イムランド、ご案内致します!

 キャアキャアという黄色い悲鳴が、雲ひとつない青空に響く。
 ガタゴトと愉快な乗り物が走る音、ガヤガヤと大勢の人々が笑う声も常に聞こえてきて、耳が休まる暇はまったくない。
 城門をくぐり抜けたこちら側は、戦争で荒廃した地球とはまるで別世界。
 夢と希望を詰め込んだ奇跡のテーマパーク、イムランドだ。

「こんな遊園地に、好きな女の子とデートで来られたなら、きっと楽しかったんだろうなぁ……」

 笑顔が溢れる中で一人、僕はがっくりと肩を落とし、とぼとぼと歩く。
 高いお金を出して購入したチケットだから使わないともったいない……と思って入ったものの、逆に惨めになるだけで、失敗だったかもしれない。
 やっぱり早く帰って、全部忘れて寝てしまおう。うん、そうしよう。
 そう考えて踵を返すと、突然、見知らぬ女の子に声をかけられた。

「お客様。もしかして、お一人ですか?」

 振り返ってみると、そこには一体のアンドロイドがいた。
 この遊園地を経営するイムラ・インダストリが製造した少女型戦闘用アンドロイド、ますきゃっとだ。
 服装は白を基調としたドレスで、金縁の大きな懐中時計を首から下げている。長い髪はドレスと同じく真っ白で、瞳の色は薔薇のように鮮やかな赤。
 そして、ますきゃっとに標準装備されている頭部のエアインテークが、猫ではなく兎の耳になっていた。

「私はイムランドのガイドをしております、らびっときゃっとです。どうぞ、親しみを込めてらびたんとお呼びください。それでお客様、お連れ様はいらっしゃらないのですか?」
「一人なんですが……実はですね、デートをドタキャンされてしまって」
「なんと」

 いや、正確にはもうちょっと酷い。
 ドタキャンどころか、誘った子にチケットを転売までされていたのだ。
 僕はモテないだけでなく、人を見る目までなかったというわけだ。
 そういうわけで一人で入場したのだけど、流石に気分が乗らなくて、もう帰ろうとしていたところなのだ……と、正直に話す。

「なるほど。それはまた、大変な目に遭われたのですね。ですが、お客様。せっかくいらしたのに思い出を一つも作らずに帰るのは、それこそもったいないですよ。どうでしょう。本日は、私と二人でイムランドを楽しんでみるというのは」
「え……それは、えっと、とても嬉しい提案ですけど。いいんですか、らびたんさん?」
「“らびたんさん”ではなく“らびたん”ですよ。そして、お客様の質問に対する答えは、もちろんイエスです。何故ならば―――」

 瞬間、ジェットコースターが地上スレスレの高さを通過して、ゴウゴウと激しい走行音が少女の言葉を遮る。
 耳をつんざく轟音が過ぎ去った後、彼女は一呼吸置いて再び口を開く。

「―――何故ならば。全てのお客様が笑顔になれるようにご案内するのが、遊園地のガイドの役目なのですからっ!」


 そうして僕は、らびたんにイムランドを案内してもらうことになった。
 ますきゃっとの姿は街中でも時々見かけるが、こうして二人で歩くというのは、実は初めての経験だ。
 見た目が女の子でも中身は戦闘用アンドロイド。わかってはいるけれど、やはりとてもかわいくて、ぴょこぴょこと動く兎耳も愛らしくて、ついつい目を奪われてしまう。
 こんな子と一緒にアトラクションに乗れたら、絶対に楽しい。
 ……そう、思っていたのだが。

「お客様、お客様! こちらの“ぐるぐる! 超音速観覧車”で景色を楽しむのはいかがでしょう?」
「すみません、これも僕には無理です……」

 らびたんの案内してくれるアトラクションは、ことごとく危険だった。
 あまりにも高いところから滑り降りるので、着水時に体が弾け飛んでしまいそうなウォータースライダー。
 地面スレスレでギュンギュン回転し、身長が150cm以上あると岩に激突して首がはねられてしまうジェットコースター。
 園内の移動手段として貸し出されるホバーボードやハンググライダーなどは、よく見ると安全装置がついておらず、人間のお客様は遺書の記入が必須となっております、と説明された。
 他のアトラクションも大体似たようなもので、アンドロイドの彼女ならば平気なのかもしれないが、僕が乗るのはちょっと無謀すぎる。

