1人でバーに行ってみた話
もう8回目くらいの卒業旅行。
大学4年での友達の旅行は大体卒業旅行と呼ばれるが、この回数にもなると最早普通の旅行である。
舞台は北陸・金沢で4泊の予定である。
大寒波を浴びるかのように男4人は北陸に吸い寄せられ、金沢の歓楽街で至福の一時を過ごす予定であった。
のはずが、、
自分以外の3人は夜の街に消えてしまった。
というのもこれは同意の上であり、金が無かった自分は諦めざるを得なかった。決していじめられているのではない。
そんな理由で金沢に1人取り残された自分は仕方なくバーでしっぽり飲むことにした。
雪がしんしんと降りしきる中、シャッター街を適当に歩いていると黒猫がトボトボと寒そうに歩いていた。20cmの積雪の中、野良猫は人の気配を察知して雪の上を直の肉球で走り去って行った。寒そうだなと思い、猫を追いかけるともうその姿はいなかった。猫が行ったであろうその行先を追うように着いていくと、一軒の灯に辿り着いた。そこは隠れ家的なバーであり、運命的な店の出会いに入らざるを得ないと思った。
1人ということもあり、イチゲンさんお断りそうなバーだったが、意を決して店に入った。重そうなドアを開けると、客は誰も居なく、暗い店の奥から「何名様?」ということが響いた。勝手が分からずあたふたしていると、「一名様、こちらどうぞ。」とカウンター席に座り、ハムがちょこんと乗ったお通しが出され、ラムコークを恐る恐る注文した。
バーと言えばカクテルのシェイクが1番の見物だというのに、家でも作れるラムコークを注文してしまい、幾分か後悔したが味は確かに美味しかった。
「雪、めちゃくちゃ降ってますよね。」
マスターと話をしてみたかった自分は2ターンくらいで終わるであろう会話の手札を切り、開口一番詰みに向かおうとしていた。普通の友達との会話であれば、「あーーーそうですね。」で終わりそうな会話で相手からしても嫌な話題であろう。しかし、そこは接客業。蝶ネクタイを首にキチッと結んだ中年のマスターはその見た目と裏腹に口を開けば朗らかな人だった。
「私、今年48歳なんですけど、こんな豪雪は金沢で初めてに近いです。雪道本当に危険なので、道の真ん中を歩くようにして下さい。雪崩なんて首に当たったら終わりですからね。いやいや流石に死にはしませんけど、一応気をつけて下さいね(笑)。」
字面にするとあまり伝わってこないが、マスターは雪国での生活を知らない大学生に笑いながら冗談っぽく警告してくれた。フォーマルな見た目とフランクな雰囲気にお酒が一層進んだ。緊張も解けたのか、雪の話だけで20分近く過ごし、マスターのプロフェッショナルな会話術に内心驚いた。それにしても今年の雪は異常らしく、その異常さ度合いで話は雪だるま形式に膨らみ楽しい時間が流れた。
「明日からスキーに行こうと思ってて、」
「大学の友達と卒業旅行に来てて、」
「実は大学でこういうこと学んでて、」
「社会人ってどうしたら良いんですか、、」
気付けば自分からめちゃくちゃ質問していた。
48年の北陸歴と24年のバーテンダー歴の会話術には自然と自己開示してしまうかのような魔力があった。
マスターは「社会人は楽しいですよ。」という話題を振ってくれた。どうやらマスターはビリヤードや車いじり、バイクいじりが好きらしく、趣味にはお金を惜しまない生活を送っていると言っていた。
「理不尽も沢山あるけれど、それを乗り越える程仕事は楽しいものだし、人の為に尽くせてるって幸せなもんです。それでお金を稼げて趣味に使えるなんて最高ですよ。」
だからこんな雪の中で客が1人しか居ない中でもバーを切り盛りできているのであろう。仕事が楽しいことは素晴らしいし、自分もこうありたいと思った。
気付けば1時間半が経っており、友達がそろそろ終わりそうな時間に差し迫ったので2400円の会計と共に店を後にした。自然と雪の降る街を歩いていると、心がホクホクしている気分になった。多分1人になって話せなくなってしまったストレスがそこで発散できたというのと、自分の世界を1cmぐらい拡げることができた喜びで、零下の寒空でも意気揚々と手を振って闊歩していた。
彼らは嬢と話してウキウキしているだろうが、自分の方がよっぽど良い時間の過ごし方をした気がする。
自分は常に人と話がしたいと思った1日だった。
ありがとう!バーのマスター!