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電子スピンと46枚のコイン

前回はシュテルン・ゲルラッハの実験 (Stern-Gerlach Experiment) を紹介しました(*1, *2, *3)。この実験の概要は不均一な磁場を通過する銀原子のビームが2本に分離したことで、磁気モーメントが量子化されることを示し、それによって電子のスピンの概念を実証することにつながりました。不思議な量子力学の世界を切り開く基盤となった研究です。

しかし、銀 (silver) 原子は前回説明した通り原子番号47なので原子核の周りに47個の電子 (electron) が存在することになります。これらのスピンはどうなっているのか?について考察していきます。

まずは前回のおさらいですが、素粒子の一つである電子には“スピン (spin)”という概念が存在し、反対向きの2つのスピンが存在しています (Figure 1)。これらは“右回り/左回り”またはエネルギーの向きから“上向き (spin up)/下向き (spin down)”というように表記されます (*4)。


電子のスピン量子数 (spin quantum number) は1/2であり、実際に存在する電子はスピン+1/2とスピン-1/2の2種類が存在します。そしてスピン0の電子は存在しません。これらはフェルミ粒子 (Fermion) というグループに属する後で出てくる重要な性質になります (*5)。

電子のスピンに関しては「2つの値のみが存在し、常にどちらかを一つを示し、その中間の値は存在しない」という特性から上向き (spin up)と下向き (spin down)は「コインの表 (Head)」と「コインの裏 (Tail)」に例えることができます (Figure 2)。

銀原子の原子核周囲には47個の電子が存在していますが (Figure 3)、その最外殻のO殻にある1個の電子を除くと、46個の電子が存在しています。これら46個の電子のスピンは上向きが何個で下向きが何個存在するのでしょうか


46個の電子のスピンにおいて上向きと下向きが何個ずつか?」という問題は言い換えると「46枚のコインで表が何枚で裏が何枚か?」と置き換えられそうです。

ある賢者A (Wise man A)が言いました。
「46枚のコインの表と裏のパターンは47通りある。表が46枚で裏が0枚、表45枚と裏1枚、表44枚と裏2枚、、、、、、、、、、、そして表0枚と裏46枚 (Figure 4)。裏の枚数が0, 1, 2, 3, 4.....45, 46と増えていくにつれて表の枚数は減っていく。」

さらに賢者Aは続けました。
「コインの総数をn枚、裏の枚数をm枚とすると表の枚数は (n - m)枚である。このとき裏がm枚になる組み合わせは[ n!/((n-m)!*m!) ]通り存在する (Figure 5)。表と裏になる確率が等しく1/2であるとすると、46枚のコインの1つの組み合わせが起こる確率は 1/(2^46) である。裏がm枚となる確率はこれらを乗じた数値となるはずである。最も確率が高いのは表も裏も23枚ずつになるときで、そうなる確率は11.7%である。そして確率は中央部が高いベルのような形状になる。」


そこへ預言者B (Prophet B)が現れて言いました。
「いや、銀原子の46個の電子(K〜N殻)では表のコイン(上向きスピン)は23、裏のコイン(下向きスピン)は23になる。そして確率は100%である。それ以外の組み合わせは存在しない。 (Figure 6)

それを聞いて賢者Aは言いました。
「我々は上向きスピンと下向きスピンの数を実際に計測してみないことには分からないのではないか
 さらに、銀原子によって上向きスピンと下向きスピンの数に違いがある可能性もあるのではないだろうか。」 (Figure 7)

賢者Aは高明な学者であり言っていることは理路整然としており、確かに一理ありそうです。これに対して預言者Bは答えました。

「いや、一つ一つ計測する必要などない。なぜならこの現象は全ての原子に当てはめられる原則 (Principle) であるからだ。これは量子力学の法則 (Quantum physics) である。」

そして実際はどうなっているかというと預言者Bの言った通り、銀原子の最外殻の1個を除いた46個の電子のスピンは上向きが23個、下向きが23個で均衡が取れています (Figure 8)

銀原子が持つ47個の中で唯一、上向き (spin up) にも下向き (spin down) にもなり得る電子が最外殻すなわちO殻の電子です。この構造であるがゆえにこの唯一の電子が上向きか下向きかによってシュテルン・ゲルラッハ実験のビームが2本に分かれたのです。


賢者Aは預言者Bに尋ねました。
「なぜ上向きスピンと下向きスピンの数が同じであると分かるのだ?」

預言者Bは答えました。
「それは46枚のコインと考えると答えを導くのは難しいかもしれない。しかし、23足の靴と考えると簡単である。23足の靴があるとき、右側は何個あって左側は何個あるか?このように聞かれたら誰でも即座に答えることができるだろう。ある法則を知っているなら簡単なことだ。」

