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縁の下の力持ち! サイエンスSARUで翻訳・通訳を務めるパトリック・スペルマンインタビュー

 世界各地でタイムラグなくみられるようになった日本のアニメーション。制作現場でもさまざまな国からたくさんの人が参加しています。アニメーションを制作するうえで必要になってくるコミュニケーションを担う人々がいます。
 そんなひとりである、サイエンスSARUで翻訳・通訳を務めるパトリック・スペルマンさんのインタビューをお届けします!


――まずはパトリックさんがサイエンスSARUに所属するまでの話から。日本語はどちらで勉強されたんですか?

パトリック:出身はアメリカのボストンなんですけれど、大学に入学した頃は特にやりたいことも決まっていなくて。講義で日本の古い文学に興味をもって、原文で読んでみたいと思い、本格的に日本語を学ぶことにしたんです。ただ、とりかかるのが少し遅かったので、そのままだと4年で大学を卒業できなくなりそうで。東京の私大に1年間留学して集中的に日本語を学んで、2年分の語学学習を1年で終えることにしたんです。ちなみに、卒業論文では「日本の同人誌とアメリカのファンコミックの関係性」について書きました。

――アニメはアメリカにいた頃からお好きだったんですか?

パトリック:子供の頃から「カードキャプターさくら」など日本のアニメは見ていました。高校生くらいになると少し熱が冷めてきて……アメリカの大学で日本語を勉強している学生にはアニメ好きが多いですけれど、自分は熱心なアニメオタクという感じではなかったですね。

――大学を卒業後はそのまま日本に来て就職されたんですか?

パトリック:JETプログラム(外国青年招致事業=The Japan Exchange and Teaching Program)という外国人の若者人材を日本に招致する制度があって、だいたいの人はALT(英語指導教師)として働くんですけれど、私は留学時代に日本語検定2級に合格していたので、北九州の市役所にCIR(国際交流員)として就職したんです。そこでは国際交流課みたいなところで通訳をしたり、市の刊行物の翻訳や、窓口のサポートをしていました。

――市役所とはアニメとはずいぶん離れたところで働き始めたんですね。そこからどうしてアニメ業界に?

パトリック:市役所の契約は3年で満了するので転職先を探し始めたら、すぐコロナ禍に突入してしまって。文学の翻訳の仕事に憧れていたんですけれど、ニッチなジャンルで就職先も限られるので、それに近いところでゲーム会社などコンテンツ関連の翻訳に関われる就職先を探していました。転職活動が全部リモートになったことで、面接のために何度も上京したりせずに済んだのは、逆に助かりましたね。

――サイエンスSARUにはどのような経緯で入社されたんですか?

パトリック:もともと湯浅政明監督のアニメが好きで、高校時代に「四畳半神話大系」を見て、こんなすごいアニメを作れるんだと衝撃を受けたんです。転職活動中にSNSでサイエンスSARUが人材募集をしているのを見かけて、どんな仕事になるかはわからなかったのですがチャレンジするしかないと思って面接を受けたら、運よくオファーをいただけました。

――「四畳半神話大系」が好きなら、日本文学に興味を持つのも自然の流れですね! サイエンスSARUに入って最初はどのようなお仕事をされましたか?

パトリック:入社した頃は「スター・ウォーズ:ビジョンズ」の制作中で、「T0-B1」監督のアベル・ゴンゴラさんがあまり日本語を得意ではないので通訳としてサポートをしたり、進行中の他の企画の脚本や絵コンテの翻訳などをしていました。作品として本格的にかかわるようになったのは、「ユーレイデコ」からですね。外国人クリエイターが多数参加している作品なので、絵コンテの翻訳や打ち合わせの通訳を担当していました。

――「ユーレイデコ」は翻訳の難易度が高そうな作品ですよね。

パトリック:そうなんです。世界観的に、作中の設定や使われる用語が難しいんですよね。じつは同じ時期にもう一つ「平家物語」にも関わっていて、そちらも使われる日本語が難しい作品だったので、かなり苦労しました(笑)。