「もうちょっと、人間も安心して乗れるような、ゆっくり動くアトラクションはあったりしないんですか?」
「ふむ、ゆっくりですね。ご希望承りました。それでしたら……」

 こちらにいい乗り物があります、とらびたんは僕の手を取って歩き出す。
 しばらくして見えてきたのは、大きなコーヒーカップ。なるほど、これは確かに遊園地の定番ではあるのだろう。
 だがしかし、こんなかわいい女の子と二人でカップに乗るというのは、恥ずかしいやら、嬉しいやら。
 今更のことではあるのだが、僕の顔は真っ赤になって、湯気が出そうなくらいに熱くなっていた。
 そう、例えるならばまるで、今まさにもうもうと湯気が立っている眼前の巨大なコーヒーカップのよう……に……?

「…………あの、らびたん」
「はい。なんでしょう、お客様?」
「僕の気のせいでなければ、あのコーヒーカップ、中身が入ってませんか」
「ええ、もちろん。淹れたてですよ!」

 ミルクと砂糖はどうしましょうか、と満面の笑みで聞いてくるらびたん。
 一方で僕は、カップに入っている他の客を探してみる。全てますきゃっとで、人間の客は一人も乗っていない。それはそうだ。
 どうやら“あつあつ! まわるコーヒーカップ”は、淹れたてのコーヒーに浸かって楽しむためのアトラクションだったらしい。
 速度が出なければ安全だろうと思ったが、なるほどこういう危険もあるのかと逆に感心してしまう。
 ちなみに、水着着用だった。その点は正直とても惜しい。惜しいが、入ったら普通の人間は煮えて死ぬので、諦めざるを得ない。
 微妙に後ろ髪を引かれつつ、僕達はコーヒーカップを後にする。

「速いとダメ、高いとダメ、熱くてもダメ、となると……むむむ」
「すみません、なんだか文句ばかりつけてるみたいで」
「いえ! お客様の希望合ったアトラクションにご案内するのが私の仕事ですから! ……あっ、あちらのホラーハウスだったら、どうでしょう?」

 イムランド全体の楽しげな様子とは打って変わって、何やらおどろおどろしい雰囲気の一角を指差すらびたん。
 ホラーハウス、お化け屋敷か。これもまた遊園地デートの定番と言えるアトラクションだ。
 仕様上、外から危険度がわからないのは不安だけど……物理的にどうこうするものがあってはまずいと、らびたんも学習したはず。
 怖がってばかりもいられない。ここは一つ、足を踏み入れてみよう。

「はいっ! それでは早速参りましょう、お客様っ!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! らびたん!」

 ようやく一つ案内できて嬉しいからか、らびたんは笑顔で駆けていく。
 そして急いで追う僕は、高揚も相まって周囲に気を配る余裕がなく。
 迂闊にも、警告を見逃したまま中に入ってしまった。

「……ああっ! 窓に! 窓に!」
「お客様、お気を確かにっ!」

 アトラクションの門に記されていた、この屋敷の正式名称。
 “いあいあ! コズミックホラーハウス”という、露骨な危険信号を……。


 キャアキャアという黄色い悲鳴が、茜色の空に響く。
 ガタゴトと愉快な乗り物が走る音、ガヤガヤと大勢の人々が笑う声が、後ろの方から聞こえてくる。
 城門をくぐり抜ければ、向こう側は寂しい現実が待つ荒れ果てた世界。
 夢と希望の国イムランド、その出入り口の前に僕達は立っていた。

「いつの間にか、夕方になってたのか。全然気付かなかったなぁ」

 そんなに時間が経った記憶がない。比喩ではなく、本当にない。
 らびたんと二人でホラーハウスに入ってから数時間の記憶が、忘れろビームによって焼却処理されているためだ。
 あの屋敷で脅かしてくるのはオバケではなく、もっと冒涜的で宇宙的な何かで、例によって人間にとってはかなり危険だったらしい。
 それを直視した僕は一時的に正気を失ったものの、適切な処置によってなんとか一命をとりとめた……と、救護室で目覚めた時に説明を受けた。

「……申し訳ありません、お客様。私のミスで、お客様の命を危険に晒してしまいました。危ないことばかりで、お客様に楽しんでいただくことができませんでした。私、遊園地のガイド失格です……」

