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「この帯コメントは『この人危ないぞ!』っていう注意喚起みたいなものです」——どくさいスイッチ企画×春とヒコーキ・土岡哲朗 特別対談(前編)
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現在じわじわと話題を広げているどくさいスイッチ企画による超短編集「殺す時間を殺すための時間」。
どくさいスイッチ企画は、事務所に所属せずフリーランスで活動するピン芸人。元は大阪で会社員をしていたが、「R-1グランプリ2024」決勝に進出したことを機に会社を辞めて上京。ひとりコントを中心に、落語や大喜利など様々な分野で活躍している。
「殺す時間を殺すための時間」は、彼がWeb小説投稿サイト「カクヨム」に投稿していた作品に書きおろしを加え書籍化したもの。本書内に収録される解説文を担当し帯コメントを寄せたのは、どくさいスイッチ企画とは長い付き合いである春とヒコーキ・土岡哲朗。土岡の目に、どくさいスイッチ企画による本作はどう映ったのだろうか。話を聞いた。
日記代わりにショートショートを執筆
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——書籍化は「R-1グランプリ2024」直後に編集者から送られてきたメールがきっかけで決まったそうですね。連絡が来たとき、どう思いましたか?
どくさいスイッチ企画(以下、どくさい) 最初は「嘘だ」と思いました。もう十数年、僕は「カクヨム」さんにショートショートを投稿してたんですよ。でもなんの音沙汰もなくて、R-1に出た2日後に連絡があったんで。そんなとんとん拍子で話が進むわけないと思いました。でも確かに「カクヨム」のサイトから届いてるし、こんな手の込んだ迷惑メールはないだろう。それで話を聞こうとなりました。だからまず言っておきたいのは、「R-1には夢があります」ってこと(笑)。
——ショートショートを書きはじめたのはなぜですか?
どくさい 大学時代にmixiがはやっていたんですけど、僕には日記に書くようなことが全然なくて。人の投稿を読むばかりだと申し訳ないから、何か提供できるものがないかな、と書きはじめたのがショートショートでした。当時本当に暇だったんで、ほぼ毎日書いてましたね。これで、「短い話をつくる」ことが鍛えられました。
——土岡さんは、どくさいさんがショートショートを書いていることはご存知でしたか?
土岡哲朗(以下、土岡) そうですね。僕も相方のぐんぴぃも、「カクヨム」に載せているのをちょこちょこ読んでました。どくさいさんはプロの落語家さんに台本を提供するような仕事もされてたんで、「〝書く〟ことをすごくやってるな」ってイメージはあったんですよ。ショートショートにはゾッとするお話もあるので、「笑いを取るための作品じゃなくてもこんなにおもしろいんだ」と思いました。
——どくさいさんのショートショートが本になると聞いたときはどう思いましたか?
土岡 びっくりはしなかったです。むしろ、「まあ、たしかにそうか」と思いました。会社員を辞めて芸人になると聞いたときも「そりゃそうだよね、やっとだ」と思ったけど、この本に関しても「あんだけおもしろい作品を書き溜めてたし、そうだよね」と、納得していて。解説文を依頼していただいたときはめちゃめちゃうれしいのと同時に、ちょっとビビりもしました。感想文を別の場所に書くとかではなく、同じ本のなかに載っちゃうから責任重大だなと。でもほかの人にこの役目をとられるくらいなら、僕がやりたいなと思いましたね。どくさいさんの本に〝いっちょ噛み〟できるのもうれしかったです(笑)。
どくさい できるだけね、知り合いに噛んでほしいなとは思ってました。僕が本を出す意味っていうのは、多分その辺にあるんだろうなと思ってるので。というのも、僕は別に小説家ではない。フリーランスで活動してる一環でお話をいただいて、本を出せた。本を出すのは夢でもあったので、それが叶ったことを踏まえたうえで、本をきっかけにいろんな人と交流できるのがすごくうれしいです。この対談もそうですし、出版イベントを開催するとか、宣伝のためいろんな人のYouTubeに出してもらうとか……本を出したことでいろんなことができているのが、本当にすてきなことだなと思ってます。
ショートショートから感じる「伝える執念」
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——「殺す時間を殺すための時間」というタイトルにはどんな意味があるのでしょうか?
