技術を活かすためどちらを選ぶか? バイオベンチャー2つのビジネスモデル

バイオベンチャーの最終目的は創薬を行い、医薬品を一刻も早く患者さんのもとに届けることです。一方、そこに至るまでの各社のビジネスモデルは様々です。

たとえ同じ技術がベースであったとしても、ビジネスモデルの選択により、創薬を行うために必要となる知識や経験、収益化するタイミング、必要となる資金調達の額、上場のための条件などが変わってきます。

プラットフォーム型とパイプライン型に大別

伊藤レポート(経済産業省により設立された「バイオベンチャーと投資家の対話促進研究会」における報告書)では、そのビジネスモデルを大きく「創薬基盤技術型(プラットフォーム型)」と「パイプライン型」の2つに分類しています。

  • 創薬基盤技術型(プラットフォーム型)
    自社が有する創薬技術自体やそこから生まれた創薬シーズ(医薬品のタネ)を、比較的早いタイミングで他社にライセンスする

  • パイプライン型
    自社が生み出した創薬シーズの開発を行う

今回は、これら2つのビジネスモデルそれぞれの違いについて見ていきましょう。

創薬の基礎研究パートだけを担う、「プラットフォーム型」

プラットフォーム型とは、創薬シーズを生み出す特定の創薬基盤技術(プラットフォーム技術)を保有しているバイオベンチャーです。

そのプラットフォーム技術を用いて、製薬会社が求める創薬シーズとなる医薬品候補物質をいくつも創り出し、非臨床試験前など比較的早期のタイミングで導出します。そして、その後の非臨床試験、臨床試験、承認申請、販売を製薬会社が行います。

バイオベンチャーは、導出時にアップフロント(契約一時金)、開発が進むに応じてマイルストーン収入、承認後には売上の一定割合をロイヤリティ収入と呼ばれる3種類の対価を製薬会社から受け取ることができます。

プラットフォーム型のバイオベンチャーはこのような契約を複数の製薬会社と結ぶことで、早期から収益を安定化させることができます。一方で、多額の費用がかかる非臨床試験、臨床試験の多くは製薬会社がリスクを取って行うことになるため、一つ一つの契約からバイオベンチャーが得ることができるアップフロント、マイルストーン、ロイヤリティの額は比較的小さくなります。

プラットフォーム型バイオベンチャーの創薬

プラットフォーム型の好例はペプチドリーム

プラットフォーム型のバイオベンチャーの場合、他のバイオベンチャーの技術では作れないような創薬シーズを作ることのできる独自のプラットフォーム技術を持っていることが必要です。加えて、その技術で創ることのできる創薬シーズが製薬会社のニーズに合っていることも重要です。さもなければ、複数の製薬会社と付加価値の高い契約を行うことができずに、安定した収益を得ることができません。

プラットフォーム型のバイオベンチャーの一例として、2013年に上場したペプチドリームを見てみましょう。ペプチドリームは、2006年7月に東京大学の菅裕明教授が開発したプラットフォーム技術をもとに立ち上げられた東大発ベンチャーです。

ペプチドリームの名前の由来にもなっているペプチドとは、アミノ酸が2つ以上結合してできた化合物を指します。ヒトの生体内では、「天然型」と言われるわずか20種類のアミノ酸の組み合わせで作られたペプチドが、ホルモンや信号伝達物質として生命活動における重要な役割を担っています。

そのため、例えばホルモンのバランスが崩れた場合などには外から補充してあげることが考えられます。しかしながら、ペプチドであるホルモンを薬として体外から投与をしようとしても、ペプチドはすぐさま端から順に酵素により分解されてしまうため、長らくペプチドを薬にすることが困難でした。

分解されにくいペプチドの発明で、世界の名だたる製薬会社と提携

そこで、菅教授はペプチドを環状にすることで分解されにくい技術を開発しました。さらに、体内に存在するわずか20種類のアミノ酸にとどまらず、自然界に存在するとされる約500種類のアミノ酸を自由自在に組み合わせることができるようにすることで、数兆種類という環状ペプチドのバリュエーションを生み出せる技術を開発しました。

