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全人類が患う死病を、余命者のひとりが考えれば。月ノ美兎様配信を見て。

私は、バーチャルYouTuber(※1)である月ノ美兎様のデビュー時からの視聴者で、この方の考え方は理知的かつユニークで面白いと感じて来た。
 ※1 バーチャルYouTuber……動画配信サイト「youtube」にて、2D又は3Dのアバターを使って配信する方の事。

最近では、死の概念を知ったタイミングやその時の気持ちを知る配信もされていた。

この方の考え方は余命宣告された方々の考え方に似ていると思ってきたが、自身がほぼ余命宣告に近い状況となってみると、"相対的に"似ていると思っている。

全人類が死病にかかっており、その死病の名前は「老化」だ。
そして、克服できていない死病はそれ以外にも多くあり、私が患っているものもその一つだ。
そして、事故や事件で命を落とす可能性もある。

そのような中で、私たちが取れる態度はこの三つかその複合だと考えている。

①抗う意志決定をする。
②諦める意志決定をする。
③逃げて意志決定しない。

これは私の観測範囲の話だが、過去の私も含めて、多くの方は逃げの態度を取っている。
何となく誰かが不死を実現してくれる未来を想像したり、何となく来世があるのではと考えたり、もしくは、他の何かをして考えないようにしたりする。
私は、共同生活をしていた祖父が急死したのを見たし、その時に自分でも決意したつもりだったのに、いつの間にか上の態度を取っていた。
慣れて諦めたのではなく、他人事のように認識したり、忙しくしてそれを考えないようにして、逃げていただけだった。
(これに関してはメディア論のブログ記事も書いた。余談だが)

逃げを多く含む態度は後悔を生む。抗いを選ぶなら特にだ。
ただ、正直、抗いは「科学者が言う難しいの範疇、つまり、不可能」だと、私は考えている。
これから未来にかけて、多くの死病が死病でなくなっていく事と予想される。
事故や事件で命を落とす可能性も減らせるかもしれない。
ただし、老化による死だけは避けられない。

老化とは細胞の劣化による情報喪失だ。
細胞が物理的なものである以上、情報喪失を抑える為には、次の三つしかないと考える。

①細胞を停止させて永久に保管する。
②細胞を交換する。
③細胞の情報を別の媒体に記録する。

保管はあまり考える必要がない。
それは、死と呼ばれる状況の一種だろう。

なので、交換を考える。
具体的に言うと同じ情報を持つ細胞(材質や構造が同じかどうかは置いておいて)に置き換える事となる。

だが、そこでテセウスの船の問題が出てくる。
いずれはすべての細胞を交換する事となるが、その場合は元のものと同じと言えるだろうか。
この問題に対して、友人が出した結論としては、「客観的には同じだが、主観的には違う」だった。
クローンを生み、本人を殺し、クローンは本人と同じだから殺してないのと同じだと言い張る事だと。
私も同じ意見だ。

そして、別媒体への記録も、交換と同じだ。
先ほどの友人の結論がそのまま適用される。

ならば、どのような態度を取ればよいか。

それは、わからない。
「価値観による」という便利で卑俗な言い訳をさせてほしい。

そして、その「価値観による」に従って、私の価値観で言えば次のものになる。

①死の恐怖を理性で抑えながら、専門知識で抗え。
②ただし、精神的に辛くなったら逃げ、死の恐怖を緩和するものを使えるようにしておけ。※それは、専門外領域で、かつ、抗いの要素が含まれると感情的に思えるものが良い。
③限界が来る前に諦め、死の恐怖を緩和するものへ逃げ切れ。

私の価値観に従えば、長く幸せを感じられる生き方が至上だ。
その為に、未来への投資としての行動を是として来た。
今の時代だったら、「人工知能(AI)」に未来を賭ける方が多いのではと考えている。
しかし、専門家になる事は、その専門領域ができる限界を知る事でもある。
最先端の研究をしている方は、特にそうだろう。
人類の知の拡張、そして、人工知能が人類の知能を超える転換点(シンギュラリティ、技術的特異点)は、2045年との予想がある。

そこで現実を考えなくてはならない。

①それまで生きられるかの問題がある。
②そして、人工知能が階層社会を生む危険性も指摘されており、恩恵を得られるのは特権階級に限られる可能性もある。
③何より、人類を超える知能であっても、物理法則の超越は難しいだろう。

だから、抗いはいつか限界を迎える。

その限界を迎えた時に私たちがすがれるのは、物理的には幸福物質やそれを生む物質・行為であり、精神的には死の恐怖を緩和する物語だろうと、私は考えている。

前者は抗不安薬(精神安定剤)が有名だが、そこまででなくても、ダークチョコレート・ヨーグルトの接種、朝の散歩、友人や家族との会話などの精神安定方法が知られている。
過剰なものはオススメできないが、食欲や性欲などの欲求を満たす行動を取るのも良い。
その辺りは、うつ病対策などの専門家の意見を参考にするのが良いだろう。

後者の物語の代表例は宗教である。
ただし、抗いを選んできた者は、クリティカル・シンキング(批判的思考)を常としている事が多い。
批判に耐えられる(科学的に見て否定できない)か批判を回避できる(価値観から批判しようと考えない)物語を用意するか、もしくはクリティカル・シンキングをしないようにする対処が必要だろう。
特に、専門外領域で、抗いの要素が含まれると感情的に思えるもの(例えば、笑いが免疫力を上げる。ヒーリングミュージックで癒される。映画で感動する)を含んでおくと、その物語に対する自己からの批判を回避しやすい。

そして、それらすらすがれないタイミングが訪れた時どうするかを、諦めの中で決め、そうされるように準備しておかなくてはならない。
ただし、準備だけすれば、それを本人は忘れてしまってよい。
そのタイミングでそうされるように、医師や家族との約束などで仕掛ければ良いだけだ。

そういえば、この方の配信の視聴者を囚人と呼んだりするが、なるほど私は囚人で、これ以上に気の効いた言い方はないように思えてくる。
そして、誰もが囚人である。

そのような囚人の一人である私が提供できる物語としては、次のものだ。
個々人にあわせた物語が用意されていたら理想だと思うので、その足しにでもしてくれると嬉しい。

自分への余命宣告を受け入れる為のメッセージ|nezuq|note

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nezuq
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