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コインハイブ事件とは?現役東大法学部生が詳しく解説!

※この記事は2022年3月14日に公開されたものです。

2022年1月20日(木)、自身が運営するWebサイトに「Coinhive(コインハイブ)」というプログラムを設置したとして起訴されていたWebデザイナーの男性に対し、最高裁判所で無罪判決が下されました。
ニュース等でも取り上げられて話題となったコインハイブ事件ですが、この事件について理解するためには、仮想通貨と法律(特に刑法)についての知識が欠かせません。
そこでこの記事では、仮想通貨や法律に詳しくない人でもコインハイブ事件を正しく理解できるよう、前提知識を補足したうえで、現役東大法学部生である筆者が、事件の概要から最高裁判決の意義までを詳しく解説していきます。

前提知識︰マイニングとは?

コインハイブ事件を理解するにあたっては、仮想通貨の「マイニング」についての知識が必要となりますので、この点について最初に補足しておきます。
国の通貨が中央銀行(日本なら日本銀行)によって集中的に管理されるのとは異なり、仮想通貨(暗号資産)は、各ユーザーの相互監視のもとで、コンピューターネットワーク上で分散して管理されています。すべての取引情報をそのように分散して記録するためには、コンピューターで非常に多くの計算処理をしなければならず、それはとても1人や2人のコンピューターでなんとかなる量ではありません。
そこで、有志のユーザーにコンピューターの計算能力を少しずつ提供してもらい、手間のかかる記録作業を引き受けてもらっています。計算能力を提供したユーザーには、見返りとして仮想通貨が新たに発行され、支払われます。このように、コンピューターの処理能力を提供し、その報酬として新規発行された仮想通貨を受け取ることを「マイニング」といいます。
マイニングには、仮想通貨の安全性・信頼性を高める役割と同時に、報酬として仮想通貨を発行させることで、その発行総数を増やすという機能もあります。マイニングをしてくれる人がいるからこそ、仮想通貨は決まった管理者がいなくても安全に利用できるようになっており、それを利用する人もどんどん増えてきているわけです。
(仮想通貨やビットコインについてより詳しく解説した記事があります。興味がある方はこちらもあわせてご覧ください→仮想通貨を日常的に使う日が来る!?
難しい話だと思われたかもしれませんが、要は、マイニングとは「コンピューターの計算能力を提供し、見返りとして仮想通貨を自分のために少し発行してもらう」ことなのだと理解してもらえれば大丈夫です。そして、コインハイブ事件は、このようなマイニングをめぐって起きた事件なのです。        

事件の概要

コインハイブは、Webサイトに設置することで、サイト閲覧者のコンピューターにマイニングをさせることができるプログラムであり、その報酬はサイトの運営者が受け取れる仕組みになっていました。つまり、Webサイトの管理人は、コインハイブというプログラムを使い、サイト閲覧者のコンピューターにマイニングをさせることで、自分のコンピューターの計算能力を消費することなく、報酬だけ自分のものにすることができるわけです。
コインハイブ事件では、被告人であるWebデザイナーの男性が、コインハイブを自身のWebサイトに設置し、閲覧者の同意を得ることなくマイニングを行わせて、その収益を自分のものにしていました。このような行為を、刑法が定める犯罪の一つである不正指令電磁的記録保管罪として処罰できるのかどうかが問題となりました。

不正指令電磁的記録保管罪は、通称コンピューターウイルス罪と呼ばれていることからもわかるとおり、コンピューターウイルスを作ったり、保管したりする行為を意識して2011年に定められたものです。 要するに、コインハイブ事件の争点は、「他人のコンピューターを使ってマイニングをさせ、報酬だけ自分のものにするプログラムであるコインハイブは、コンピューターウイルス罪によって処罰することができるのか?」という点に尽きるわけです。

