田中角栄・ブレジネフ会談の真相 2島返還準備VS米ソ密約?

🔻「2+α」という解決案は当時からあった

 ソ連のブレジネフ政権は、1973年の田中角栄首相の訪ソを前に、歯舞・色丹の2島返還を検討していたという。NHKが、モスクワの国立公文書館に保存されていた外交機密文書を見つけ、4月に報道した。

 ソ連政府は、ブレジネフ・田中角栄会談が予定されている中で、懸案になっていた領土問題(国境画定)について、どのような対応をするのか、3つの案が出ていたという。その内容は、以下の通りだ。

① 1956年の日ソ共同宣言に盛り込まれていた「平和条約締結後、歯舞・色丹の2島を日本に引き渡す」との合意を基礎に、2島返還で問題解決する。
② 日本側が、この「2島解決案」に応じない場合、残された国後・択捉2島への日本漁船の寄港や周辺海域の漁業権を与える。ただし、四島全島の引き渡しは拒否する。
③ 首脳会談では、領土問題には一切触れず、善隣協力条約締結を提案する―だった。

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