アフターストーリー『誰がロックを殺すのか』〜須藤 縁〜
未通過閲覧×です。
勝手に他PLのキャラを使用しております。キャラ崩壊があるかもしれません。
勝手に過去捏造してます。
問題があれば消します。
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あの日の彼らは"ロック"だった。
濃厚な死が彩る空間で弦を掻き鳴らし、キーボードを叩き、スティックを振って、命の音楽を奏でた。
仲間の音を全身で感じ、これでもかと自分の音を主張する。
滅びの歌とぶつかる"ロック"に音は無い。
それでも彼らは確かに最高の音楽の中にいたのだ。
ーー
退院日。
須藤縁はみんなから逃げるようにして病院を後にした。
久しぶりに感じた太陽が、ちりちりと皮膚の表面を焼く。その不快感に顔をしかめながら縁は人の波へと飛び込んだ。
人と人との間にできた隙間に身体をねじ込み、足を早める。死の淵から戻ったはずの身体は、そのことを忘れたかのように動き、早めた足はいつの間にか、もつれるように走り出す。
病み上がりの身体に悲鳴が響いた。しかし縁は、それを感じることもできないままに一心不乱にスタジオへと向かった。
雑然と音楽だけが存在する空間。
馬鹿なこともした。一生懸命にもなった。
夢への軌跡があまりにも多すぎる場所。
目から溢れようとする涙を押しとどめ、縁は慣れ親しんだドラムに座る。
ーーいつも通り。
深く息を吸ってスティックを取り出す。
「わたしは天才なんだから……」
渇いて貼りついた喉が吐き出した声にドラムロールを重ねた。
ーーそれだけで気づいてしまったーー
恐怖から逃れるように演奏へと入る。
『懺悔という名の愛の言葉』
大学時代の曲。今の縁であれば目を瞑ってでも、弾きこなせるはずの曲。
静かな8ビートから始め、地に響くようなバスドラを合図に激しいタム回しが始まる。
「激しさこそロック!」と勘違いした当時の六花が書いた滅茶苦茶な譜面。だが、演奏し慣れた縁にとっては簡単な部類に入る。
全てを捧げるように演奏する彼女の姿は"ロック"を奏でたあの日のようでーー全く別物だった。
曲が終わり、残った余韻の中に何かを落とした軽い音が2度鳴る。
「覚悟は……してたんだけどな」
イスの上で両手を下へと垂らし、何かを探すように虚空を見つめる縁は屍のようだった。
ツブが揃わない。手に力が入る。ダブルストロークの跳ね返りが甘い。ハイハットの余韻をコントロールできない。バスドラが力強いだけになっている。クラッシュシンバルが……。
挙げればキリがない。
今までの当たり前が理想のようだった。
凛の耳が聞こえなくなった時から、予感はしていた。
ずっと恐れていたことが現実になったと。
「宮廷に行けば良かったかな?」
そうすれば、わたしは"天才"の須藤縁のままいられた。タカハシのように伝説となれた。
「あれ、こんなもんだっけ」「昔はあんなに上手かったのにね」「やっぱりロックは無能な者のための音楽だ」
あの日の悪夢が蘇る。それは、きっと現実となるのだろう。
そしてきっと、見限られる。
「いやだ……いやだ。こんなのわたしじゃない!」
爆発するように叫ぶ。
マイクやアンプ、空気が驚くように震えた。
ーー認めるもんか!
落としたスティックを拾ってガムシャラに叩く。
誰もいないスタジオが返してくる音が不快だった。大勢に囲まれて非難されているようだ。
「わたしは天才じゃなきゃ駄目なの!」
音を掻き消すために、ドラムを殴る。
ーー認めたくない、認められない!
