アフターストーリー『聖夜に石炭を望む』〜酒井 陸〜
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師走は終わったはずなのに、人々は周りを一切見ることなく、マフラーに顔を埋ずめて先を急いでいる。
先ほどまで、陸もその1人だった。
その輪に逆らうようにして足を止めたのは、見えていないつもりの景色に"欲しかった絵筆"を見つけてしまったから。
ーーあいつは、俺の才能を使ってくれてるかな?
「いや、使ってねぇだろうな」
浮かんだ問いに即座に答える。
口から吐かれた白い息は、その言葉を親友に伝えようとでもしたのか、勢いよく飛び出して、空へと消えていく。
あの夜の記憶は昨日かと思うほどに鮮明だ。
年1回の弘毅と過ごす日。
今考えると随分と浮かれていたかもしれない。思い出の中の自分は、軽薄な言葉で彼を翻弄している。
「はぁ……」
首を振り、言葉でイメージを打ち消す。回想をしたところで無意味だ。過去は変わらないのだから。
陸はショーウィンドウに向き直り、真っ直ぐと絵筆を捉えた。
憧れだったもの。弘毅と素晴らしさについて語り合ったもの。そしてーー今は家で眠っているもの。
下に垂らしていた左手を絵筆に重ねるようにして持ち上げ、掲げる。
ゆっくりと右手を近づけ、黒い毛糸の手袋を外した。
握って。開いて。にぎって……また開く。
かじかんで赤く染まりながらも、手はゆっくりと意識について来る。
少し動かしにくいのは寒さのためだけではないが、そこまで不便でもない。
これだけを見ると、まさか千切れたとは思えない。
後悔は無い。それは確かだ。
陸はあの時、片腕で生きていく覚悟を決めたのだから。そこから考えれば、今は奇跡に等しいほど恵まれた状況だ。
弘毅が苦しむのはわかっていた。それでも彼に絵を描き続けて欲しいというエゴを止めることはできなかった。
ーー俺は、お前の絵が大好きなんだぜ。
伝えたことがない愛の言葉。
世間に褒められる絵を描くのはいつも陸の方だ。でも弘毅の絵には、彼らしい真っ直ぐな一生懸命さがある。それがいつも眩しかった。
ないものねだり……なのかもしれない。自分はあそこまで絵に熱心になれないのだから。
彼の絵が好きだった。彼にはずっと絵を描き続けていて欲しい。だから、後悔は無い。
心残りがあるとするならば、あいつが自分を嫌いになるかもしれないほど、エゴを押しつけたこと。
次のクリスマスに、弘毅は集合場所に居ないかもしれない。そう考えると、心の奥底が水底のように冷たくなる。
ーーもし来なくても、許してもらえるまでいつまででも待ってるからな。
精一杯の強がり。そして、陸は足早な集団に溶けていく。
「お前だけなんだぜ、俺がタメで喋るの」
後ろ姿が残した小さな呟きは、静かに街へと消えていった。