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アフターストーリー『蹂躙するは我が手にて』〜イーグル〜

未通過×です。

暴力・戦争の描写や人の死を軽視する描写があります。苦手な方はご遠慮ください。

他PLのPC名等を勝手に使用しています。

問題があれば消します。

https://iachara.com/sns/784541/view

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イーグルは夢を見る。

血と硝煙の夢を。

当たり前だ、彼女はそれしか知らないのだから。


***

夢はイーグルを幼子へと変え、歴史を辿る。

行き着いた先ーー彼女の最初の記憶は酷く簡素だった。

重く大きなものが2つ、幼い身体に覆い被さるように載っている。

それに遮られて真っ暗な視界の中、近くや遠くで悲鳴が聞こえた。

「お父さん……お母さん……」

重くて動かせない身体を涙の熱さが伝う。

冷たいのか熱いのか、暗いのか滲んでいるのか、何もわからず、ただ飛び出しそうな泣き声を必死に堪えた。

そんな、両親が自分を庇って死んだ日の記憶。

それがイーグルの持つ唯一の家族との思い出。


そこからの日々は曖昧だった。

代わり映えのしない日常を残しておくほど、脳には余裕が無かったらしい。

空腹に耐え、盗み、殴られ、寒さに震え、泥水を啜る。

そんな繰り返しの中で、両親のことよりもパンにありつく方法を考えていたことだけは覚えている。


記憶がはっきりし出すのは、日常が終わったあの日から。

その日少女は浮かれていた。

上手く策が嵌り、まともなパンを盗むことができたから。

ゴミ箱で、まだ実がついたりんごの芯を見つけられたから。

それに、誰にも殴られなかったから。

ーーどうしようかな?

せっかく手に入れた食料だ。こっそりと食べてしまおうか。

思考を巡らせた。

廃墟で身を寄せる仲間は少なくない。みんなで分けると自分の取り分なんてほんの少しになってしまう。

「ううん、でもパン食べたいって言ってたもんね」

僅差で善性が上に立ち、少女は力強く歩き出す。

「お腹がすいた」と泣くちびっこ達の笑顔が見たかった。それで自分の腹が膨れると信じたかった。


「ただい……」

だが根城の廃屋に戻ると、そこには幸せな妄想とは正反対の地獄が広がっていた。

笑顔を望んだ子達が恐怖に顔を引き攣らせて部屋の隅で震え、頼りにしていた仲間達が傷だらけで転がされている。

惨劇の主役であろう3人の男が振り返り、少女へ向けて問いを放った。

「なぁ、お前も軍人になりたいだろ?」

一目で敵わないとわかる屈強な彼らは、笑わない笑みで彼女を見つめた。

人狩りだ。

無理やり「軍人になりたい」と言わせて徴兵し、弾除けや小間使いの少年兵とする。
そんな集団に、彼女達は狙われてしまった。

力無い子供では、逃げ出すことも戦うこともできやしない。
少女は震える手から大切なパンを落とし、ただただ頷くしかなかった。



そうして簡単な訓練だけを施され、彼女は最前線へと放り込まれる。

荷物のように運ばれて降り立った初めての戦場。

そこは血まみれの根城を地獄と呼んだ少女を嘲笑う世界だった。

銃声が絶えず鳴り、風は血と火薬の匂いを常に纏う。
死体と赤が地面を染め、殺意が空間を染めている。

それだけであれば、今までの上位互換に過ぎない。

だが、日常と一線を画す点が1つだけあった。

"死以外に存在しないこと"

