北九州下関フェニックス3年目の飛躍へ~営業部槇原さん編~
【この記事に登場する人】
槇原淳展(まきはら・あつのぶ)。広島県福山市出身。立命館大学卒業後、地元の中国銀行へ入社。退職後、東京へ民泊/ネット通販などフリーランスとして独立後、北九州下関フェニックスの立ち上げに参画。大分県の野球チームを経て、再びフェニックスへ。営業企画を中心に試合日はスタジアムDJなども担当。
-チーム名に「下関」を冠して初めて一シーズン過ごした後のオフでした。スポンサー営業としての反応はいかがですか?
下関市の方々にはかなり好意的な反応をいただいています。
スポンサーの4割程度が下関の企業様です。ボートレース下関様にはユニフォームスポンサーに入っていただいています。ボートレース下関様のイベントに当社ファウンダーの堀江(※堀江貴文氏)が登壇するなど良好な関係を築くことができていると感じています。
-2023年シーズンからの改名から短期間で下関市からの支持を集めているのはすごいことですね。
球団発足当初から、北九州市近郊都市として下関市でも公式戦を開催しておりました。選手とともにイベントに参加することもありました。とはいえ、2022年末時点で下関市拠点のスポンサー企業様は数社程度。そこから2年経たずここまで多くの企業様にスポンサーになっていただいたことには感謝しかありません。
-槇原さんがスポンサー営業として意識していることは何ですか?
とにかく足を運ぶことです。訪問し、顔を見せ、挨拶をしないことには始まりません。テレアポを入れず飛び込みで訪問することも多いです。
また、営業の際は必ずフェニックスが行っている地域貢献活動をお伝えするようにしています。正直、地上波中継などがない中で、ユニフォームへのロゴ掲載や看板設置による広告効果を数字で実証するのは難しいです。しかし、私たちフェニックスは地元の子どもたちを対象にした野球教室や地域行事への参加、災害への募金活動など、地域のためにできることを最大限行っています。
①地元プロ野球チームとして応援したい②地域貢献活動を評価している、という2点でスポンサーになっていただく企業様が多いです。
-チームとして3期目になりますがスポンサーの数は増えていますか?
はい、おかげさまで順調に増えています。
今シーズンオフだけで30社が新たにスポンサーになっていただきました。営業は兼任も含めて3名で行っているので、まだまだ目標には届きませんが良い結果だと感じます。
-槇原さんは試合日にスタジアムMCもされています。兼任しながらも結果をだすことができた要因はなんでしょうか?
とにかく早く準備をして、行動量を増やすことです。新たにスポンサーになっていただくためには、まずお客様にお会いして知っていただく必要があります。そのためシーズン中から来期の商品企画や資料準備などを完成させ、一日20件ほどご挨拶をさせていただくこともありました。
既存のスポンサー企業様にはスポンサー報告会でのご挨拶後すぐにお礼とご提案を進めました。
-営業としての今期の目標は何でしょうか?
チームの黒字化達成に貢献することです。シーズンオフの営業活動は一定の成果を得ることができましたが、まだ黒字化までは至っていません。ユニフォームスポンサー等の商品はシーズン開幕した現在販売できないので、スポットでのうちわ協賛やゲームスポンサー協賛などのご提案を続けていきます。
6月に大きなイベントを下関市と北九州市両方で企画しており、お客様、スポンサー企業様に喜んでいただけるのではと考えています。そのイベントをフックに地元北九州市、下関市の方々に喜んでいただけるサービスをご提供したいです。
<取材・文>
佐藤大輔(Spoship編集部)