消したくても、反響は強くなるばかり。
空間全体が責めてくる。きっとこの声の中に、彼らもいる。
鈍い音がして、頬に鋭い痛みを感じた。
混濁した意識が不意に現実を捉える。
右手のスティックは折れていた。頬は痛みを吐き出すよう液体を垂らしていた。
「ははっ……」
崩れるようにして彼女は地面は落ちる。
人形のように叩きつけられた身体は打撲の痛みを、質量のある頭は電撃のような衝撃を訴える。
消えそうな意識の中で、仲間が遠くへ去っていく。
伝った涙を拭う気は起きない。
これは自分への罰なのだから……。
白く濁った景色の中に、聞き覚えのある曲が混ざる。
ーーこれは、ウィンド・フォールズの……。
凛に勝手に着信音に設定された曲。
ぼんやりとしたまま携帯を探す。発信者も見ないまま通話ボタンを押した。
「ゆかりちゃーん、どこにいるの〜? 勝手に帰っちゃうから、リーダー寂しかったよぉ」
ねっとりとした……聞きたくなかった声。
「せっかく退院したんだから、みんなでお祝いしようよ〜。今、みんなで買い出ししてるんだぁ。六花の家でーー」
「……行けない」
まだ意識がぼんやりとする。このまま眠ってしまいたい。
「え、ゆかりちゃんなんでーー」
「もう辞める、懺悔マスター」
それだけ言って、電話を切った。ズルしてた私に彼らといる資格は無い。
視界の歪みが強くなって、眠りが意識を支配した。現実なんて見たくないのに、何故だか少し怖かった。
「……ちゃん…………ゆかりちゃん!」
派手なモヒカンが視界に動く。
「リーダー?」
視界がハッキリしてくると、凛や六花もその後ろにいることがわかる。運動でもしたのか、真っ赤な顔で、3人とも全身で息をしている。
「良かったよぉー。探しにきたら、ゆかりちゃんが倒れてるから僕……」
リーダーの顔が近くなって、汗くさい温かさが縁の身体を覆う。
「辞めるなんて言わないでよぉ。僕ら、4人で懺悔マスターだろぉ?」
服に温かい冷たさが滲む。
「縁、何があったか教えろよ」
六花が、抱きつくリーダーを押しのけて、私の両肩に手をのせた。真っ直ぐな目がこっちを向いている。
その肩越しに、凛が全力で頷いているのが見えた。
ーーやっぱ、好きだな。
そう思うと同時に、彼らから離れる覚悟ができた。
"何も無い"私が、彼らといる訳にはいかない。
台本でもあるようにスラスラと言葉は出てきた。
自分は"天才"なんかでは無いのだと。
トリネンブラの力でズルをしていたのだと。
呆然とする六花の手をよけて立ち上がる。
「だから、懺悔マスターにはいられない」
スティックを回収し、得意の笑顔を3人に向ける。
鈍い痛みを引き摺って、出口に歩を進める。
「なんで天才じゃなかったら、ゆかりちゃんが懺悔マスターを辞めるの?」
馬鹿みたいな声。このリーダーは、そんなことも分からないのか。
「私なんかが居ても意味無いから。そもそも、ズルしてた私がずっと『天才でごめんね』なんて言ってみんなを見下していたんだよ? 一緒に居られる訳ないじゃん」
言っていて辛くなる。
バカリーダーのせいで、言葉にしなきゃなんなくなったじゃん。
「天才じゃなきゃ駄目なの? 下手だから懺悔マスターにいられないんだったら、六花なんてどうするの? ゆかりちゃん上手いのは、トリネンブラのお陰もあるかもしれないけど、誰よりも練習してたからじゃないの? 僕はゆかりちゃんが好きだよ。一緒にバンドしていきたいよ」
なんでこいつをリーダーに選んだのか、初めてわかった気がする。
「俺、下手じゃねぇし。俺だってNoiseなこと隠してたんだし、お互い様だろ。そんなんで抜けるなよ」
殴られたのか、リーダーは腹を押さえてうずくまっている。
六花の瞳が真っ直ぐにこっちを見ていた。浮気性なくせに、こういう所で真摯だから嫌になる。
凛は、周りを見回すとこちらに駆けて来て、私をギュッと抱きしめた。
なんで、こんなに優しい奴らなんだろう。
なんで、私を責めないんだろう。
「ごめん……ありがとう」
目が熱い。私も凛を抱き返して、その肩に顔をうずめた。絶対ぐちゃぐちゃだ。こんな顔、リーダーや六花なんかに見られたくない。
甲高い泣き声の反響は、優しく4人を包んでいる。もう彼女を責め立てる声は聞こえない。
これが本当の彼女の"懺悔"
秘密は終わり、須藤縁は晴れてバンドメンバーになったのだ。
それからの日々はとても忙しかった。
「竜巻事故」の真相を知ろうと毎日追いかけてくるマスコミ達。
水門二区大学で見つかった難聴の治療法。
凛が治療を受けられるようにみんなで奔走した。
そして、彼女の入院が決まる。
彼女の旅立ちの日。
縁は凛に偽物ではない笑顔を向けた。
「いつまででも待ってるからね。でも、凛が帰ってきたら懺悔マスター再始動なんだから、私が天才になるまでは帰ってきちゃ駄目だよ」
聞こえたのか聞こえてないのか、凛は嬉しそうに笑った。