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「〝感性やセンスを使った追いかけっこ〟をずっとやっていたい」——どくさいスイッチ企画×春とヒコーキ・土岡哲朗 特別対談(後編)


現在じわじわと話題を広げているどくさいスイッチ企画による超短編集「殺す時間を殺すための時間」。
どくさいスイッチ企画は、事務所に所属せずフリーランスで活動するピン芸人。元は大阪で会社員をしていたが、「R-1グランプリ2024」決勝に進出したことを機に会社を辞めて上京。ひとりコントを中心に、落語や大喜利など様々な分野で活躍している。
本書に解説と帯コメントを寄せた春とヒコーキ・土岡哲朗は、どくさいスイッチ企画と同じく〝落語研究会〟出身の芸人。土岡は青山学院大学・どくさいスイッチ企画は大阪大学、さらに在学期間がかぶっていないにもかかわらず、落語を軸に長く交流を続けてきた。2人の出会いや落語への印象、そして今後について話を聞いた。

2人の落語スタイル

——お2人は、大学の落語研究会で出会ったそうですね。初めてお互いの落語を見たときのことは覚えていますか?
土岡哲朗(以下、土岡) 初めてどくさいさんを見たのは、法政大学の落語会だったと思います。どくさいさんが大阪から参加していて、ウケ方も引き込む力もものすごかったんですよ。見終わったあと、同期と「アマチュアの落語で〝引く時間〟をつくる人、はじめて見たね」と話したのを覚えてます。

——落語で「〝引く時間〟をつくる」とは?
土岡 引く時間をつくることで、聞く側が前のめりになれるんです。落語って15分くらいしゃべるので、芸人がやる3~4分のネタみたいにボケを詰め込むとダレちゃうんですよ。お笑いをやりたくて落研に入っていた人も多かったんで、みんなけっこう詰め込んだ落語をやりがちで。でもどくさいさんの場合は、お話を聞かせる時間もつくって、その後ガンガン押して……という落語なので、聞く側が引きずり込まれるんです。だからどんどん深い笑いに入っていく。そういうスタイルをアマチュアの落語で見たのがはじめてだったんで、ほかの人と違うなと思いました。
どくさいスイッチ企画(以下、どくさい) 気分がいいですね、褒めてもらえると(笑)。

——どくさいさんが土岡さんの落語を初めて見たときのことは覚えていますか?
どくさい 土岡くんの落語を初めて見たのは「策伝大賞」(学生落語の大会)だったと思います。「土岡くんがめちゃくちゃ仕上がってる」と情報が流れていて、それを見にいったのを覚えてますね。

——土岡さんの噂が流れていたんですね。
どくさい 学生落語って、「古典落語をちゃんとやる人」と「古典落語を改作して自分のギャグをいっぱい足す人」がいるんですよ。土岡くんはどちらかというと、改作落語の人。そして、入れてくるギャグの質がめちゃくちゃ高い。「これ、どう思いつくんや!?」みたいな。しかもボケだけでなくツッコミのワードでも笑いを取るような、あまり見たことのない落語のタイプだったと思います。改作って、話がつながらなくなって破綻しちゃう人が多いんですよ。でも土岡くんは、オリジナリティを出しながらも成立するようにつないでる。本当にすごいなと思ってました。
土岡 うれしいですね。
どくさい たぶん、土岡くんの落語のスタイルをマネして失敗した人、いっぱいいると思うよ(笑)。

大学卒業後も現役の落語プレイヤーとして活動

——どくさいさんと土岡さんは、年齢的には4つ差がありますよね。なぜお互いの落語を見るだけでなく、交流するようになったんですか?
どくさい 僕は、大学を卒業してからも落研に入り浸っている嫌なOBで……(笑)。
土岡 そんな(笑)。でもたしかに、僕が大学1年のときどくさいさんが社会人1年目なので、在学期間はかぶってないんですよ。それでも何だかんだ普通に、一緒の落語会に出たりしてましたね。
どくさい そうそう。僕が主催した会に出てもらったり、群馬の山奥で行われたフェスで落語をやったり……。

——群馬の山奥で落語?
どくさい 当時、僕がアイドルオタクをしていて。あるフェスに、僕が推しているアイドルも出ると聞いて、その主催者にDMで「フェスの空きスペースで落語やらせてもらえませんか」と連絡したら、やらせてもらえることになったんです。ひとりでは時間を繋げないんで、土岡くんも含めて何人かを連れていきました。
土岡 そうですね(笑)。どくさいさんはずっと僕らの落語を見てくれてるんですけど、ある時間になると急にいなくなるんです。
 
——お目当てのアイドルが出演するとき?
どくさい そうそう(笑)。

——ちなみに、はじめて会ったときのことは覚えていますか?
どくさい 全然覚えてないな……。
土岡 はじめてお会いしたとき、うちに泊まってもらいましたよね。ゴールデンウィークに青学で寄席を開いて、どくさいさんも大阪からいらしてくださって。大阪から来た人や終電を逃した人たちがみんなうちに泊まって、翌日上野動物園に行きました。
どくさい あ~、観光しましたね。当時本当にむちゃくちゃやってたんで、全然何も覚えてないんですよ。本当によくないOBだったので、落語だけやらせてもらって打ち上げに出て、すごくお酒を飲んで、後輩に「いや~、君、おもしろかったね~!」みたいなことを言ってました(笑)。
 