――近未来SFと古典の軍記物とは……振れ幅が大きすぎますね(笑)。

パトリック:あと、いまだに苦労しているのが絵コンテの翻訳をする時に、クリエイターさんによって字が読みにくかったりすることで……大学で日本の古典を学んでいた時に見た、「変体がな」のことを思い出しました。最近は絵コンテの文字がフォントで入力されていたりするので、それを見るとすごく嬉しいんですよ(笑)。

――ことアニメ業界となると、使われる言葉も市役所とはだいぶ勝手が違うと思うのですが、大変だなと感じることはありますか?

パトリック:最初のうちは、日本語が分かってもアニメ業界の専門用語が分からないことが多くて苦労しましたね。そういう時は同僚に聞いたり、会社にあったアニメ業界用語の辞書みたいな資料を読んで、基礎的なことを学んでいったのですが、面白いのは人によって同じことを意味する言葉が違ったりするんですよね。特にベテランのクリエイターになると、アナログ撮影時代の言葉で「スライド」のことを「台引き」と書いたりするので、何の事だかわからなくて。でも最近はそういう昔から残っている専門用語を研究するのが楽しかったりします。

――撮影の指示なんかは、スタジオごとに流派があって細かい部分で異なったりしますからね。専門用語以外の部分で、通訳・翻訳の難しさみたいなものもあるのでしょうか。

パトリック:翻訳というのは、誰かの発言を違う言語で再現することだと思っているのですが、日本語と英語というのは、ある意味で違う媒体みたいなものなので、完全には再現することができないんですよね。

――頭の中にある絵のイメージを言葉で他人に伝えるだけでも難しいのに、さらに言語を変えるとなると……。

パトリック:映像の内容を言葉で伝えるのも、翻訳の一種だと思いますね。通訳をする時に、そういう繊細なニュアンスを伝えるためには、発言した人の性格や、その時の話し方みたいなものまで含めて考えて、もしその人が英語話者だったらどんな風に話すかをシミュレーションすることが必要だと考えているんですよ。その部分をフラットにして、機械的に感情を無くして伝えるのはちょっと違うんじゃないかなって。

――翻訳者の技量が現れるところですね。エンドクレジットを見ていると、作品によって異なる役職でクレジットされていたりしますよね。これはどういう違いがあるんですか?

パトリック:自分の仕事としては、「通訳・翻訳」というクレジットがいちばんしっくりくるんですけれど、いくつか例外があって。「スコット・ピルグリム テイクス・オフ」は日米合作で脚本や台本を翻訳する専門の方がいたりして、通訳・翻訳に関わる役職が複数あったので、制作側の翻訳や通訳を担当したということで「Production translator」というクレジットになりました。「ダンダダン」は3DCGチームがサイエンスSARUの中でも国際色が豊かで、私が一番コミュニケーションをとりやすいだろうということで、各話の制作進行とは別にCGの制作担当として関わらせていただいて、クレジット上でも「制作(海外担当)」となっています。

――なるほど! 謎が解けました。パトリックさんがこれまでサイエンスSARUで関わってきたお仕事の中で、特に印象深いものはありますか?

パトリック:「スコット・ピルグリム テイクス・オフ」ではアベル監督の補佐役として、海外からの素材を翻訳してチーム内に共有する役割で、アメリカと日本の制作の架け橋みたいな部分も担っていたんです。制作中は各話のシナリオを翻訳してなんどもやり取りする必要があって、私が一番、各話の内容を把握できていたので、いろいろな場面で役に立てた気がします。日米双方の考え方や、期待することの間で調整する難しさもありましたが、最終的に文化の壁を乗り越えてすごくいいアニメを作ることができたと思っています。

――現場で仕事をしていて、日本人のスタッフと、外国人スタッフの違いみたいなものを感じたりしますか?