 兎耳を垂らすらびたんは、見るからに落ち込んでいる。
 今日あったことを思えば無理もない。確かに客観的に見れば、これ以上ないくらいに失敗続きで、ダメダメだった。
 最後は危うく死ぬところだったし、僕も怒っていいと思う。
 このポンコツガイド、と罵倒するくらいの権利はあると思う。
 二度とイムランドになんて来るものか、と憤慨するのが自然だと思う。
 …………だけど。

「顔を上げてください、らびたん。今の僕の顔、どんな風に見えますか」
「……笑って、ますね……?」

 そう、僕は笑っていた。
 だって、楽しかったのだ。今日は、すごく楽しかった。
 アトラクションには一つも乗れなかったけれど、一見してこれは危ないとびっくりするのは意外と面白かったし。
 次はどこに行こうかと二人で頭を悩ませるのも、心地よい時間だったし。
 命の危険があったのはアレだけど、それは忘れろビームで記憶にないわけだし。記憶にないものは、もう気にしようがない。
 そして何より……らびたんが声をかけてくれなければ、僕はどん底の気分で帰るだけだった。
 本当に、嬉しかった。お客様に笑顔になってもらいたいと、そう言って元気づけようとしてくれたことが、何よりも嬉しかったのだ。

「だから、笑ってください、らびたん。お客様を笑顔で見送るのも、ガイドの大事な仕事なんじゃないですか?」
「……っ! ええ、その通りですっ!」

 そう言うとらびたんは、宝石のような瞳をキラキラと輝かせた。
 兎耳をピンと伸ばした彼女が、僕の前に立って真っ直ぐ見つめてくる。こうして向き合うと、ますきゃっとってかわいいんだな、と改めて思う。
 雪のように白いドレスが、夕日に照らされて赤く染まっている。頬まで赤いように錯覚してしまうのは、これもやっぱり夕日のせいなのか。
 首から下げた懐中時計が、カチコチと針の音を鳴らしている。レトロで心地よい機械音が、お別れの時間を知らせていた。
 そして、見送りの言葉を告げるため、らびたんはスカートの裾をちょこんとつまみ、僕の希望通りににっこり笑って、小さな口を開く。

「お客様。本日は、イムランドへのご来園、誠にありがとうございました。至らないガイドではありましたが、楽しんでいただけたなら幸いです!」
「ええ、もちろん! すごくいい思い出になりましたよ。こちらこそ、ありがとうございました」

 お互いに笑って、感謝を告げる。これでお別れだ。
 僕がすたすたと歩き出しても、彼女は付いてこない。ずっと一緒に歩いて案内してもらっていたから、なんだか違和感を覚えてしまう。
 そんな僅かな寂しさと胸いっぱいの思い出を抱えつつ、なかなか進みたがらない足に喝を入れて、城門の外へ向かっていると。

「―――お客様!」

 お別れだと思っていたはずの声が、後ろの方から聞こえてきて。
 そして、何事かと振り返ってみたら。

「またのお越しを、お待ちしておりますねっ!」

 遊園地の職員としては、それは当然の言葉ではあるのだが。
 ガイドの少女は満面の笑みで、再会を約束させてくるのだった。


 ……後日。イムラ・インダストリから手紙が送られてきた。
 同封されていたのは、イムランドの一日フリーパス。どうやらホラーハウスで昏倒した件のお詫びらしい。イムラも妙なところで律儀なものだ。
 ふと、あの日再会の約束をした少女の笑顔が脳裏をよぎる。兎耳をつけたますきゃっと、らびたん。もしかしたら、彼女にまた会うことができるだろうか?
 人間に遊べるアトラクションは全然ない遊園地だったけど……あの子に案内してもらえるなら、もう一度行くのもいいかもしれない。

「……そうだ。アトラクションは危険だとしても、フードコートやレストラン、あとお土産物屋なんかは、二人で一緒に回れるんじゃないか?」

 何気ない思いつきもあって、がぜん楽しくなってくる。遊園地に行って、乗り物には一切乗らず食べ歩き。なかなか面白い一日になりそうだ!

 ……まぁ、そんな予想は当日見事に裏切られて、イムランドはレストランですら人間にとっては危険なのだと思い知らされるのだが……。
 それはまだまだ先の話で、今の僕には思いも寄らないことだ。
 そして、何よりも……多少、危険な目に遭うのだとしても。
 彼女と二人なら笑顔になれるだろうと、僕は確信しているのだった。

~fin~

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