きみの時間を購入したい
「1月下旬と3月に試験があるから、それまで毎日1時間、23時から勉強するね。」
私は好きな人を好きになりすぎてしまって、好きな人の色んなことを覚える。
好きな人のことを知るのが趣味。私の唯一の趣味で、例えば《はじめてしゃべったことば》も覚えてる。私の好きな人はあのかわいいお顔で、岩を指さしながら
「これーーーー!!!!!」
と叫んだのがはじめてだったってのも、例えば靴のサイズが28cmってのも、おばあちゃんちにあるエビせんが世界一美味いって言ってたのも、覚えてる。
彼と出会って、趣味ができて9ヶ月経った。
私が分かりやすく片想いしてた頃、「毎日電話はちょっとな」とか、「会うのは2週間に1回くらいがちょうどいい」とか言ってた彼だが、恋人になるとすぐに毎日電話をかけてくるようになった。5日に1回くらいのペースで会う日常が構築された。
そんな彼の声を毎日聞く日常が崩れそう。
彼はお勉強をするらしい。社会人にもなってなんの勉強かって、昇格の必要条件でTOEICで点数を取らないといけないとのこと。
私は好きな人の色んなことを覚えてる。
得意教科は歴史で、授業は寝ててもテストの点数が高いから許されたことも、英語が絶望的に苦手で、毎回be動詞から始まることも、いつの日かはしゃぎながら話を聞いた。
彼は英語が絶望的に苦手。ふと参考書を読み始めた彼の英語は全部カチコチに固まった英語で、愛おしかった。
私は好きな人の色んなことを思い出す。
彼は勉強する時、(これは当たり前なんだろうが)スマホを見ないし音楽を流さない。しんとした部屋でただ机に向かう。思い出してしまった。
彼が1月まで、3月まで毎日23時から1時間勉強をするということは、私の大好きな彼の声を聞く時間が毎日1時間分減るということ。毎日23時にアラームの合図が鳴って、今まで彼のすやすやした息も聞こえなくなるということ。
と思ってたら電話がかかってきて、疲れ果てた彼の声が聞こえてきた。
「疲れたから、ダラダラやるより30分しっかりやることにしようかな。」
私の大好きな人の声が、今日も聞こえる。
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