パトリック:情熱をもってアニメを作っているのは人種問わず同じなので、違う部分があるとすれば、言語や考え方の違いだけですね。日本だと直接的な言い方を避けるので「ちょっと難しい」はほぼ「NO」の意味ですが、英語で「This is difficult」というと「難しいけれどチャレンジしてみよう」みたいな捉え方になるみたいなところで。自分も日本語ネイティブではないですし、気づけない文脈や察せないことはあるから、自信がない時は遠慮なく周りの人に聞くようにしています。

――聞きやすい環境があるということですね。パトリックさんがサイエンスSARUに入って良かったなと思うところはどこですか?

パトリック:やっぱりサイエンスSARUにしか作れないような、面白い作品に携われるのが一番の魅力ですね。世界中からいいスタッフが集まって、面白いアニメを作ろうとしているボーダーレスな環境は、作品にとっても、アニメ業界全体にとってもいいことだと思うんです。社内はみんなサイエンスSARUの作品が好きで入ってきた人たちばかりなので、アートに対する考え方やビジョンをすぐ共有しやすいのも、働いていて楽しいところですね。

――お話をうかがっていても、楽しそうなことが伝わってきます。パトリックさんがこの先、サイエンスSARUで実現したいと思っていることがあれば、教えてください。

パトリック:僕の個人的な意見ですが、アニメ業界的には、作品数に作画スタッフの数が追い付かないという問題を抱えていて、今以上に海外のアニメーターに頼る必要が出てくると思っています。絵の上手さに国内外の違いはないから、それ自体は悪くないことなので、どうすれば海外のクリエイターが気持ちよく制作に参加してもらえるかを考えていきたいと思っています。サイエンスSARUで作られるアニメが、制作面でも国際的な魅力を出せるよう、力になっていきたいですね。


ニュータイプ12月号掲載「サイエンスSARU特集」より
ニュータイプ12月号掲載「サイエンスSARU特集」より

現在発売中の「ニュータイプ12月号」表紙・巻頭特集は「ダンダダン」。そしてサイエンスSARUもフィーチャー! パトリックさんのインタビューだけでなく、現在活躍中のアニメーターへのインタビュー、そしてサイエンスSARUにかかわるクリエイターから見たサイエンスSARUも掲載。「サイエンスSARU×MBS オリジナルショートアニメ大作戦!」で制作された「オオクニヌシとスクナビコナ」の監督を務められました横山彰利さんからみたSARUとは? 

最初に感動したのはSARUのロゴ入り紙コップ! 他のアニメ会社とは違うこだわりの象徴だと思います。いろんな国の個性的なアニメーターさんたちに出会え、自分の体に染みついている商業アニメの灰汁が取れるような気がしてありがたいです。制作サイドの内容理解も深く、心地よい新鮮で刺激になる現場だと思います(横山)

本誌では、山田尚子監督ほかのコメントも掲載しています!


山口敏太郎さんによるオカルト講義にも注目です!

 「ニュータイプ12月号」はサイエンスSARUが制作、絶賛放送中の「ダンダダン」が表紙巻頭特集です。
 榎本柊斗さんが原画を手がけたモモ&オカルン&招き猫が目印です。同イラストのピンナップ付き。星子役水樹奈々さんに加え、ターボババア役田中真弓さんとセルポ星人役中井和哉さん、そしてアクロバティックさらさら役の井上喜久子さんという怪異チームのインタビューも掲載。光と色にあふれた画面をどのようにつくっているのか、色彩設計・橋本賢さん、撮影監督・出水田和人さん、美術監督・東潤一さん、第7話の音楽も素晴らしかった音楽・牛尾憲輔さん、そしてシリーズ構成・脚本の瀬古浩司さん、副監督・エンディングアニメーション 絵コンテ・演出モコちゃん&オープニングアニメーション 絵コンテ・演出のアベル・ゴンゴラさん&アニメーションプロデューサー・橋本拓明さんの鼎談(オープニング&エンディングアニメーションのコメント付き)など、スタッフのお話も充実の掲載です。「ダンダダン」世界にもっと入り込みたい人はぜひ読んでみてくださいね。

【取材・文/平岩真輔】