動いている人間は多くとも、どれだけ見渡しても死しか感じられない。

「なに、ここ……」

少女の瞳には、その空間が死と人間の戦争に見えた。
巨大な死による人間の虐殺。敵味方関係なく、この場にいる人間は死刑が確定しているのだと感じられた。

「さぁ、お前らの初陣だ」

ゴリラのような男が呆然とする少年兵へと唾の混じり怒号を飛ばす。

号令が整列を促し、周囲の彼らは戸惑いを浮かべながらも移動を始める。

ーー行きたくない……。

そんな中で彼女は動けなかった。

1歩でも踏み出せば、黒くドロリとした死に飲み込まれる気がした。それに比べれば軍人達なんて……。

渡された銃を握り締め身体を抱く。俯いた視界に映る地面と自分の感触、死の気配。それ以外は全てが雑音だった。

しかし次の瞬間、頭の奥で火花が散る。

少しの浮遊感の後に鈍い痛みが全身へ広がって、血と砂の味が口を染めた。

「良い度胸してんな」

見上げる空にゴリラが映った。
雑音は彼女を放っておいてなんてくれなかった。

「こういう奴には身体で教えてやらねぇとな!」

大股で近づいてきた彼はその勢いのままに少女を蹴り飛ばす。

「っ……」

鋭い蹴りは刃物のように腹を抉った。

痛みよりも息苦しさと気持ち悪さが上回り、口をパクパクとして必死で空気を求めた少女の頭を、今度は熱い衝撃が襲った。

男が銃をバッドのように構え、そのグリップで小さな頭を殴り飛ばしたのだ。

ボールのようには少女は転がれない。

殺しきれない勢いを一点に受けて、血がゆっくりと滲み出す。

揺れた視界は意識を一瞬飛ばしたが、戻ってこれたのは生存本能か幸運か。

「並べ」

静かな声は最終宣告なのだと、ぼやけた思考でも理解できた。

「あっ……う」

繋いだ意識で、繋がりが細い身体を必死に動かす。

重い。痛い。眠りたい。

全ての欲望を取り払って、少女はよたよたと身体を引きずるようにして列に並ぶ。

ただ、死にたくなかった。



それからは毎日、ゴミのような食事を貪り喰い、自分より重い荷物を運び、地雷原を歩いて、盾として最前線に身を投じた。

次第に同時期入隊の者は居なくなり、新たな"消耗品"が補充された。

しつこく話しかけてきた女の子は、右足を吹き飛ばされて失血死した。

よく泣いていた男の子は、少女の隣で蜂の巣になった。

初日に少女を治療してくれた女性は、敗走の囮にされ、後日、全裸で恐怖に目を見開いた遺体として見つかった。

それでも彼女は死ななかった。栄養失調の屍寸前の身体で、生と死の境界線を歩き続けた。

ーー今日も、生きた。大丈夫。

震える手で水に近いスープを啜る。味もしないし、本当に自分が食事をしているのかすら、ぼんやりとしか理解できない。

限界が近いのだと嫌でも感じる。ひどく眠い。だけど、これを受け入れれば目覚めることはない。

「おい、お前」

唐突に手元に影が差す。頭を上げるのも辛くて黙っていると、髪を掴まれて無理やり上へと向かされた。

そこでは軍人がニヤニヤと彼女を見下ろしていた。

「ゲームをしよう。明日、敵を殺した分だけパンをやる。いいな?」

言うだけ言って、乱暴に少女を放り投げる。半分以上入っていたスープは皿ごと転がり地面に消えた。

少女はそのまま動けない。

男が戻った先からは、しぶとい少女の生死を賭けてギャンブルをする笑い声が響いていた。

周りの少年兵は、軍人の興味が自分に向かなかった安堵で彼女から目を離す。

ーーぱん?

霧のように白い視界に鮮明なそれが想像できた。

パサパサで、でも柔らかくてお腹が膨れる。

久しく食べていない幸福の形。

ーー殺せば、パンがもらえる。

黒い瞳に光が灯った。

冷たかった身体に体温が戻ってくる感覚がした。

ーーパン……ぱん……。

静かに笑みを浮かべて、ゆっくりそのまま瞳を閉じる。今度の眠りは怖くはなかった。


翌朝、世界はとてもクリアだった。

隊列を組み、銃をしっかり握り締める。

久しぶりに風を感じ、生きていると実感した。


そして、黒い瞳で敵兵を捉えると一直線に走り出す。

力強く地を蹴り、馬鹿みたいに正直に距離を縮める。

敵は格好の的に照準を絞って弾幕を降らせた。当たれば跡形もなく彼女はこの世から消え去るだろう。

「ははっ」

そんな状況で少女は笑う。

限界ゆえの興奮か希望の力か、やけに感覚が鋭敏だった。

全方位の全ての者の動きが掴める。身体が鳥のように軽い。

最低限の動作で銃弾を避けると、勢いもそのまま敵陣へと飛び込んだ。
伸びっぱなしの赤髪がマントのようにたなびいいて、ギラギラとした瞳が照準とともに兵士を射抜く。

そして少女は笑いながら、発砲と暴発が五分五分な銃の引き金を引いた。


彼女はいつも幸運だ。

ここまでも5体満足で生きてこられた。

そしてこれからも生きていく。


その日彼女は人生初の幸福を得た。
58個のパンの山を前にして、満腹の感覚を知った。満腹は苦しいものだと知ることができた。食べきれない量の食料を目にすることができた。
そして幸福感の中眠りにつく幸せを知った。