どくさい もともと、ショートショートは「カクヨム」に「たいむとぅーきる(Time to kill)」というタイトルで載せてたんですよ。これは「時間を殺す」と書いて「暇つぶし」という意味。このゴロがめっちゃいいなと思ってたので、タイトルに置いていたんです。書籍をつくっていく過程でも、愛着のあるこのタイトルはそのままにしました。「殺す時間を殺すための時間」をあらためて英訳すると、「Time to kill Time to kill」になるらしく、「ええ! いいじゃん!」と(笑)。
——それにしても、だいぶ過激なタイトルですよね。SNSではバンされてしまうかもしれません(笑)。
どくさい そうなんですよね。実際、シンクロニシティさんのYouTubeチャンネルに出していただいたとき、字幕が「〇す」になってました(笑)。でも、作者がそもそも〝どくさいスイッチ〟(編注:「ドラえもん」に出てくる道具。スイッチを押すだけで邪魔な人物を簡単に消すことができる)企画ですし、ちょうどいいかなと。
土岡 たしかに(笑)。どくさいさんって、ふだんはお笑いをやってますけど、ショートショートだと「こんな怖いこと書くんだ」って思いました。あと「怖い」以外にもSF的な発見があったり、「未来はこうなるかも」みたいな気づきもあったり、ちょっと優しい希望を感じるような話もあったり……この人、どの感情でも全部執念深いんだなと思いましたね。「笑わせるぞ」とか「おもしろいこと探求するぞ」もそうだけど、「怖がらせるぞ」も「ちゃんと寄りそうぞ」も。全部が執念深い。
どくさい 執念深い……いいですね(笑)。
土岡 しかも、その感情をちゃんと読んでる人・見てる人に伝わるようにしてる。この人、執念という形のないものを、ちゃんと届けてるんだなって。緻密な技術を使って、取りこぼしがないよう届けてくるみたいなところがある。全部、伝える執念ですよね。
どくさい 何でこんなにショートショートを書いてたかと言うと、本当に本当に日常が嫌だったからなんですよ(笑)。日記に書けるような楽しいことはないし、会社に入ったらもっとやりづらかったし。「なんでこんなにしんどいんだ」という状態を「何かになれば」と思って書きつづけてたので、当時のしんどさが異常に反映されてたりするんです。でもしんどさを書くだけじゃなく「読んでもらえるものにしないと」って気持ちはあったので、その「執念深い」という表現はめちゃくちゃいいな。今後いっぱい使っていこう(笑)。
——多くの人は「しんどい」と口に出すだけで終わりですけど、どくさいさんの場合は創作に向かったんですね。
どくさい そうですね。収録されているものの中にも、まさにドンピシャな話があって。「とうめい熊のいたオフィス」「社員研修」「転科サイト『ねこナビ』」なんかは、仕事が嫌だと思いながら書いた話なんです。だから、何とかしてしんどさをエンタメにしようとしてたのかなと思います。
——土岡さんは、帯コメントに「この人、たまたまお笑いをやってるだけの恐ろしい人なんじゃないか」と書いていますね。これはどういう意味ですか?
土岡 読んでいるうちに「なんでこんな怖い気持ちにならなきゃいけないんだろう」ってちょこちょこ思ったんです。そして、この人こそが、お話の中に出てくる危険な人なんじゃないか?って感じてきて(笑)。しかも無自覚に悪いことをするような人物も登場するんで、どくさいさんがお笑いじゃない方向に進んでたら、たくさん人を怖がらせるものをつくってたんだろうなと。だから「ああよかった、お笑いをメインにしてくれて」とほっとしました。つまり、この帯コメントは「この人危ないぞ!」っていう注意喚起みたいなものです(笑)。
どくさい 僕は、筒井康隆先生の小説や平山夢明先生が書いた「実話怪談」にすごい影響を受けてるんですよ。最近トレンドの考察系ホラーとはまた違って、僕が読んでいたのははっきり嫌なことが起きてみんな不幸になる……みたいな話で。それを参考にしてたのもあって、嫌になる話が多いです(笑)。収録されているのも、7割は嫌な話かもしれない。
ひとつひとつに感じるものがある
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——土岡さんが読んで、特に印象に残っているお話を教えてください。
土岡 「グレイテストギフト」、これはおもしろかったですね。本当はゴーストライターがいるのに、全部自分で小説を書いたように完璧に振る舞い、ベストセラーにした元モデルの話。そして、いないことにされたゴーストライター自身が「彼女は天才だ」と言う。聞いたことない論点ですよね。書く人やつくる人もすごいけど、表でパフォーマンスできる人がすごい……こういう話はありがちですけど、もうひとつ深いところを突く話というか。〝この人がつくったと思わせるパフォーマンス〟という着眼点って、今までちゃんと論じられてなかったと思うんです。そして、確かに「この人がつくってるから」という魅力ってあるよなとも思うんですよね。そこに踏み込んでいるのがすごいし、一方で、ちょっとショックも受けました。天才かどうかはどうでもよくて、大事なのは「天才」って思わせられるかどうか。ポジティブにとらえれば、自分も「天才じゃなくても天才に見えるパフォーマンスができればいい」ってことなんですけどね。
どくさい この話って、書かれた小説の質について一切言及してないんですよ。ただ、元モデルの〝見せ方〟がめちゃくちゃうまかったからベストセラーになったという話。だから、本当におもしろい小説だったかどうかは分からない。おそらくこれを書いた当時、僕は相当荒んでたんでしょうね(笑)。
土岡 誰も作品の本質は見てないのだ、と(笑)。
——今回、土岡さんが11篇のショートショートについて解説をしています。解説を読んで、どくさいさんはいかがでしたか?
どくさい うれしかったですね。自分が好きな話を選んでもらってるのもあるし、書籍用に書き下ろした「剣と魔法のラヴォラトリ」を選んでくれたのもぐっときた。これは異世界ものの話なんですけど、実は僕、本当にこういうストーリーラインが好きじゃないんです(笑)。でもあえてその文法に則って書いてみようと思って挑戦しました。
土岡 これ、書き下ろしだったんですね。異世界ものと思いきや実世界の労働環境が浮かび上がってくる話だったので、「この人、どういう気持ちで会社員やってたんだろう」って思いながら読みました(笑)。
どくさい 会社員を辞めたからこそ書けた話かもね。いやー、ちゃんと読んでくれて詳細にレビューしてくれたので、本当にありがたい。
土岡 ひとつつひとつの作品は短いのに、毎回なにか感じられることがあるのがすごいなと思いました。1作品読み終わったらメモして……と読み進めてたんですけど、半分読み終えたくらいのタイミングで、メモが4000字くらいになっていて。解説文は3000字程度でって言われてたんで、このペースだとめちゃめちゃあふれちゃう!となりました(笑)。
★後編に続きます!
【写真=武田真由子/取材・文:堀越愛】
「殺す時間を殺すための時間」
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発売中
発売元:KADOKAWA
著:どくさいスイッチ企画
定価: 1,650円 (本体1,500円+税)
判型:四六変形判
商品形態:単行本
ページ数:328
ISBN:9784041153505
リンク:https://www.kadokawa.co.jp/product/322405000383/