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アフターストーリー『囀りとメメント』〜楠木 夏・米倉 マイ〜

とてもラブリーなエト様との共同制作です。

CoC『囀りとメメント』のネタバレを含みます。

他PLのキャラクター名を無断使用しています。

他シナリオのキャラについても言及しています。(ネタバレはほぼ無いと思います)

問題があれば消します。

https://iachara.com/char/376545/view

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手の中で氷が鳴る。

いつから飲んでいるのか思い出せない。


電気をつけていない自室は、月明かりにのみ照らされて薄ぼんやりとその姿を映す。

酒瓶、画材、描きかけの絵、食べ物。

グレーに彩られた景色を肴に夏はブランデーを煽った。


身体を震わす45度のアルコールと心地良い香りは、夏の理性を飛ばすのには充分なはずだ。

しかし彼女は、欠片も馬鹿にはなれない。

ーーなんでだよ……。

握り潰すようにグラスを持つ手に力を入れ、半分ほど残っていたブランデーを一気に口に含んだ。

焼ける。身体が熱い。でも、それだけだった。


「あぁ!!!!」

苛立ちに任せて髪を掻きむしり、ブランデーのボトルを取った。

ーー1本イッキすれば、流石に酔うだろ。

そんな思惑で蓋を回した右手に3本目の手が重なる。

「もうやめたらどうかしら?」

冷たくて、綺麗な長い指を持つその手を辿り、自分の目の前に立つ人物を見やった。

「呼び出しちまって悪かったな、マイ」

ヘラリと笑う。

酔っているので、もう既に頬が緩んでいるかもしれないが、それでも夏は笑いたかった。

そんな彼女を友人の外科医は、怒ったように悲しむように見下ろしていた。


なんだかんだと面倒見の良いマイは動かない夏を横目に、電気をつけ、散乱した酒瓶を片付けてくれている。

ガラスのぶつかる音の多さが、彼女がどれだけ酒を摂取したのかを物語っている。匂いに顔を顰めるようにしてマイが窓を開けた。

夜風が吹き抜け、陰鬱としたアルコールを中和して、心なしか部屋の中がすっきりとしたように感じられる。

それからマイは、酒瓶が無くなった室内に画材やスプレーが散りばめられていては意味がないと思ったのか、雑に整理を始めた。


「今日はどうしたの? 私、手術明けだから疲れているのだけれど」

優しくしてくれていると思ったが、ツンケンとした声は健在だった。

「いや、何って……酒を飲む相手が欲しかったんだよ」

死守したブランデーを抱き抱え、視線を落とす。

片付けの音が止まり静寂が始まる。空気の重さに加えて、頭のあたりに刺すような視線を感じた。

しばらくそれは続いたが、無言の圧力に負けるように夏は口を開く。

「栗花落が死んでから1ヶ月。心の整理もできたと思ってさ、酒をあけたんだ。今まではそんな気分にもならなかったから、もう大丈夫だと思って。

でも、駄目だった。

すげえ頭ははっきりしてんだけどさ、多分酔ってんだ。

思い出して、考えて、ぐちゃぐちゃになって、もう考えたくなくて、強い酒を馬鹿みたいに飲んで、でも駄目で、このままじゃヤバいと思ってマイを呼んだ」

握り締めていたブランデーの瓶を床に置く。中身はさほど入っていないようで、軽く跳ねる水音が数度部屋に響く。

手持ち無沙汰になった両手を握り、夏は心を発する。

「アタシさ、なんで生きてんだろ。

栗花落の前では偉そうなこと言ってた癖にさ、今になって、それらが全部薄っぺらく思える。

栗花落は、アタシの言葉をどういう思いで受け取ったんだろうな。

こんな奔放に、栗花落の3倍近くも生きてる奴の言葉をさ。

分けてやりたかったよ、アタシの命なんて。栗花落に生きて欲しかった」

ゆっくりと垂れた涙を合図に、視界が濡れていく。

マイが身じろぎしたような音が鳴り、すぐ止んだ。

夏は手探りで帽子を探し、深く被った。

「覚えてるか、マイ。アタシが絵を描いた11歳の女の子。ケーキ屋のケーキ全部買ったりして祝ってやってさ……。

アタシ、嫌な奴なんだ。同じ年頃なのに、なんであの子は生きてて栗花落は死ななきゃならなかったんだろうって思っちまう。

