続、中二病やさぐれ青年に霊感が発露した話
前回からの続きです。
大学を卒業して3年くらいでしょうか、宛もなくふらふらとアルバイト生活を送っていた毎日。
その日も、あいも変わらず死んだ魚の眼でアルバイト先に出勤し、遅番の方との交代業務を淡々と行い一息ついた頃でした。
右足がやったらめったらとピクピクと痙攣をするのです。
直前にランニングや激しい運動をしていたならわかりますが、その日は満員の山の手線に揺られた程度で、そういったことが要因ではなさそうです。
なんだこりゃ、、、とおもっていたときに、ふと霊的探求の師であるタカテルさんのブログの記事のお言葉を思い出します。
「こういう理由のない痙攣などは、『静体感』と呼ばれる、全部で8系統ある霊感の一つで肉体に深く繋がっている先祖(守護霊)体の感覚を通じて、私達に未来のことを伝えてくれるメッセージなのです」
あれ、これって、、、え、それ?あれ?ふぇ〜?いやいや、まさか(笑)
もちろん、これをいきなり霊感だと思うのは通常の思考であれば無理がありますし、何らかの体の不調を疑うのが普通かと思います。
実際、神経内科にいってCTまでとったこともありましたが、お医者さんは首をかしげる始末で「特に異常はみられないので、様子を見ましょう」の一点張りでした(笑)
そうこうするうちに足から始まった痙攣は腕や上半身、顔面にまで及んでいきますw
たぶん、師の元でサイキックセンスを学んでいなければ、発狂していたかもしれません(笑)
タカテルさんの元では肉体と意味の関係といった身体論を少しづつ学ばせていただき
学んだ肉体の部位の意味と痙攣の法則性がわかってくることで、自らの体感がサイキックセンスの一つであるという自覚ができるようになっていきました。
例えば、どのような形でこの静体感がのってくるかというと、「好き嫌い」が強い人と対峙したときに、その方の守護霊がその人のそういった心の使い方、癖をなだらかにしてくことがその人のためになるといった場合に、メッセージとして私の○○に(内臓の一つ)反応が来るというような感じです。
とはいっても、これは霊的知覚全般に言えることですが、どうにも経験している当事者でないと分かりづらいところがあるかとおもいます。
こういったサイキックや霊感が実在し、それをわれわれの実生活に活用することができるという最善の証明方法は、自らがサイキックや霊感を使えるようになることの他にありません。
わたしはこれからの時代はより多くの方が自らに眠るサイキックセンスを自覚し、それを育て、実生活に実質的に活用することが必要だと思っております。
このコロナ禍という目に見えないウイルスが蔓延し先行き不透明な時代となった現れはひとつのそこに向けた序章であると思います。
これまで精神世界やスピリチュアルという分野はわりかしお金や時間に余裕のある方の余暇としての側面が強くありましたが、これからは違います。
自分という宇宙を掘り下げるといった精神世界の探求を真摯に行っていく人が、「運が良くなる」という現れからはじまり、より自由に、より豊かに、より発展的になる時代になることでしょう。
私自身そのようにありたいですし、多くのそういった方の力になれることを行っていきたい所存です。
これからも実質的に生活に活かせる精神世界のお話をしていけたらとおもいますので、どうぞよろしくお願いいたします!
次回は霊的知覚が現れる前にいった関東最強のパワースポットでの不思議な出来事についてお話しします!
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