わが国の組織は世界で戦える力をもっているのか
一週間ほど前からアメリカに来ているが、先日、こちらの企業の社長からリーダーシップのあり方について話を聞く機会があった。そこで聞いた話しは、非常に面白かった。
●海兵隊隊長に求められる資質
彼は、元海兵隊の軍人。海兵隊では特殊任務を担当していたとのことだが、当然、その内容は教えてくれない。家庭の事情で7年で海兵隊を辞め、実業界に入ったそうである。海兵隊は、最も危険だが、最も勇敢な軍の部隊。敵前上陸して、橋頭堡を築くのがミッションである。
そのような軍隊のリーダーに求められることは、戦争の目的を明確に示し、自分たちの活動がそれを達成するために必要な活動であること、そしてその活動を完璧に実施するために、合理的に分担された任務が各自に与えられていることを、正確かつロジカルに部下に知らせ理解させることだそうだ。軍隊といえども、上官はただ命令すれば部下が命を賭けて戦うわけではないのだ。
部下は、そのような、自分が死を賭して戦わなければならない理由を納得して任務を受け容れなければ、命をかけて戦闘を行おうとはしない。要するに、自分の任務と組織の目的が合理的に結びついていることを部下に理解させることが重要なのだ。
自己の行為が組織の目的に必要であることの説明がなかったり、不合理な命令では、部下は命をかけて任務を遂行しない。仮にしても、それがその部隊の組織目的の達成に貢献しない可能性が高い。
当然のことのように聞こえるが、このような行動を執ることができる者でなければ、部隊の上官は務まらないということだ。つまり、自身組織の目的をしっかりと認識し、それを達成するために必要な要素をロジカルに分解し、それを部下のそれぞれに割り振り、説明して受け容れさせる。しかも、状況の変化を読んで、臨機応変に。
これを行うには、上官自身が、軍人としての使命感をもつことはもちろん、冷静な論理的思考能力とそれを部下に受け容れさせるコミュニケーション能力が必要ということにほかならない。
部下に命を賭けて任務を遂行することを受け容れさせる、このようなコミュニケーション能力を持ち、その前提としてしっかりとした合理的思考を行うことは、実際には容易なことではない。上官となる者に高度の能力が求められるとともに、体系的にそのような訓練を受けさせることが必要だろう。
こうした人材の調達と育成が米軍の強さの基となっていると思われるが、これは軍隊に限らず、多くの組織に当てはまることである。
わが国でも、かつて山本五十六の語録にある「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。」という言葉が管理職研修などで紹介されて有名だが、この言葉にも共通するところがある。
しかし、山本のこの言葉は、ロジカルな説明と説得というよりも、感情的なエンカレッジメント、つまり愛国心の鼓舞に重点が置かれている感は否めない。「言って聞かせて」の中身次第だが、どうやら、任務の遂行の仕方の説明であって、その行動が組織の目的とどのようにロジカルに結びついているのかを言って聞かせることとは思えない。
●「パーパス」による管理の可能性
最近、企業経営でも、企業活動の目的を言語化し社員に共有させて、それをめざして社員の 積極的な行動を引き出そうという管理手法が流行のようである。
単なる目的(goal やobjective)ではなく、「パーパス purpose」という言葉があえて使われており、これは欧米の最近の経営学由来の概念のようだ。パーパスと称して、「人類の幸福のため」とか 「well-being の実現」など、抽象的な高度の目標を掲げるところが目につく。そして、多くの場合、それをブレイクダウンし一段具体化した、しかしまだ抽象的な下位目標が続いて掲げられている。
こうした目的指向自体を否定するつもりはないが、先の海兵隊の隊長に求められる資質と比べたとき、その目標をロジカルに具体化して各従業員の役割や行動として明確に示すことができる企業は、どれくらいあるのだろうか。
ここで必要なのは、組織という巨大で複雑な構造物の一部品(歯車)であっても、それがどのように稼働することによって目的が達成されるのか、組織全体の活動に影響を与えるのか。逆にいえば、それが誤った作動をしたときに、目的達成にどのような影響を与えるのか。一つ一つの歯車を担当する構成員がそれをしっかりと認識して、組織目的を達成するために行動する環境を作ることである。
組織をこのように考え、部下に、組織のミッションとその者の役割が組織全体の活動においてもつ意味とを理解させるためには、上述のように、組織活動の目的との関連性をしっかりと示すことが、前提として必要である。
果たしてわが国の組織で、このような形での人事管理、組織管理は可能であろうか。近年、人口減少、とりわけ若年人口の減少によって、わが国特有の終身雇用・年功序列の人事制度が機能不全に陥りかけている。
●「メンバーシップ型」組織の限界
今や、かつてのように、学卒後すぐに採用し、真っ白な状態から組織の色に染め、組織への忠誠心を醸成していく、といった長期的な右肩上がりの成長を前提とした人事制度は機能しなくなってきた。
このような組織形態を「メンバーシップ型」と呼ぶそうだが、この形態が成り立つ前提には、組織への帰属意識と忠誠心がメンバーに求められるとともに、組織はいかなる状態にあってもメンバーを生涯にわたって保護することが必要であった。
だが、最近では、とくに若者の離職率が高く、組織への忠誠心はなかなか育たない。また、日本のメンバーシップ型組織の場合には、採用された年次が組織内の序列を決めてきたが、中途採用が多くなると、採用年次と年齢が乖離し、そのような序列も崩れてくる。