太陽派に願えば、栗花落を救う手立てとかあったんじゃないかとか、

あの虫使えば、栗花落は安らかに逝けたんじゃないかとか色々考えちまう。

あの時、人間のまま逝って欲しいって思ったのはアタシのエゴだ。栗花落はそんなこと望んでいなかったんじゃねぇか? そう思っちまう」

「あんた、何言ってるか分かってんの? 太陽派はーー」

「凛香を殺した。

でも、殺したのはアタシらでもある。

強がってんだけど、アタシはやっぱ弱い奴でさ。

今ここに海を呼べてないのもその証拠。

本来ならあいつの自死を止めたアタシが、栗花落のために死にたかったなんて言ってるのを、責められなきゃいけないはずなのにさ。


それに、アタシまだビル登ってんだ。

言ってなかったと思うけど、あれ、生きる実感得るためにやっててさ。

死と隣り合わせになって生の実感を得て、絵を描いて生きた証を残して、怒られたり褒められたりしながら自分の存在を確かめる。

そうでもしねぇと人生がつまんねぇんだ。


正直、ずっと、いつ死んでも構わねぇって思ってる。自分に意味なんて無いんだって、自分の人生なんだから好きにさせろって。

最後に太陽派と対峙した時も、アタシが身代わりになろうか悩んだ。栗花落がいなければ、マイや海を無視して身代わりを進言してたと思う。


酷え奴だよな。

海を批判して『ヒーローになったつもりになってた』なんて言わせて、

栗花落に『生きろ』って言ってたのに、死ぬことを考えてて、

栗花落や凛香の分も命を大切にしようと思う反面、生きる意味が無くなっちまったんじゃねぇかとか、栗花落が死んだ世界で生きるのが辛いとか思ってる。


なぁマイ……アタシはどうしたら良いんだ? 教えてくれねぇか?」

夏の視線を受け、マイはその場に立ち尽くす。無音の時間ーーそれは数秒、数分くらいだろうか。意を決したように、マイは夏の家にあるキッチンへと向かう。

後ろから「おい!どこへ…」と声をかけられるが、マイは全く気にせず冷蔵庫を開けた。冷蔵庫の中には、彼女が勝手に置いていったファンタ2リットルがある。

マイは慣れた手つきで、キッチンからファンタと乱雑に置かれたコップ2つを回収する。そうして夏が待つ小汚い部屋へ戻った。

「ほら、横によって」
「はあ?」

不満を言う夏を横へ追いやり、自分のスペースを確保する。そして脇に荷物を抱えながら、夏の隣にドカッと座った。

「綺麗事なんて、言わないわよ」

マイの手元で、プシュッと炭酸の弾ける音が響く。

「夏…あんたも私も、現実でもがきつづけるのよ」

コップにファンタを並々と注ぐ。ファンタで満たされたコップを夏の前に置いた。

「現実なんて、うまくいかないことばかり…救えない命を目にしたとき、私のプライドは毎回粉々よ…栗花落ちゃんの時は特に」

夏が目の前のファンタに気を取られている隙に、近くにあったブランデーの瓶をヒョイと取る。文句を言いたげな彼女の眼差しを、マイは受け流した。

「凛香を殺した私達が正しいかどうかなんて、わからないわ。夏の言う通り、今回の事の顛末は私達のエゴかもね」

空いているコップに、ブランデーの残り全てを注ぐ。

「どうすればいい、だなんて。私も知りたいぐらいよ。だからあんたも、私も苦しみながら見つけていくしかないわ」

空いたブランデーのボトルを、端におく。

「今はわからないままでいいじゃない…ただ、その苦しみを一緒に背負う私と…海もいるってことを忘れなければ」

夏とマイが座る床の前には、ファンタとブランデーが注がれたコップがある。それは2人とって、普段飲まないものがそれぞれの近くに置かれていた。

「ほら、窓を見て」
「…あ?」
「今日は最高の空ね…さて…と。飲み直しの乾杯するわよ」

マイがコップを持ち上げ、夏に向ける。夏はそれに応じるために、おずおずと上へ。

開け放たれた窓の外にあるのは、
"太陽"も"月"もない真っ暗な夜空。

窓を通して、夜の涼しい風が室内を満たす。

「ありがとな、マイ」

その声が彼女に届いたかどうかはわからない。
ただ、部屋の中には、ささやかな風が吹く音よりも大きな音ーーカチンとコップを打ち鳴らす音が響いていた。

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