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【禅 ZEN】日累月積とは『正法眼蔵随聞記講話』鎌田茂雄


日累月積(にちるいげつせき)とは


道元は
「只(ただ)欣求(ごんぐ)の志しの切なるべきなり」
と説き、
その具体的な実践は、
何時いかなる時でも、どんな場所にあっても、
食事をしていても、眠っていても、作務(仕事)をしていても、
「隙(すきま)を求(もと)め心(こころ)に懸(か)くる」
ことが肝要であるという。
この「隙を求め心に懸くる」ということが
「切なるもの」である。
「切」とは前にも述べたが、
絶えずくりかえすことである。
室町時代の末に
「類聚方]「医事古言」などの優れた医学書を著わした
吉益東洞(よしますとうどう)は、
つぎのように二三子に告ぐ、
学ぶことあるも、思はざれば得ず、
思ふことあるも、学ばざれば得ず、
吾れえを学ぶ者を観れども、未だ能く之を思ふ者を見ず、
管子日く、之を思ひ、之を思ひ、
又重ねてを思へ、之を思ふて通ぜずんば、
鬼神将に之を通ぜんとすと。
鬼神の力に非らざるなり、精気の極まるなり、小子識を思へ。
(「範学一則」)

 読書することと、自ら思索すること、考えることの
重要性を指摘している。
普通の儒者であれば、読書することが学問することと説くのに対して、
医者である吉益東洞は考えること、思うことを重視したのであった。
しかも、『管子』の言葉を引用して、思うことの重要性を説いている。
『管子』では考え考えぬき、思い思い思いぬき、
それでも通じなければ鬼神が通じさせてくれるであろうというのだが、
吉益はそれは鬼神の力ではないのであって、
精気の極まるところによって可能であるという。
精気の極まるという意味はよく分からぬが、
気力というか、精神力をいうのであろう、
吉益は精神力によって思い思い思いつめ、思いの極まるところ、
真理に通じるという。
吉益は医者であったからこのように説くが、その姿勢においては
道元の
「隙を求め心に懸くる」ところの切なる志
と一脈通じるものがある。
「隙を求め心に懸くる」ということは、不断の修行である。
今日猛烈にやったから、明日はやらないというのでは駄目なのである。
今日も明日も、明後日も、今月も来月も、今年も来年も、
不断に続けることである。
くりかえし学んで習い、習熟 しぬいて、初めて得るのである。
それは
「日累月積(にちるいげつせき)」
して成るものである。
時を得て、勢いに乗じ、風雲に際会してたまたま成るのではない。
自ら彊(し)いて已(や)まずして、
終(つい)に成るものでなければならぬ。
そのためには発心(はつしん)の志篤(あつ)く、
しかも修行は正しく実行し、
精誠(せいせい)をもって終始しなければならぬ。
「終始一貫」という言葉があるが、
ひとすじにして変わらぬものこそ大成するに至る。
「隙を求め心に懸くるなり」という道元の言葉から、
時間の重みを痛切に感じる。
隙やひまは自ら作り出すものである。
隙やひまが向うから自分の方へやって来るものではない。
時やひまは自ら作り出さねばならぬ。
創造しなければならぬ。
時やひまを生むものは一体何か。
それは切なる思いであり、切なる願いであり、切なる心である。
一言でいえば、やる気である。
どんなことでも、やる気さえあれば、
必ず時やひまは生まれるものである。
この時やひまを思いついた時に生むのでは駄目なのである。
不断に生まねばならないのである。
不断に生むためには、絶えず心にかけていなければならぬ。
心にかけるということは、大切にすることである。
時間というものは恐ろしい。
時間をかけることによって、
あらゆるものは
重みを増す、光を増す、美しさを増す、
陶磁器にしても、ウイスキーにしても、
時を経ることによって大きな価値を生む。
人生を充実して送るか否かは、
時の活用にあるといっても過言ではない。
どんなものでも人生の功は
「日累月積」して成るものである。
いわんや生死の迷いを脱し、
永遠の生命を得ようとする仏法においては、
切実に求める心なくしては、
これを体得することができないことは当然である。
道元はそこで
「高くとも射(い)つべく、深くとも釣(つ)りぬべし」
という。
道を得ることは至難のことである。
たとえどんなに至難であってもこれを成就する志が重要である。
どんなに高い目標でも、どんなに深い真理でも、
必ずこれを得することを誓わなければならない。
この志があれば、能力の如何を問わず、
必ず悟りを得ることができると道元は断言する。
このように断言する道元は、
自ら身をもって不断に行じていたからにちがいない。
少しでも切実な志に悖(もと)る毎日を暮らしていたならば、
このように断言することはできない。
断言の背後にあるものは不断の修行であったのである。
人間の精神の力とはまことに恐ろしい。
このような強烈な、峻厳(しゅんげん)なことをいいきる力
を持ち得るのである。


こちらの内容は、

『正法眼蔵随聞記講話』

発行所 株式会社講談社
著者 鎌田茂雄
1987年4月10日 第1刷発行

を引用させて頂いています。



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