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マジでTOEICが本当に嫌い

TOEICが嫌いです。マジで本当に嫌いです。
別にもともと英語は得意科目ではなかったのですが、そういう英語云々とかを通り越してTOEICが嫌いです。むしろ英語は加点要素で、英語だからまだカッコよさとか勉強してる感とががあるものの、TOEICの内容を母語でやられたら本当に地獄だと思います。まあ英語だとて地獄なのですが。

嫌いな理由はシンプルです。クッソつまらないからです。
マジでつまらないんです。ほんとに。

例えば、こういう問題があります。リスニングの問題です。
※アメリカ英語とイギリス英語が入り混じる状況を再現するため、標準語と関西弁でお送りします

「はい、こちらフロントです」
「なんか部屋の水道が壊れてんねんけど」
「かしこまりました、別の部屋にご案内します」
「ほな頼むわ」
「3階のお部屋をご用意いたしました」
「いや、わて荷物めっちゃ多いねん。2階も階段降りるんしんどいわ」
「承知いたしました、それではスタッフに荷物を持たせましょう」
「よろしゅうな」
『問題!電話の男は今何階にいるでしょ~か!』

知るかボケ。
何の問題?なんでこのくそだるい会話聞いて「え~と、3階の部屋に行くために2階階段を下りるってことは…3+2=5階だ!」とかやらなきゃいけないの?そもそも、この状況で僕は誰視点なの?
例えば、偉いさんのスピーチを聞いてから答える問題ならわかる。自分はその講演の出席者なのだろう。
だがこの問題において、客とスタッフの電話を聞いている自分はどの立場?そして、なぜこの会話から客の階数を充てる必要があるの?

こういう「私はだあれ」状態は、シンゴジラの4DX上映でも感じた。座席がゆれて臨場感溢れる上映方式である。ゴジラがヘリコプターに攻撃してヘリコプターが揺れると、座席も揺れる。おお、まるでヘリコプターに搭乗しているかのような没入感だ。しかし、ゴジラが爆撃を受けても、席が揺れる。僕はゴジラなの?自衛隊なの?困惑で映画どころではなくなった。

話は脱線したが、とにかくTOEICの問題は問題のために作られた問題であり、解くモチベーションが全くわかない。というか、解くという感覚ではない。解けた!が僕に届かない。

私が知っている他のメジャーな英語のテストは、大学入学共通テスト(旧センター試験)である。
こちらは、別に全く好きではなかったが、そんなに嫌いでもなかった。点数は基本的に8割台、上振れれば9割に届くこともあり、並以上にはできていたと思う。
今振り返ればこの共通テストのリーディング、とてもストレスフリーだったと思う。まず、姑息な文法問題がほとんどない。TOEICのPART4は穴埋め問題であり、"administration, administor, administrate, administer"のように同じ単語の異なる語形が羅列され、正しいものを選択するパターンがよくある。これは非常に退屈である。私が文法をおろそかにしていたツケでもあるが、とにかく嫌いである。文の中の空欄を当てはめるなんて、こんなの空欄の前後以外の文を読む意味がまるでないではないか。
また、共通テストのリーディングは、基本的には穴埋め問題も少なかった。内容の理解を求められていることを感じ、問題を先読みして対応する箇所を抜き出すような答え方をひっかけてくる傾向にあった。おかげで、基本的には素直に読んで答えることがよしとされる印象である。
しかし、TOEICは共通テスト以上に速読ゲームであり、いかに重要な部分のみを読むかがテクニックとなる。解いてて全く楽しくない。

そして肝心の内容。共通テストも退屈ではあったが、特に後半には絶妙な雑学、ストーリー仕立ての長文があり、すこしだけ知識欲が満たされた。「布団は重いほうがいい」「女性差別と闘ったイアハートさん」「不気味の谷現象」など、英語の長文由来の今でも覚えてる知識は多々ある。しかし、TOEICはビジネス英語(笑)を掲げているため、そのようなちょっと面白い内容は全くない。架空の会社の、架空のスケジュールや部署移動の事務連絡を延々聞かされ読まされる。
頭がおかしくなってしまいそうだ。

こんな内容のテストで高得点を取ることが、ハイスペックとされるのか?正直全く尊敬できない。英語で仕事をしている人はカッコ良いと思うが、TOEICでハイスコアであることにカッコよさを全く感じない。

帰国子女で~、留学して~、などの経緯でハイスコアならまだいい。だが、TOEICの猛勉強でハイスコアなどと言われると、もっと楽しいことあるよ?と思ってしまう。イメージとしては、いい年した大学生からポケモンの色違い厳選やソシャゲの周回を自慢されるような気分だ。すげーってよりも、そんなことに時間使ったの?みたいな気持ちが勝ってしまう。

そして何より、TOEICできるようになったら英語で仕事できるの?という思いが強い。アメリカ人やインド人と英語で仕事しなきゃいけなくなったとき、TOEICの過去問をやる?たぶん英語のラジオとか英語の本とか読むよね、絶対TOEICの過去問やらないよね。

私のTOEICのスコアは大学入学以来の2年間ちょっとで、475→535→705です。狭義単調増加ですが、英語力が伸びたとかでは全くないです。この間の英語の勉強時間は累計5時間未満です。ただ単にTOEICの形式になれつつあるだけです。むしろ、修学旅行でオーストラリアに行ったり、受験英語を勉強していた名残のある最初のほうが英語力があった気すらします。
何が言いたいかというと、私含め多くの人がTOEICのスコアを伸ばすのってただ単にTOEICにオーバーフィッティングしているだけでは?ということです。

私はこれをTOEIC当日の早朝4時にタイピングしています。長々と書きましたが、所詮TOEICでハイスコアの取れない雑魚の戯言です。TOEICの受験に向けて、去年テスト3回分の参考書を3冊買いこみ計9回分用意しましたが、まだ1回分も終わっていません。
TOEICが嫌いな人は同じような気持ちの人間がいることに安心してください。TOEICでハイスコアの人はできない奴の苦悶を見て悦に浸っててください。

今度機会があれば、私が機械学習の講義でリーケージをやらかした話をしようと思います。

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