The Beatles / Beatles for Sale (1964)
ザ・ビートルズの4作目のアルバムは、その年のクリスマス商戦に向け、そして年2枚のアルバム・リリースという契約を果たすために、前作リリース後に行われたツアーの合間に大急ぎで完成させた作品。
そのため、前作の全曲レノン=マッカートニー名義から一転、1〜2作目以来の「オリジナル8曲+カヴァー6曲」の構成が復活している。
しかし、チャック・ベリーやリトル・リチャード、バディ・ホリーらの楽曲を取り上げたカヴァーの出来は素晴らしく、特に"Rock And Roll Music"(一発録りのエモーションが迸る、武道館公演のオープナーとしても知られる名カヴァー)と"Mr. Moonlight"(この歌い出しはロック史においても屈指の破壊力)でのジョン・レノンの入魂のヴォーカルは圧巻の名唱となっている。
オリジナル曲では、本作で最も有名と思われる”Eight Days A Week”こそ前作までのビートルズ・サウンドのキャッチーなポップ・ソングだが(それでもフェイド・インから始まる曲というのは当時画期的だった)、それ以外は時代の空気も反映してフォーク色が強まり、アコースティック・ギター主体のサウンドは憂いに満ち、アートワークの秋〜冬の空気感をそのまま体現している。
ジョン主体の冒頭3曲(イントロから翳りのあるメロディが印象的な"No Reply"、ボブ・ディランからの影響を受けて苛立ちや苦悩も反映した"I'm A Loser"、ブルージーなワルツの"Baby's In Black")からはジョンらしさが溢れ、特にヴァース部分での厭世的で憂いを帯びたメロディと詞と歌唱は、後の彼の作風の原点となっている。
一方でポールは繊細さとキャッチーさを兼ね備えた"Every Little Thing"や"What You're Doing"でお得意のスタイルを披露しつつ、"I'll Follow The Sun"では後のポール作品で王道となる「小品的美曲」をものにしており、2人の作風の対比もまた興味深い。
また、"Honey Don't"をリンゴ・スター、ラストの"Everybody's Trying To Be My Baby"をジョージ・ハリスンが歌い、メンバー全員が歌う”定例”も堅持。
A面でライヴ感とともに芸術性やその後の方向性を示し、B面でクリスマス向けの楽しい曲を収めた本作は、全体的に地味ながらも(2003年版ローリング・ストーン誌のオール・タイム・ベスト・アルバム500で本作と「イエロー・サブマリン」だけが選出漏れしている)滋味と哀愁のある美しいアルバムで、「アイドルからアーティストへ」と転換する過渡期の一枚。
アルバム・ジャケットからして、この時期にぴったりの逸品。
12月に入ってから繰り返しこのアルバムを聴いているが、やはりA面の陰影を含んだ魅力は聴くほどに増していく。そしてB面のホリデイ感も12月らしい。
ツアーの合間を縫ってレコーディングしたことで生まれたであろうライヴ感やジョンとポールの共作の色合いが強く、また、表面上はラヴ・ソングでも、その中には不安感や焦燥感、苦悩や疑問が潜んでいる。
ロック・ミュージックが若くて強くてセクシーな音楽から、自分自身や周囲の世界を深く繊細に洞察していく自己表現へと変容しつつあったこの時代に、ビートルズも自らの音楽表現を模索し、移ろいゆく狭間で生まれた絶妙なポジションの作品だと思う。