国民IDカード─Singapore 3
私は、2011年1月から3月までシンガポールに滞在して、アジア、とくに東南アジアの社会と行政について観察し情報収集を行った。その作業はまだ途上であったが、3月11日の東日本大震災のために、その後の観察は断念せざるを得なかった。今、当時書き綴ったコラムを読み返して、今でも、多くの方に伝える価値があると思い、このNOTEに掲載することにした。その第3弾。
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日本でも、2015年から、所得把握の必要と社会保障制度の効率的な運用等を目的として、国民ID制度、すなわちマイナンバー制度が本格的に導入されたが、多くの欧米先進国ではほぼ同様な制度が導入ないしその検討が行われている。
シンガポールでは、公開された共通番号を国民全員が付与され、顔写真と指紋を表示し、共通番号とバーコードが記入されたIDカードを皆が携帯している。シンガポール国立大学で客員として席を借りている私も、短期滞在とはいえ、外国人としての番号が登録され、写真、指紋入りの就労カード(Employment Pass)を発行されている。
国民IDは、生まれたときに政府によって付番され、それは生涯変わらない。IDカードは、生涯に2回更新されるそうである。運転免許証は別のカードであるが、番号は同一である。
このような番号制度がある社会は、日本では受け入れ難い管理社会と受け止められるかもしれないが、こちらの社会では、そうではなく、当然のこととして、むしろ国民IDの話が出たときは、その利便性が話題となる。共通番号で、税、社会保障、医療、そして運転免許証、パスポート等の事務が処理されており、税と給付もそれで調整されているとともに、国内のどこの医療機関に行っても、その番号で診療データを医師が使えるようになっているとのことである。
ある外国人が、国内で駐車違反をし、罰金を払わないで出国しようとしたところ空港の出国審査のところで、反則金を払えといわれたとか。そこまで厳しく追及するのかと思う人もいるであろうが、視点を変えれば払わないで反則金を踏み倒す者がいることは、不平等を是認することにほかならない。
ただ、メリットは大きく、外国人も、この国から出国、また再入国するときは、IDカードがあれば、出入国審査で、シンガポール国民の列に並べばよく、長い外国人の行列に並ぶ必要がないそうである。
このような番号制度は、日本ではありえないと思われるかもしれない。日本で問題とされるのは、個人情報、とりわけ医療情報などセンシティブ・データの漏洩の問題である。過去の病歴等、他人に知られたくない情報が、公開されたIDを通して漏洩すると、取り返しのつかない権利の侵害が生じかねない。先進国では、いずれもこのような問題にどのように対処するかで苦労しているところである。
では、シンガポールでは、そのような問題はないのか。この国は、欧米と同様の民主主義国家とはいえないことから、そのような国では、強権をもつ政府が決めたら、国民は受け入れざるをえないのか。そういう面が全くないとはいえないだろうが、個人情報のみならず、情報漏洩に対する対策はもちろんしっかりと講じられているそうである。
その方法の第1は、守秘義務をはじめ情報利用のルールを明確に定め、情報漏洩やルール違反に対して、非常に重い罰則を科していることである。かつて違反者が厳しく罰せられた例もあるそうであるが、厳罰主義が情報管理と情報の適正利用を担保する強い力、不適正な利用に対する抑止力となっていることは間違いない。それ以外にも、もちろん情報システム上の手当ても充分になされているそうである。
このように情報漏洩やセキュリティ面での手当てはかなりなされているが、その真の目的は、国民の個人情報や権利保護というよりも、むしろ社会の安全を守ることにあるといえよう。この国で、こうしたシステムが導入されたのは比較的新しいそうだが、導入の最大の理由は、所得の捕捉や社会保障制度の円滑な運営ではなく、当時脅威が存在していたテロに対する防衛だったという。
たしかに一面で監視され管理される社会を不愉快に感じる人は多いであろうが、それが犯罪の抑止と社会の信用と安全の向上に結び付くとすれば、それはかなりの程度許容されるのであろう。あちこちに監視カメラが設置されているが、それについているコメントには、"This area is monitored by CCTV for your safety"と書かれている。わが国でも、国民番号制度に対する反対は強いが、他面、犯罪を抑止し犯人逮捕に結びつく、街角やコンビニ等の監視カメラについては、それが犯人逮捕に結び付くケースが多々あることを経験してからは、いかに自分も写され記録されているとはいえ、反対する人はいないのではないだろうか。
わが国の番号制度をめぐる議論を見守りたいが、何のために導入するのか、それがどのようなメリットがあるのか、そのメリットも個人に帰属するものだけではなく、それが正に社会の安全という公共財の価値を高める点を強く国民にアピールし、議論の素材とすることが必要である。所得捕捉の確実性と徴税の効率化という理由が中心では、国民はなかなか納得してくれないだろう。
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わが国でもマインバー制度がスタートし、マイナンバーカードの普及が課題となっている。マイナンバー自体を、秘匿すべき個人情報としていることも異常だが、その利用分野を厳しく限定しているために、社会の利便性と安全性を高めるためにほとんど役立っていないのは、残念だ。
私が、国民IDとはどのようなものであり、それがどのように使われているか、その利点を学んだのは、私自身がシンガポールで、外国人用の就労カードを使ったときである。
その後もわが国では進歩がないが、シンガポールではその後、このIDカードをどのような分野で活用して便利な社会を作ろうとしているのか。次に行く機会があれば、是非学んできたい。 (2020年7月31日)