この2者の思考の違いが古典物理学の考え方と量子力学的な考え方の違いと言えるでしょう。シュテルン・ゲルラッハ実験においてたった一つの電子のスピンが銀原子の軌道を分けたことは輝かしい発見であり、非常に大きな意味を持っていました。しかし一方で他の46個の電子の磁気モーメントが全く影響を及ぼさなかったことも、それが表に出てこなかったこと自体が非常に大きな意義を持っていたと言えます。


話は少し変わりますが、前回今回とシュテルン・ゲルラッハ実験でも大きな役割を果たした“銀 (silver) ”は形而上学的には “イエソド יְסוֹד”に割り当てられている金属です。イエソドとは“生命の樹 (Tree of Life)”の10のセフィロト (Sephiroth/Sefirot)の一つで“基盤 (foundation)”を象徴し、他に“月 (Moon)”などが割り当てられています (Figure 10, *6, *7)。人類が古典物理を超えて量子力学という新たな領域に入る上で銀原子が大きな役割を果たしたのは興味深い事実です。そして表と裏のように正反対の二つの面をもって地球の周りを公転していることも電子スピンに通じる興味深い共通点とも言えます。これらは数千年前から伝わる形而上学的な叡智の断片ですが興味のある人は探求してみると良いと思います。

最後に古典物理の視点では、ここで出てくる賢者Aのように「なぜ調べずに言えるのか」「全てを確認しなければ分からないはずだ」「見えるもの以外は信用できない」という旧来の思考の枠から出られないかもしれません。しかし、量子力学の世界と形而上学の普遍の法則を「知る」と全てを計測しなくとも「分かる/解る」のです。旧来の思考を切り替えることで今までの常識を超えた領域に到達することができるでしょう。

アインシュタインのブラックホール予言(*8)のように、一部の先進的な科学者たちは「今目に見えないものでも法則を通して見えていた」のかもしれません。法則が見えている人からすると当たり前のようなことでも、見えない人たちからは「突拍子もない主張や理解し難い預言」のように聞こえてしまうのかもしれませんね。次回はこのような「見えない法則」を日々想い続けてそれを見出した研究者について掘り下げていきたいと思います。

(著者:野宮琢磨)

野宮琢磨 Takuma Nomiya  医師・医学博士
臨床医として20年以上様々な疾患と患者に接し、身体的問題と同時に精神的問題にも取り組む。基礎研究と臨床研究で数々の英文研究論文を執筆。業績は海外でも評価され、自身が学術論文を執筆するだけではなく、海外の医学学術雑誌から研究論文の査読の依頼も引き受けている。エビデンス偏重主義にならないよう、未開拓の研究分野にも注目。医療の未来を探り続けている。

引用:
*1. W. Gerlach, O. Stern, “Der experimentelle Nachweis der Richtungsquantelung im Magnetfeld”, Z. Phys. 1922, 9, 349– 352.
*2. Bauer M. The Stern-Gerlach Experiment Translation of: “Der experimentelle Nachweis der Richtungsquantelung im Magnetfeld”. (2023). arXiv:2301.11343. https://doi.org/10.48550/arXiv.2301.11343 
*3. 量子スピン:「思考の現実化」への鍵 https://note.com/newlifemagazine/n/nfa024ca98777 
*4. Pieter Kok, Advanced Quantum Mechanics PHY472. The University of Sheffield. 2015 August. https://www.pieter-kok.staff.shef.ac.uk 
*5. フェルミ粒子–Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/フェルミ粒子 
*6. Yesod. Hermetic Library. https://hermetic.com/caduceus/qabalah/042_kab 
*7. Sefirot-Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Sefirot 
*8. Black hole-Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Black_hole 

画像引用
*a. Image by starline on Freepik. https://www.freepik.com/free-vector/isolated-us-currency-dollar-golden-coin-design_176638383.htm
*b. https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ファイル:Electron_shell_047_Silver.svg
*c. https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/95/Tree_of_life_bahir_hebrew.png
*d. Image by macrovector on Freepik . https://www.freepik.com/free-vector/night-sky-with-moon-clouds-abstract-background-romantic-bright-nature-moonlight-galaxy-vector-illustration_10603535.htm
*e. https://www.coinworld.com/news/world-coins/portraits-of-tyche-fortuna-protectress-of-cities-found-on-ancient-coins.html



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