江戸の大工は宵越しの銭は持たない【36歳からの大工さん修行日誌】
36歳からの大工さん修行日記シリーズもいよいよ半年が経った。
一週間もの長いお盆休みが明けて、現場に行くと、これがすこぶる楽しかった。
仲間に会えて、話をする。
50歳のおじさん二人と、70のおじいちゃんだけで、特別何を話すわけでもなく、僕も含めて四人とも盆休みはどこにも行っていないので話題もないのだが、すこぶる楽しかった。
(もちろん、会話だけじゃなく作業も含めて楽しい)
長期休暇明けで、職場に行って楽しいなんて、小学生の夏休み以来じゃないだろうか。
これは本当にすごいことだと思う。
大工さんのカラッとした人格だからだろう。
あと仕事の多様さ。飽きない。
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でも、並行して事件も起きている。
妻が仕事をやめるかもしれない。理由はカクカクシカジカ。
妻の収入をあてにして、見習いの給料で暮らしているので、大工見習い存続の危機である。
ふーむ、困った。
困ったので、親方にも相談してみたが、独立するまではどうしてもお金の面は良い解決方法がない。
独立というか、一軒任せるところまで行けば金銭面は解決するものの、どうしても二、三年はかかる。
残り半年は貯蓄を切り崩してやりくりできるが、そこから先はちょいと厳しい。
せっかく弟子として入ってくれたから、一人前にしてやりたいと親方も言ってくれる。
バイトするにしても大工仕事は体力もいるから、難しい。
大工を週に4日にして、2日ほど稼げる仕事をするとか、いろいろ考えてみるが、なかなか難しい。
ひとまず半年は現場も取っちゃっていることもあるので、大工修行は出来るにせよ、そこから先の策を考えないといけない。
まあ、何とかなるだろう。
何とか大工を続ける方法が一ヶ月以内に降ってくるさ。
とはいえ、昨夜は久し振りに一睡もできなかった。うそ。一睡はした。
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日本の職人さん不足、特に大工さんの不足はここにあるのだろう。
大工さんの仕事は確かに面白い。
奥が深いし、作業の種類自体も多いし、家によって随分とやり方、段取りも違う。
裏を返せば習得までに時間がかかり、その間を修行の金額で生き延びねばならない。
修行する方も大変だが、教える方も大変だ。
見習いは遅い上に、ミスもする。
ミスをすれば仕事を請けている親方の責任なので直さないといけないので、時間も食う。
給料が安いとは言ったって、一人前の大工さんの仕事量をしたり、修正のことや教える時間も考えると、時間的には二倍以上かかるとも言える。一人前の大工さんなら、一ヶ月でできるところが、二ヶ月でもできなくて、仕上がりもいまいちとなってしまう。
そのくらい一人前の大工さんとは、仕事が早くて綺麗だ。
住宅会社、元請けも、一人前の大工さんはそのくらいの速さ当たり前となってしまっているので、どの会社も工期にゆとりはない。
とはいえ、弟子にも生活はあるので、最低限の給料は払ってやらないといけない。
一人前の大工さんを作るには、弟子も師匠もすこぶる大変なのだ。
36歳からの大工さんとなれば、なおさら難しい。
若い子が安定したケガのリスクもないサラリーマンの仕事を選びたくなるのも仕方がない。
小学生の人気の夢ランキング、上位は公務員なんて時代だもの。
息をするにも金がかかる世界だ。
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江戸の大工は宵越しの銭は持たないと言う。
この言葉の意味は諸説ある。
江戸は火事が多かったので、大工の仕事は多かった上に、賃金単価としても高かった。
それで、腕に自信があれば、貯蓄なんかしなくたって、食うに困らなかったということ。
ちまちま貯蓄なんかするのは、腕に自信がない、仕事に困るやつだ、腕の良い大工はケチケチせず、稼いだ金は豪勢に使って遊んでしまえ、なんていうプライドもあったのかもしれない。
もう一つは、大工に限らず貯蓄を持たない人が多かったこと。
やはり、これも火事が多かったことも関係しているらしく、貯蓄を安全に保管することが難しかったのもあろう。
あとは、貯蓄を出来るほどの高収入の仕事も多くはなかったり、棒手振り(ぼてふり)といって、何かしらの商品を棒にぶら下げて歩けば、とりあえずの金にはなったので、お金が必要なら何でも仕事はあったという背景もあるという説もある。
諸説あるものの、商人なんかは蓄財して、店を大きくするということもある中で、大工は一貫して一人、あるいは必要があれば仲間を呼んで、棟梁として他の職人や材料の手配もした。
蓄財して、現在の工務店のような形にして、人を雇う、言うなれば経営者になるといったことは考えなかったのだろうか。
恐らくだが、それは腕が鈍るからやらなかったのだろう。
江戸じゃなくて今の時代でもそうだが、大工さんで人を雇って工務店にする人もいる。
ただ、そういうトップ、経営側に立つと、現場に出る暇がなくなる。
大工さんというのは、技術を使う作業が好きな人が多い。
腕一本で食っていく。そのためには、技術を落とさない。
そのためには、宵越しの銭は持たない。
江戸時代だからこそ出来たことという側面もあるのだろうが。
令和の時代に馬鹿なことを考えるけど、僕も何とか腕を身につけて、宵越しの銭なんて持たない男になりたいなと思ったりする。
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