——学生落語の業界では、社会人になってからも先輩が顔を出すのは普通なんですか?
土岡 何人かいらっしゃいましたけど、ちゃんと落語のおもしろさを見せつけて市民権を得ていたのはどくさいさんぐらいでしたよ(笑)。「なんでこの人来てるんだろう?」みたいなOBが多い中、どくさいさんは学生時代も社会人になってからも落語の大会で優勝していたので。(編注:学生時代は2010年「第7回 全日本学生落語選手権 策伝大賞」にて、社会人時代は2013年「第5回 社会人落語日本一決定戦」にて優勝)
どくさい 卒業後も落語は続けてたので、そこは担保してたっていう感じですね。
土岡 そうですね。落語会の後の飲み会に参加するだけの人もい中で、ちゃんとOBをされていました(笑)。
どくさい 落語はしてないけど飲み会にきて、すごいしゃべって嫌われてる人をいっぱい見てたんで……(笑)。だから、自分は少なくとも落語はやろうと思ってたんですよ。それが原動力になって、落語を続けてたって部分もあります。
 
——当時、先輩として土岡さんにアドバイスをしたこともあるんでしょうか?
どくさい 全然なかったですね。そういうタイプの先輩がいちばん苦手だったので、僕はアドバイスだけはしないようにしようと思ってて。
土岡 たしかに、そんな感じがありましたね(笑)。大学1~2年生の僕にとって、大会で優勝経験もあるどくさいさんって「すごい先輩」なんですよ。でもそういう態度はとらず、ライバル視してくれてる感じがすごく伝わってきて。「いっしょに戦ってる」みたいに接してくれてるのがすごくうれしかったです。認めてくれてるのを感じたし、自分自身も現役のプレイヤーとして全然止まってない。そういうところをすごく尊敬していました。

感性やセンスを使った追いかけっこ

——大学卒業後、どくさいさんは社会人として働きながら落語を続けていましたね。春とヒコーキさんの活躍については、どう見ていましたか?
どくさい 春とヒコーキが破竹の勢いで活躍しているのを働きながら見て、「どういうこと!?」と思っていました。周りでお笑いの道に進んだ人たちが結果を出しはじめ、落語家になった人も昇進し……「うわ、自分頑張ってない」と思って。それこそ、2020年くらいから大阪でひとりコントをやりはじめましたが、みんなと比べたら全然何もしてない、自分は何も実績を残せてないなと思ってました。
土岡 「実績を残せてない」と言ってますけど、当時のどくさいさんは会社員ですよ。どういう視点だったんだろうと不思議です(笑)。
 
——会社員でありながら、周りの芸人や落語家と自分を比べてたんですね。
どくさい 比べてましたね。逆に会社員と比べることはなかった。
土岡 「同期が出世してあせる」みたいなことはなかったんですか?
どくさい 不思議なことに、全然考えなかった(笑)。
 
——会社員をしつつも、ずっと心は違うところにあったんですね。
どくさい きっとそうなんでしょうね。

——「R-1グランプリ2024」決勝進出を機に会社を辞めたことで、その感覚に変化はありましたか?
どくさい そうですね、変わりました。今、芸歴が1年目なんですけど……。
土岡 ずるい話(笑)。
どくさい 今まではアマチュアだったので、プロとしては1年目です(笑)。フラットな状態でお笑いの世界に入ってきたので、誰をライバル視するでもなく、比べてどうの……という感情は、段々薄れてきました。あまりにもみんなやっていることが違い過ぎて、比較できない。これは自分が実際に芸人の世界に入って、気づきはじめたことかもしれません。
土岡 たしかにそうですよね。芸人は、落語よりもネタが多様化してますしね。

——どくさいさんが会社員を辞めて上京したこともあり、今後はより近い場所で切磋琢磨していくと思います。今後、お2人がいっしょにやりたいことがあれば教えてください。
どくさい 僕は、春とヒコーキが出てるようなライブにまだ出れてないので、もっと共演したいですね。あとやっぱり、いっしょに落語会をやりたいです。
土岡 そうですね。
どくさい プロ……と言っちゃうとおこがましいですけど、同じ立場になったので、あらためて「お笑い芸人がやる落語会」みたいなので共演できたらうれしいな。落研出身で落語家になった人もいっぱいいるので、その辺とも絡みたいですね。この道を選んでまだ頑張っている人と、今後もいっしょに頑張りたいです。あとは、土岡くんが本を出すときは僕がコメントを書きたいですね。
土岡 書けるかな、1冊(笑)。僕は、〝感性やセンスを使った追いかけっこ〟みたいなことをずっとやっていたいですね。学生のとき、1年生とOBなのに同じ感覚で落語をやってくれたのがうれしかったんで、そういうことをずっとやっていきたいです。
どくさい もともとは僕が先輩でしたけど、今は芸歴1年目なんでね。どうぞよろしくお願いします。
土岡 いやいやいや(笑)。
どくさい 後輩になるってことで(笑)。今後もいっしょに、ライブにせよ何にせよ、形になるものをどんどんやっていけたらいいですね。

【写真:武田真由子/取材・文:堀越愛】


「殺す時間を殺すための時間」

発売中
著:どくさいスイッチ企画
定価:1650円 (本体1,500円+税)
判型:四六変形判
商品形態:単行本
ページ数:328
ISBN:9784041153505
リンク:https://www.kadokawa.co.jp/product/322405000383/