『プラヴダ戦記』吉田創 著(KADOKAWA)
毎月更新 / BLACK HOLE:新作コンテンツレビュー 2022年01月
絶対王者・黒森峰の10連覇を阻止したプラウダ高校の優勝の正統性には賛否両論があった。黒森峰副隊長・西住みほが水没した戦車のチームメイトを救助している最中の隙を突き、プラウダ車輌が黒森峰フラッグ車を狙い撃ちしたためだ。
汚れた王者、勝利の簒奪者と罵る者すらいた。
だがそんな非難にもプラウダ高校現隊長「地吹雪のカチューシャ」は小揺るぎもしない。
小さな体に秘めた不動の精神。その強さを支えるものとは一体なんなのか。
これは名門プラウダへやって来た一人の少女が同志と出会い、偉大なるカチューシャとなるまでの一年半に及ぶ戦いの記録である。
『プラウダ戦記』はTVアニメ『ガールズ&パンツァー』の外伝だ。本編では全国大会準決勝戦で大洗女子学園の前に前年度の優勝校として立ち塞がったプラウダの隊長カチューシャが主人公である。小学生と見紛うような矮躯とブカブカのヘルメット、それと不釣り合いな尊大すぎる態度と口調。副隊長のノンナに肩車されながらふんぞり返り、ロシア民謡「カチューシャ」を口ずさんで雪原にT-34を爆進させる。同シリーズの中でも一際強烈なインパクトを放つキャラであり、共産趣味的な「小さな暴君」としての言動が記憶にある人も多いだろう。
だが、それは彼女の本当の姿なのか? 本編で示された西住みほの黒森峰時代最後の試合の顛末、そして10連覇を阻止したのがプラウダという事実。ここから浮かび上がって来るのは、事故さえも容赦なく利用して勝利を掴みに行く、計算高くて冷徹なリーダーの姿だ。そこに舌足らずで幼い暴君は似合わない。このギャップは何なのか。『プラウダ戦記』のテーマはこの問に尽きる。本作はカチューシャという矛盾に満ちたキャラクターを通してファンシーな『ガルパン』世界を解釈し直す、異常なほどにシリアスな「外伝」なのだ。
例えばカチューシャとノンナの邂逅を描く一話、新入生トップの成績と小柄な体格で悪目立ちするカチューシャは入学早々不良グループに目を付けられる。三対一の劣勢であわやリンチというところ、彼女は逆に「負け犬」「ゴキブリ」といった罵倒で不良達を挑発。さらに誘引からの分断、各個撃破により三人ともフルボッコにしてしまう。そして様子を見に来たノンナに対し狂犬のような笑みを浮かべて「楽勝だったわ」とうそぶいてみせるのだ。
本作は終始こんな調子で「体育会系の強豪校」たるとはどういうことか、一才手加減せずに描いてみせる。年齢による上下関係、顧問からの壮絶なシゴキ、熾烈なレギュラー争い、年功序列と実力主義の矛盾、誰にも見せられないキャプテンとしての重圧……。汗と涙どころか血と吐瀉物まで飛び散る。『ガルパン』本編のポップさとは正反対の泥臭さ極まるスポ根だ。それを彩るのは描線の太い独特の絵柄と平野耕太ばりの顔芸。さらに脈絡のないパロディネタまで随所でぶち込まれるのだから、一話一話の濃度が半端ないことになっている。
そしてかように本編と隔絶した雰囲気なのに、本作は間違いなく『ガルパン』の外伝なのだ。カチューシャが、ノンナが、西住姉妹が、黒森峰と聖グロリアーナの生徒たちが、そして戦車道という競技自体が、本作で描かれたような側面を持っているだろうことを読者は否定できない。それほど巧く本作は『ガルパン』本編を補完している。最終巻の後書きでも言われているようにある意味「二次創作」のような作品だが、信じられないほどよく出来た「二次創作」である。全『ガルパン』ファンは手に取って欲しい。(グーテン=モルガン)
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