最高裁の判断

では、最高裁はどのような基準に基づいてプログラムが不正指令電磁的記録(≒コンピューターウイルス)にあたるかを判断し、最終的に本件で無罪判決を下したのでしょうか。
まず最高裁は、不正指令電磁的記録保管罪の条文を、①「意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせる」という部分反意図性) と、②「不正な」という部分不正性)に分け、「犯罪が成立するためには、問題となるプログラムがこれら2つをいずれも満たす必要がある」と解釈します。
なお、②を満たすかを判断するにあたって、従来は、「①に該当するプログラムは、原則として②にも該当する(「意図に反する動作をするプログラムは不正だろう」と推定される)。ただし、そのプログラムが社会的に許容されるものであれば、例外的に②を満たさず、処罰対象から外される」という説が唱えられていました。①と②を連動させて判断していたわけです。しかし、最高裁はこの部分について異なる立場をとり、②が①とは独立に判断されることを示唆するとともに、「②は社会的に許容しえないプログラムについて肯定される」と指摘し、「②にあたるか否かは、『プログラムが社会的に許容されないものであるか』という評価のみによって決まる」との見方を示しました。
最後に、最高裁は上に示した基準を本件にあてはめ、 ①(反意図性)について:「本件ではサイトの閲覧中にマイニングさせられていることの説明や表示がなく、またそれについて閲覧者の同意を得る仕様になっていなかったこと、Webサイトの収益方法として閲覧者にマイニングを行わせるという仕組みは一般の使用者に知られていなかったことから、反意図性は認められる」 としながらも、
②(不正性)について:「本件でマイニングに使用された閲覧者のコンピューターの計算能力は、最大でもCPUの50%(そのコンピューターのMaxの処理能力の半分)であり、閲覧者に与える影響はそれほど大きくなかったこと、サイトの運営者が閲覧を通じて収益を得るというコインハイブの仕組みはWeb広告と同様のものであり、Web広告の表示プログラムは社会的に広く認められていること、マイニングそれ自体は仮想通貨の信頼を高めるための仕組みであって、社会的に許容できないとはいえないことなどを考えると、本件でのコインハイブが社会的に許容できないものとはいえず、不正性は認められない」 とし、結局、「本件のコインハイブには①の反意図性が認められる(「意図に反する」動作をさせるプログラムである)ものの、②の不正性は認められない(「不正な」プログラムではない)から、これを不正指令電磁的記録ということはできない。よって、被告人を罰金10万円とした高裁判決を破棄し、被告人を無罪とする」と結論づけました。

判決の意義︰コインハイブ事件から何がわかる?

ここまでの話で、プログラムが不正指令電磁的記録(≒コンピューターウイルス)にあたるかどうかの判断基準、および本件のコインハイブに対するあてはめという、事件の細かな(そして専門的な)内容はなんとなくわかったのではないかと思います。
それでは、コインハイブ事件の判決にはどのような意義があるといえるのでしょうか。言い換えれば、広い視野をもって、コインハイブ事件を全体としてみてみるとすれば、そこからいったいどのようなことがわかるのでしょうか。
たとえば、「コインハイブのように、閲覧者のコンピューターにマイニングをさせるプログラムはすべて合法である」というふうにこの判決を読むことができるのだとすれば、Webサイトの運営者は安心してこのようなプログラムを使うことができるはずです。一方で、「今回の無罪判決は例外中の例外であり、コインハイブのようなプログラムは原則として違法なのだ」と最高裁が言っているのだとすれば、人々は「リスクが高すぎるから、こんなもの使わない方がいいだろう」と判断することになります。そのようなメッセージを、今回の事件から読み取ることはできるでしょうか。
残念ながら、コインハイブ事件の判決から読み取れるメッセージは、そのように分かりやすいものではありません。 ここまで見てきたように、プログラムが不正指令電磁的記録(≒コンピューターウイルス)にあたるかどうかは、それが①反意図性と②不正性を満たすかどうかで決まるのであって、それを判断するためには、結局、事件ごとの具体的な事情を考え合わせることになります。ですから、「コインハイブみたいなプログラムは結局違法なんですか、それとも合法なんですか?」というような質問は、抽象的過ぎてあまり意味がなく、そのような質問に対しては「具体的な状況によって、違法になったりならなかったりします」みたいな当たり障りのない返答をすることしかできないのです。
しかしながら、コインハイブ事件は先例として全く参考にならないのかというと、決してそうではありません。今回の判決において、最高裁は「具体的事情としてどのような要素を考慮すべきなのか?」という問いに答え(詳しくは下図参照)、そのうえで、あてはめの一例として本件の具体的事情を考え合わせ、今回の場合は無罪であると判断しています。 つまり、今回のコインハイブ事件の判決は、
(1)プログラムが合法か違法かを判断する上で考慮すべき要素を示し、
(2)「本件では(1)に従って具体的事情を考慮した結果、合法である」というサンプルを提供した. という点で意義がある
といえるのです。
【(1)①反意図性と②不正性の判断要素】

