(さんまいめ) リヴァイアサン
去年の夏、浜辺でリヴァイアサンに出会った。
「こんにちは」
リヴァイアサンは言った。
リヴァイアサンは大きかった。大きくて、乳白色で、半透明で、ぬるぬるとしていて、そして、か細い声をしていた。リヴァイアサンは英語で話した。
「こんにちは」
私は答えた。日本の高等教育で覚えた、単語数だけは豊富で、発音のあやしげな、私のカタコトの英語は、リヴァイアサンと会話をするのに丁度都合がいいようだった。
「ここは、どこですか」
「日本だけど、日本と言ってわかるかしら。ジパング。極東の島」
「すみません、ぜんぜんわかりません」
驚いたことに、私と同じほどにカタコトの英語をあやつるこの海の妖怪は、けれど人間が歴史として語れる範囲くらいの最近のことは、全然見たことがないのだという。
「私がときどき海の上にも顔を出していたころは、まだ神さまとかがいたんです。いや、久方ぶりに上がってきてみれば、地上は人間と獣しかいなくなっていて。驚きました」
どうしてそんなに長いこと留守をしたの、と私は聞いた。リヴァイアサンは、ええ、とうつむいて、そして多くを語らなかった。私はそれ以上聞きはしなかったけれど、たぶん何か悲しい恋と関係があるのだろうと思った。
どうやって英語を覚えたの、と私は聞いた。
死んだ人が流れてくるのです、と、リヴァイアサンは言った。彼らと話をするのです。眠ったままの彼らと、彼らが眠る前の人生の、あらゆることについて語り合うのです。
それはずいぶん悲しいことね。
ええ、ずいぶんと悲しくて、そしてやはり嬉しいことです。
嬉しくて、晴れがましい。
晴れがましくて、ちょっと寂しい。
いつか流れてくるといいわね、と、私は言った。
あなたの待っている人が。
ほんとうに待っている人が。
ええ、と肯いて、リヴァイアサンは帰っていった。
海の底、昏い昏い海の底へと。
去年の夏、浜辺でリヴァイアサンと出会った。
悲しい恋の終わった日だった。
札幌在住の俳優、松本直人さんとのコラボイベントのために書き下ろした(じゃないのもすこしある。)作品群を、ちょっとずつnoteにあげてゆこうと思います。順番ごちゃごちゃにあげますが、続き物ではないのでご安心ください。イベント音源の残っているものは、松本さんのYou Tubeで聴けますので、耳から派の方はこちらを(↓)どうぞ^_^