夏を超えて赤城の森をはしる
第8回赤城の森トレイルマラソンをはしってきた。今回で3回目の参加になる。トレイルの中でも地形が穏やかでクロスカントリーとトレイルランニングの丁度良いところが交互に交わり初心者でも安心して走れるコースだ。いつまでもトレラン初心者のわたしにとっては打って付けの大会。大会の雰囲気も良くて地元のこじんまりとした雰囲気もあるが、実は遠方から参戦のツワモノも多い。上級者にとっては練習の場として選ばれているようだ。
ロケーションも最高。大峰山はドイツを思わせる針葉樹が広がり(残念ながら行ったことはないが)山の中をサクサクと走ればそこはおとぎの世界。と妄想はいつも膨れ上がる。
朝晩の涼しさに秋を感じる。クーラーなどなくても気持ちよく眠れる。そして、朝5時まえから目覚めた鳥たちがさえずりはじめ、カーテンを開けるとトンボが行先を失くしたように忙しく飛び交っている。ああ、ここは昭和村。
1.出発
一緒に参加する予定だった友人が前日に体調を崩し急遽ひとりでの旅となった。それはいいが、友人が車を出してくれることになっていたので慌てて行き方を検索。交通の便の悪い場所。大会案内には上越線沼田からバスを使うように書かれていたが、調べてみると朝夕で一本しかない。しかも乗り継ぎでどうにも自信がない。諦めかけたが、スマホの乗換案内で調べると前橋からバス乗り継ぎで行けることが分かった。これで行こう。
予定通り新幹線で高崎まで行き上毛線で前橋へ。そこから富士見温泉行のバスに乗り込む。案内通り迷わずに進む。バスは山へ向かって進み20以上のバス停を過ぎて、乗換の畜産試験所入口で降車した。山の中腹に広々とした緑の広がる、そして国道をハイスピードで通過する車以外は人気のない場所だった。そこの時刻表を見て、一瞬見ていないふりをして、もう一度見て目を疑った。そっけない振りをして立つバス停の時刻表には土日運休だの、期間限定だの、つまり今日はバスは来ない。さて、どうしたら良いか。この時テレビのバス乗り継ぎ乗車の旅の番組を思い出し、仕組まれた不便はいいなと頭をよぎる。
国道の向こう側に喫茶店らしきお店がある。ここで尋ねるしかない。大回りして信号を渡りそのお店のドアをゆっくりと開けた。
「いらっしゃいませ」中から店員さんが微笑みかける。喫茶店のほかに衣類や小物など手作りの品物を置いている店だった。「あの、そこのバス停で待っているんですけどバスが来ないのですが」と質問とも独り言ともつかない言い方で尋ねた。「今はバスは通っていないんじゃないかな。期間限定なんですよね」と教えてくれた。「赤城少年自然の家に行きたいのですが、ここから歩いて行けますか?」の質問には大きく手を振り「それは無理です」という。そうか、ではタクシーを呼びたいのですがというとタクシー会社の連絡先を教えてくれた。1件目はそちらの方向に行っている車はありません、との返事。願いを込めて2件目に電話をすると20分ほどで行きますと言ってもらえた。忙しい時間に優しく話を聞いて対応してくれる店員さんには心からありがとうとお礼を言った。
タクシーに乗り込み行先を告げると思ったよりずっと早く到着した。違う、ここではない。この辺りは同じような名前の少年交流の家や研修センター、ビジターセンターなどがあって、わたしの言い方が悪かった。所番地で伝えればナビで一発で分かったはずなのに。運転手さんに再度住所を伝えると「昭和村か、山の向こう側ですね」といわれた。お願いします。迷いはない。とにかく一刻も早く安心したい。高速はどうします?はい、乗ります。
言いようのない不安とそれを超える期待で心の中はわくわく楽しんでいた。多分、バス停で放置され途方に暮れたあたりから。いつもは現金をあまり持たないのだが、虫の知らせか、新幹線に乗る前に銀行に寄ってきた。もう何の心配もない。
2赤城林間学園少年自然の家