【(2)具体的あてはめの一例としての本件】

このことは、コインハイブに似た仕組みのプログラムを自分の収入源として活用しようとする人たちにとって、どのような意味をもつといえるでしょうか。
たしかに、最高裁が出したメッセージが「こんなプログラム絶対使うな」でも「こういうプログラムは100%合法ですよ」でもない以上、「ひょっとしたら、自分が使おうとするプログラムが違法と判断されてしまうかもしれない」という疑念を完全に拭い去ることはできないでしょう。リスクが存在するうちは、そのようなプログラムを使用しないでおくのも一つの手かもしれません。
しかしながら、自分がWebサイト上に設置しようとしているプログラムと、本件のコインハイブとを比較してみれば、それが不正指令電磁的記録(≒コンピューターウイルス)にあたり、違法となるかどうかをある程度予測することができるはずです。
たとえば、使おうとしているプログラムが、マイニングについて閲覧者の許可を得る仕様になっており、マイニングに使う計算能力についても上限をCPUの10%に抑えていたとすれば、①反意図性について、「一般の使用者が認識すべき動作」と「プログラムの実際の動作」との差は本件の場合と比べて小さく、また、②不正性について、「コンピューターの機能や情報処理に与える影響の程度」は、本件のコインハイブと比べて小さいといえるので、他の要素が本件と同じであれば、特段の事情がない限り(たとえば暴力団の資金源になっているなら違法になることがあるかもしれませんが)、このようなプログラムは違法と判断されないものと思われます。
本件でのコインハイブが合法とされた以上、①反意図性や②不正性がコインハイブと比べて小さいようなプログラムであれば、それが違法と認定される可能性は高くないといえるでしょう。このように、コインハイブ事件における最高裁判決は、使おうとするプログラムが違法となるかを予測するための参照を可能にしてくれたものだといえます。
ここまで述べてきたとおりですが、この事件を通して最高裁が出したメッセージはかなりあいまいなものであり、捜査機関に目をつけられる可能性を0.000……1%でも残したくないのであれば、今はまだコインハイブのようなプログラムは使用すべきでないのかもしれません。それでも、コインハイブ事件の最高裁判決が、プログラムが違法となるかを判断するにあたって考慮すべき要素を示し、具体的なあてはめの例を一つ提供したことは、使おうとするプログラムが違法であるかをWebサイト運営者が自分である程度予測できるようにしたという点で、それなりに大きな意義があったといえるのではないでしょうか。

おわりに

さて、この記事では、コインハイブ事件を理解するための前提知識から説明を始め、コインハイブ事件では何が争点となり、それについて最高裁はどのような判断を示したのか、そしてその判決から何が読み取れるのか、というところまで概観してみました。
Webサービスの収益モデルというトピックは、新たなビジネスチャンスにつながる可能性があり、社会的な関心が高いながらも、まだ法整備が追いついていないところであり、これから社会的な議論や具体的な法整備が進展していくことが予想されます。その第一歩としてなされた今回のコインハイブ事件判決は、閲覧者によるマイニングを資金源としてWebサイトを運営するという、新たな収益モデルの可能性を残してくれたものといえるのかもしれません。

参考資料
令和2年(あ)第457号 不正指令電磁的記録保管被告事件 令和4年1月20日 第一小法廷判決」2022年2月2日閲覧
日経クロステック「エンジニアが知るべきCoinhive無罪判決の意味、どこからが『不正』なプログラムか」 2022年2月13日閲覧
YAHOOニュース「【速報】コインハイブ事件 最高裁判決について」 2022年2月10日閲覧

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