さらにいえば、多くの組織が、メンバーを生涯にわたって保護する力を失っている。メンバーシップ型が成り立つ基盤である組織への信頼を、維持できなくなってきているのである。
今や、日本の企業も官庁も、優秀な人材の採用と早期離職の回避のために、さまざまな制度を設け対処しようとしているが、少なくともよほど実績があり成長しつつある組織でない限り、エモーショナルな帰属意識の涵養で構成員のモラールを高め、組織への帰属と忠誠心を調達することは困難であろう。
そこで、最近では、目標達成のための活動をそれを構成する職務に分解し、それぞれの職務を遂行するにたる人材を、契約によってその職務に応じた待遇で雇用し、職務の達成度で評価するいわゆる「ジョブ型」組織への転換を図ろうとする傾向がみられる。
●「ジョブ型」組織は可能か
ジョブ型組織では、職務内容が明確に定義され、それに応じた待遇が示され、それぞれのポジションごとに雇用が行われる。たとえていえば、組織目的を達成するために必要な職務について、その能力をもった人材をその都度調達する仕組みであり、その人材の調達先は人材市場である。
雇用する側は、組織のルールに従って、組織が定義した仕事を行うことを期待しており、その成果に対して報酬を支払う。雇用される者は、自分の能力を高く買ってくれる組織で働こうとする。だから、ある組織に採用されたとしても、より条件のよいオファーがあれば、そちらに躊躇なく移る。
したがって、原則として、組織というコミュニティへの長期的な帰属意識は期待されないし、また、帰属しそこに長く属することによって醸成されてくる「組織カルチャー(組織文化)」のようなものは、管理のためのツールとして使われることがあっても、それ自体をコアとして組織を形成することは困難である。
従来からのメンバーシップ型が機能しなくなってきてから、わが国の多くの組織でジョブ型への転換を図ろうとする動きがみられるが、その前提として不可欠なこの組織カルチャー機能の転換と、何よりも職務体系とそこにおける個々の職務の定義は容易ではない。
実は、今、改革に取り組もうとしている公務員制度であるが、第二次大戦後の公務員制度創設時に、日本型のモヤモヤとした帰属意識と忠誠心を基礎にしていた戦前の天皇の官僚制を廃止し、アメリカ流の合理的な官僚制の制度に変えようとした。あえて「科学的」と名付けたこの改革のコアとされたのが、このジョブ型の採用であり、そのためのジョブの定義が試みられたのである。
公務員制度の世界では、「職階制」と呼ばれ、人事院は、戦後数十年にわたって職務分類と定義を試みてきたが、成果は出ず、20世紀末をもってその作業を止めた。今ごろになって、名前は変わったが「ジョブ型」の推進が叫ばれるとは、皮肉なことである。
職階制がうまくいかなかった理由の一つは、ジョブ型の場合、組織目標から導かれる職務の体系に合わせて要員を雇用し配置する。したがって、極端な例を示せば、政策変更によって、ある職務が廃止されような場合、その職務に従事していた者は解雇されることを許容することになるのだが、メンバーシップ型組織の場合には、本人に責めのある場合を除いて、メンバーとしての資格を剥奪することはできない。組織構成員全員の勤労意欲にネガティブな影響を与えるからである。
なお、国家公務員法には、職務の廃止によって免職が可能な場合として、分限免職という制度が存在している。特殊例外的な場合を除いて運用上適用されたことはないようだ。
それはともかく、従来のメンバーシップ型が機能しなくてきているにもかかわらず、ジョブ型の前提条件も欠いているこの国において、果たして世界の企業や政府組織と充分に戦える力をわが国の組織はもつことができるのだろうか。
●ロジカルな思考とコミュニケーション能力の重要性
そのような疑問をもってアメリカに来て冒頭のインタビューで海兵隊の話しを聞き、組織管理の考え方、リーダーの資質、それらの本質を成す要素が何なのかがわかってきたような気がした。そして、わが国のどこに問題があり、いかに改革をすべきなのかも。実際の改革は、非常に難しいが・・・
繰り返しになるが、一言でいえば、それはロジカルな思考とコミュニケーションの能力の強化である。部下を働かせるのも、また組織に貢献しない者を辞めさせるときも、相手が納得できるしっかりとした論拠を示す能力と、それを受け容れさせるコミュニケーションの能力が鍵なのだ。
海外と比較してパワハラ問題がどれくらい多いのかわからないが、部下を説得できず、高圧的に命令することで任務を遂行させようとする上司がいかに多いことか。
頭を使わず、根性と仲間意識、帰属意識の強調によって、部下を動かそうとしてもこれからはムリだ。パワハラになるだけだ。そこでパワハラ批判を恐れると、今度は組織の力が低下する。
そういえば、これも海外の実情はよく知らないが、ビジネススクールをはじめとする専門職養成の大学院教育で、このような人事管理、組織管理の理論と技法をしっかりと教育しているところが、この国にどれくらいあるのだろうか。あまりないのではないだろうか。少なくともそれを教えることができる教員が大学にはほとんどいない以上、当然のことかもしれない。
海兵隊を含め、命を賭ける軍の組織の人事管理の方法が参考になることはまちがいない。このように思いを展開してきて、今ごろ、アメリカに来て50年も昔に行政学で学んだバーナード、サイモンらの組織管理論の誕生の背景と現実の組織運営でもつ意義とが理解できたような気がした。