バス停のある入口の看板を大きく右に曲がるとトーテンポールたちが迎えてくれる。1万1千円を支払いタクシーを降りた。見覚えのある階段、照り返しに光る施設。受付時間は過ぎていたが人影もない。宿泊の説明と食事のチケットを受け取り、ヤマドリというプレートの掛かる部屋へ入る。10人は泊まれるであろう大広間に先着の女性が入念にストレッチをしている。挨拶を交わし窓の近くに自分の居場所を確保する。コンパクトにまとめたつもりだが、周囲にはコンビニもスーパーもないとなれば荷物は相当な重さになる。このランナーさんとは最後まで行動を共にすることとなった。
一息ついてから受付に帰りのバスの時刻表を確認しに行くと今の時期はバスは通っていないと言う。替わりに昭和村を巡回するデジバスがあるがアプリで時間と名前を予約する必要があると教えてもらった。その場で予約をし、帰りの時間を15時に指定した。15時というのは大会の最終関門が15時だったので、それまでにゴールしてかき氷を食べて、シャワーを使い、パッキングをしてバス停に行く。自分の最終関門はそこだと決めた。これで帰りの心配も無くなった。
走友会の大先輩のオカンから電話が入った。「あきちゃん着いたの。今から会いに行くわね」と相変わらずの元気な声。近くの別荘に1週間近く滞在していて、今度の大会にも出るという。到着すると、ボロ家のペンキ塗りの話や明日は走れないだの、内緒でエントリーしただのひとしきりしゃべり続けてドンと新鮮なナスやピーマンをお土産に置いて帰っていった。
夕食は夏野菜カレー。バイキングで夏野菜もりもりを思う存分食べられる。チームで参戦のグループがワイワイと合宿気分で盛り上がっている。大会ははじまっている?負けずに食べるしかない。
3大会
朝は早くに目が覚めた。ほんのりと空が白んでくる前に鳥たちは鳴きだす。涼しくて爽やかな目覚め。そして、6時30分のチャイムでどの部屋も一斉に動き出す。朝食まで散歩をした。スタート地点では準備はこれからというところだ。参加者の車は次々と駐車場に誘導され整然と並んでいく。
静かな山間が活気づきいよいよ大会の興奮も高まる。
スタート30分前に1リットルの水を背負って会場へ向かった。開会式もなく9時30分のスアートを待つ。山の紫外線は容赦なく肌に突き刺さる。会場で招待選手の栗原さんを見かけ、言葉をかけていただき少しリラックス。緊張はないがスタート前はピリっとする。
無事に戻ってくることを誓ってスタートした。スタート直後からの登りで早くも呼吸が苦しい。足も思うように動いてくれない。苦しい、足が痛い、なぜ走っているのか。後悔が押し寄せる。それを勇気づけてくれるのは針葉樹の森と吹きぬける風。
走ることの理由のひとつにこの時間の味わいがある。日常生活の矛盾や迷いを頭の中できれいに書き出して自分の答えを出していく。セカンドキャリアの満たされなさと割り切り。自分は何のために生きるのか、働くのか。
折り返しのカーブの向こうから声援が響く。貴重なひとつだけのエイド。ここを超えればあとはゴールまで下り基調だ。スイカを一切れ。ペットボトルの水を飲み、背中から掛ける。さっきまでの苦しさ、後悔も吹き飛び、光と風の中をテンポよく下っていく。折り返しのランナーひとりひとりにエールを送る。この5キロのおかげで大会はいつも楽しく気持ちよいものに上書きされ、そしてまたエントリーしてしまうのだ。
走り切った、大きく両手を広げてゴール。参加賞の朝採りの高原レタスとTシャツ。不参加だった友人の分もゼッケンを背負って一緒に走り、いただくことができた。
4帰路
記録は17㎞の部、1時間56分50秒。年代6位。
シャワーをあびて部屋に戻ると時間は12時を過ぎたところ。同室のランナーさんたちも支度をして帰っていく。ゆっくり休むにしても15時までは時間がある。アプリを立ち上げ予約時間を変更したのだが、本当にバスは来るのか不安は募る。
デジバスは9人乗りのワゴン車で、乗り込むときに名前の確認をされる仕組みになっていた。アプリで名前で予約しないと乗れない、といわれた意味がはじめて理解できた。車は満員のランナーを乗せて岩本駅に到着。プレハブのような小さな無人駅舎。40分後に来る電車をエアコン無しの照り返しのベンチで待った。電車に乗りさえすれば、後は何も心配することは無かった。
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