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『未踏の蒼穹』ジェイムズ・P・ホーガン 著(東京創元社)

毎月更新 / BLACK HOLE:新作小説レビュー 2022年02月

 高度に発達した科学技術を擁する金星文明は、文明が大いに繁栄しながらも何故か死滅した惑星、地球テラの探査を進めていた。金星人とテラ人は生物学的に酷似した性質をもっているものの、まったく異なる体系のもとで科学や政治社会を営んでいたとみられ、両者の関係や、テラの滅亡原因に学者たちの関心が集まっていた。そんなさなか、テラの衛星、ルナのファーサイドで、謎の施設が発見される。そこには、天体力学を重力だけで捉えていたテラ人がもちえなかったはずの、高度な電気宇宙推進技術が存在していた痕跡が残されていた。金星の電気宇宙推進技術の専門家である科学者カイアル・リーンは、物理学者や分子遺伝学者、言語学者、考古学者などからなる調査隊の一員として、テラ文明の謎に挑む。

 あらすじを一読すれば明らかなように、本作は著者ホーガンのデビュー作である名作『星を継ぐもの』の作風の、直系の延長線上に位置している。1977年のデビュー作は、「SF本格ミステリ」と呼んでしまいたくなるほど、SF的な謎を科学によって合理的に解明することに主眼が置かれていたが、2007年というホーガンの円熟期にして晩年期の作品でもある本作では、テラ文明にまつわる推理小説的な謎解きがストーリーを通底する主軸としてありながらも、追う者と追われる者のサスペンスフルな展開も巧みに織り交ぜられる。と同時に、金星人たちの政治社会や科学をめぐる思想対立にも焦点が当てられていることは、『星を継ぐもの』との大きな相違点だろう。

 晩年期のホーガンはリバタリアン的な傾向を強めていたほか、ヴェリコフスキーの唱えた天変地異説や反ダーウィニズム的進化論のように、反主流派的な(疑似)科学に与していたといわれているが、『未踏の蒼穹』にもそうした側面を見出すことはできる。例えば、保守主義的な選良層が支配する金星の政治社会と、テラの政治指導者たちを見習って(!)分断を煽り、ポピュリスト的な主張を唱えながら権威主義体制を樹立しようと企む〈進歩派〉たちの対立。メディアを利用した宣伝工作や軍国主義的な発想が幾度も批判されるのは、2007年はまだアメリカが湾岸戦争やイラク戦争を経たブッシュ(子)政権の時代であったこととも、無縁ではないだろう。金星人たちの思想や科学の体系は、現代の我々の主流な考えからはかけ離れたものであり、彼らはそれを前提に、失われたテラ人の文明を奇異なものとして眺める。

 デビュー作と本作で一貫してホーガンは、公認された体系や理論が、新たに発見された証拠から組み上げられた想像と推論によって覆ることもありうるというストーリーを描いた。それは、一方で主流な科学からの逸脱や(今風に言うところの)陰謀論的発想にも通じる危うさを感じさせるかもしれないが、フィクションとしては、想像力と謎解きの興奮に満ちたSF(あるいはミステリ)として、大いに楽しませてくれることも間違いない。SFという場は、現実には危険なほどの想像力をあそばせる実験室なのだろう。
(赤い鰊)

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