められているのがこれなんだろう
疲れない程度にグラウンドを動く
「○○殺気とか出してない?全然他の騎馬寄ってこないけど。」
「出してるって言ったら?」
「ヤクザじゃねえか。」
ただでさえ危ない競技なんだから無駄な殺生は好まない
それでも向かってくるような奴等は正々堂々タマを取る
騎馬戦のルールはハチマキがなくなったら負けで退場
明らかな暴力行為、殴る蹴るは禁止
騎馬が崩れても失格
騎馬戦に「圧倒的」という言葉があるとは思わなかったが目立つ騎馬がある
動きながら、俺はその騎馬の観察を続けた
一瞬だけ、熱が引くところがある
うまいことそのタイミングに合わせることができれば、すべてのタマが取れる
騎馬戦も終盤に差し掛かり、数もかなり減ってきた
メインで大立ち回りしている騎馬は依然として熱く、たくさんのタマを取っていた
もうすぐ最後の決着がつきそうだ
背後から忍びより、熱が引いた瞬間を見計らって、すべてを奪う
終了の笛が鳴った。そしてブーイングも鳴った。
「卑怯なマネすんなゴラァ!」「正々堂々戦え!」「やり直しだやり直し!」
ほとんど疲れていない騎馬と疲労困憊の騎馬では正々堂々やったらどうなるか想像に難くないだろう
これが「騎馬戦」というものだ
人間皆殺し合いを所望している
安全圏から血が流れるのが見たいのだ
別の意味で熱は収まらず、閉会式・授賞式を終えてもヒートアップしたままだった
純葉:○○とはいえこれはちょっとスッキリしないかもね…って何で瞳月は笑ってるの?
瞳月:ううん、別に~♪
―――
○○:「ごめん、ちょっと遅れそうかも。」
終わってからというもの、主に男子から質問・文句責めにされた
やれ卑怯だの、やれ狙われなかったから運が良かっただの、想定内の反応があった
みんな俺がどんなに考え今日を迎えたか知る由もない
理解できるのは恐らくたった一人の女の子だろう
いつもの公園で彼女と合流
瞳月:お疲れ様~
○○:お疲れ。凄く機嫌よさそうに見えるね。
瞳月:○○君って優しいなぁって思ってさ。
○○:どういうこと?
瞳月:○○君なら全員倒して優勝もできたと思うけどそれをやらなかったんだよねって。
○○:少ない戦闘で勝てるならそれに越したことはないよね。
瞳月:○○君の作戦、誰もわかってないんだろうなって思うと笑っちゃう。
○○:それはそうと俺一位取ったよ。
瞳月:わかってるって。しー浅草行きたい。
○○:いいね、浅草行こう。楽しみにしてる。
瞳月:ところで○○君はいつまでしーのことを山下さんって呼んでるのかな?
○○:…なんて呼んでほしいの?
瞳月:下の名前がいいかな。別にしーでもいいよ?
○○:それは遠慮しとくね。
瞳月:行きたいとこまとめておくね。じゃあまた。
○○:おやすみ~
この日はルンルンで家に帰れた
あまりにもルンルンすぎたのか、父さんや凪ねえから瞳月ちゃんの尻に敷かれそうと言われた
なんでデート行くこと知ってるんですかね?
楽しみで久しぶりに眠りにつくことができなかった
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