『施されたら施し返す、恩返しです』
降りしきる蝉の声に夏の盛りを感じる頃になりました。note読者の皆様、いかがお過ごしでしょうか。長崎大学陸上競技部長距離2年熊懐聖那(くまだきせな)です。
あ、自分は元気です。
本日はnote投稿担当日ということで毎度腹立たしい文章ではございますが読んでいただけると幸いです。また、同期の男どもの写真を添えていますので楽しんでいただけたらなと思います。
上半期を振り返るうえで外せないお話
Ⅰ 弱かった自分
世の中がハロウィンで盛り上がるころ、自分は病院にいました。自分は中高6年皆勤賞の健康的な人間だと自負しています。そんな自分はこの日の数週間前から猛烈な痛みに襲われ気づけば走れなくなっていました。無慈悲にもこの日自分は脛骨疲労骨折と判断されてしまいました。
弱かった自分。駅伝メンバーに選ばれた時点で自分が出走するには無理をしてでも練習を重ねて強くなることしか選択肢にないと考えていたことを今でも鮮明に覚えています。今更こんなこと言うのはどうかと思いますが後悔しかありません。
Ⅱ 学ばなかった自分
長崎大学陸上競技部長距離ブロックは今年度全日本大学駅伝予選会に出場することすら叶いませんでした。多くの部員はこの事実から目を背けているように感じます。上半期自分たちは‘全日本予選会出場’を目標に世代を交代しました。この目標が達成できなかったのは先輩たちだけのせいでも、成長できなかった自分たちの学年だけのせいでもないと思います。‘目標を承認した時点で皆に等しく責任が発生する。‘そう中学校のとき担任の先生に言われたような気がします。
学ばなかった自分。年内に走ることは無理だと病院の先生に言われていた自分は怪我の治りが早く奇跡的に1ヶ月で治したかのように見せました。正直に言うと不完全なまままた走り始めてしまったというのが事実です。駅伝前の熱い11月をただ茫然と見ていた自分に駅伝後焦りが出てこないはずがありませんでした。これほどオチが分かるものはないでしょう。焦りからまた別の部分をケガしました。これからのこの団体を引っ張っていくうえでの自分の責任は学ばなかったことにあると思います。
Ⅲ 変わってしまった自分
4月 やっとの思いで15分台を出した大会で
同期の河野に10秒差をつけられ負けました。
5月 二度目の15分台を記録した大会で
同期の椿山にこれまた10秒差をつけられ負けました。
変わってしまった自分。陸上人生で初めて同期に負けて悔しいと感じたかもしれません。でも同時に陸上の新たな楽しさに気づいた瞬間でもありました。怪我をした昨年度から接地を見直しフォームの改善に取り組みました。ふと高校時代の映像を見ると自分を見失ってしまいそうになるほどでした。
上半期結果振り返り
少々腹立つ文章から入りましたが結果の振り返りをさせていただきます。
1/14 鳥栖 10km 37‘03
2/11 唐津 10マイル 57‘20
3/3 玉名 ハーフ DNF (人生初)
上記の3大会は来年ガチでリベンジさせてください。
特に10kmはまともな持ちタイムがない…。
(おい、笑える)
3/17 第3回県記録会 16‘23.76
4/20 長崎リレカ 15‘50.08
5/3 駒場リレカ 16‘21.70
5/12 九州インカレ 4‘18.72
5/19 長崎県選 15‘55.56
6/23 ①ナイター 15‘57.03
うん。大会ですぎたね。全部うまくいったー!みたいな大会はもちろんありませんでしたが、下半期につながる点もいくつかあったのではないかなと思います。とくに昨年の④ナイター以降トラックは未出場でしたのでかなりレース勘がかなり戻ってきたのではないかなと①ナイター後に思いました。
これからのこと
最初に、弱い自分たちを鼓舞し支えてくださるマネさん方、どんなに悪い状態でも文句ひとつも言わずに体を最高の状態に仕上げてくださる久保さん、いつも自分たちのことを父親のように気にかけてくださる九州長距離王国さん、そしてなによりもつらいときに支えてくれる同期、ほかにも両親や地元の友人たちの応援や支援のおかげで自分は走ることができています。本当に感謝しています。ありがとうございます。
いよいよ始まった下半期。チームとして島原学生駅伝での8位入賞を目標にしています。結果を残すことしか今の自分には恩返しの方法が思いつかないので(ほかに思いついたら書き足します笑)積極的な走りをお見せ出来たらなと思います。熊懐聖那の鮮烈な大学駅伝デビューご期待ください。
ご高覧いただきありがとうございました。 2年 熊懐聖那
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