人生で初めて、死んでも良いと思えた。


翌朝、頭痛も脱力感も意識の混濁も視界の歪みも無い、気持ちの良い目覚めを得た少女は、世界が変わったことに気がつく。

上位者である軍人の瞳に自分への恐れが潜み、微かな敬いがあるのが見えた。
昨日までとは違う武器や防具が与えられ、地雷原を歩かなくても良くなった。

ーーなるほど。

少女は消耗品ではなくなった。


敵を殺す。
そうすれば褒められる。

もっと殺す。
少女の立場が良くなっていく。

ーーあぁそうか、敵を殺すことこそが正義なのか。

そうしてこの世の真理に気づく。

「ははっ、こんな簡単なことだったのか」

血色の良い手を太陽にかざし、目の端に捉えた青白い顔の少年兵と比較する。

彼らがあそこに居るのは弱いからだ。

ーー強き者は何でも手に入れられる。弱き者は蹂躙される。

幸せを得るには強くなるしかない。弱者であることをやめないのであれば、搾取されることに甘んじるしかない。


それからも彼女は戦争を渡り歩いた。

広い視野で戦略を組み、獰猛かつ残虐に殺すその姿は、味方の羨望と敵の憎悪を一身に受ける。そんな彼女をいつか誰かがイーグルと呼んだ。

彼女もそれを受け入れる。

『我は全てを狩りつくす誇り高き鷹である』

弱き少女はもうこの世には居ないのだ。

そうして鷹の蹂躙は続いていく。
100万人を殺せば英雄だ。ならば、500万人を殺したイーグルは何者だろうか? 
きっと彼女は神の域にも手を伸ばしていた。

しかし、その歩みがどこまで到達できたのかを世界が知る日は来なかった。


ある日、戦略の相談がしたいと部下に呼ばれた。その場で感じた違和感は、すぐに身体に現れる。

指先から始まった痺れが全身に広がって、立っていられず崩れ落ちた。同時に襲いくる強力な睡魔が思考のまとまりを阻害する。

「お前……」

回らない口で漏らし、部下であった男を睨む。
彼は冷静な様子でイーグルに近づくと、その腕に手枷をかけた。

「上の決定ですよ、将軍。平和に向かう世の中に貴女は不必要です」

冷たい言葉に見送られて意識が途切れる。こうしてバラージの英雄は死刑囚に堕ちた。


イーグルは今でも彼の思考が理解できない。
戦争が終われば、仮初の平和が訪れ、また戦争が始まる。

人間が居る限り争いが無くなるはずはない。

そんな常識を忘れ、平和などという幻想に囚われた彼を哀れだとすら思っている。


……きっと全ては夢なのだろう。
目覚めればいつものように戦場に居るはずだ。

そうでもなければ、誰かがそんな幻想を抱くはずがない。

そうでもなければ、オレ=サマーやシャルル フレイス、グリゴア・フォン・リーシェと共闘などするはずがない。

そんな夢のようなことが……。

***
「いや、そんな夢のようなことがあるのだな」

目覚めた視界にはコンクリートの天井が映り、硬いベッドに身を起こすと頑丈な檻が目に入った。

禁錮500年などといった馬鹿げた刑は執行中だ。

まぁ、何故このような事態になっているのか、イーグルは全く理解できていないが。

彼女は、いつものように敵を殺しただけに過ぎないのだから。

「ただ夢のような現実には、本当の現実を教えてやらなければいけないな」

静寂が支配していた空間に3つの足音が混ざる。

見回りの時間ではあるが、いつもは1人であるはずの看守が複数居るのは不自然だった。

「将軍、お迎えにあがりました」

現れたリアン・ボウエンは恭しく一礼し、目で看守を促した。

バラージの軍服に、イーグルの口角は上がる。

看守がもたもたと鍵束を取り出して檻に差し込み、回した。

「将軍」

そして、2人の後ろから現れたリネット・ゲイティスが扉を開いて檻へと入り、膝をついて軍服とデザートイーグルを差し出す。

「ご苦労だったな」

イーグルは軍服を羽織り、相棒を右手に持つと不敵に笑った。

見慣れた部下と敵のはずの看守は、芯の強い瞳を輝かせて彼女を見ていた。

時間をかけた種がようやく実った。
できたばかりの国際同盟で、不満を持つ者が居ないはずが無い。

イーグルは目をつけた看守の警戒をほどき、言いくるめることで協力者へと仕立て上げた。

アデマトワール共和国を口先1つで戦場にした時に比べれば、随分と簡単なことだった。

「将軍」
「では、参りましょうか」

リアンとリネットがイーグルを促す。

この世には戦争でしか生きれぬ者がいる。そんな奴らを蔑ろにして描かれる平和を、許す訳にはいかなかった。

これから先は世界への叛逆だ。

「さぁ、戦争を始めようか」



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