これこそが、ペプチドリームのプラットフォーム技術です。低分子医薬品や抗体医薬品が主流だったこの時代に、抗体のように高い結合能や特異性を持ち、一方で低分子のように簡便に生産することのできるという両方の利点を併せ持つ環状ペプチドは、多くの製薬会社の注目の的となり、2006年の設立から2013年の上場までに、ノバルティス、ブリストル・マイヤーズスクイブ、アムジェン、ファイザー、アストラゼネカ、グラクソ・スミスクライン、アステラス、田辺三菱、第一三共など、日米欧の名だたる製薬会社と提携を行うことができました。

製薬会社のニーズにピタリと応えられたことに加え、国内外に彼らのプラットフォーム技術に類似するような技術もなく独自性と差別化要素を強調できたことも、成功要因の一つでした。そうして、ペプチドリームは2019年の最盛期には7,000億円を超える時価総額を誇り、大手製薬会社に比肩するほどの規模になりました。

創薬シーズを保有し臨床試験までする「パイプライン型」

一方、パイプライン型のバイオベンチャーは、自分たちで創薬シーズを保有し、非臨床試験、臨床試験を進めるバイオベンチャーです。製薬業界では開発中の医薬品候補化合物のことを「パイプライン」と呼ぶため、そのことにちなんだ名前です。

そして、例えば第2相臨床試験まで自社で開発を進めた上で開発品を製薬会社に導出をします。この場合、創薬シーズの研究開発スタート時からはかなりの年数を要します。その間は売上が立たず、多額の研究開発資金を先行投資するため赤字が続きます。

一方で、自社でリスクを取って多額の費用が必要となる非臨床試験、臨床試験を行うことになるため、プラットフォーム型のバイオベンチャーと比較して、開発した創薬シーズの導出により得ることができるアップフロント、マイルスートン収入、ロイヤリティ収入の額も大きくなります。

パイプライン型バイオベンチャーの創薬

自社でリスクを取って中長期にわたる資金調達なども重要に

パイプライン型のバイオベンチャーの場合、中長期にわたる投資が必要となり、開発のいずれかのタイミングで失敗するリスクもベンチャーが負わなければなりません。そのため、疾患領域の選択、非臨床試験・臨床試験のデザインなどの開発戦略、製薬会社との導出交渉のタイミング、開発費用の見積もりと中長期にわたる資金調達なども重要となってきます。

同じバイオベンチャーでも、そのビジネスモデルによってリスクや収益モデルが全く異なるのがお分かりいただけたでしょうか。

なお、プラットフォーム型とパイプライン型の二つに分類しましたが、この二つのビジネスモデルを組み合わせることも可能です。例えば、特定のプラットフォーム技術を保有し、その技術を用いて製薬会社が求める創薬シーズも創ることもできますし、自社で開発するための創薬シーズも作るようなバイオベンチャーもあります。このようなバイオベンチャーを「ハイブリッド型」と呼ぶこともあります。

どちらのビジネスモデルが良いのかは、それぞれの技術の特徴によっても変わります。最初から1つの創薬シーズをもとにバイオベンチャーを設立するのであればパイプライン型一択になりますし、技術を様々な疾患領域に横断的に活用して創薬シーズを創りたいのならプラットフォーム型の方が良いかもしれません。

ビジネスモデルの違いで、得意なVCも違う

成功確率をあげたいのか、ハイリスクハイリターンを目指すのかでも変わります。また、ベンチャーキャピタルによってもパイプライン型が得意なところもあれば、プラットフォーム型が好きなベンチャーキャピタルもあります。そのため、ベンチャーキャピタルに投資検討をお願いする時には、そのベンチャーキャピタルが過去にどのようなバイオベンチャーに投資をしてきたかを見ておくことも大切です。当然、得意なところ同士が組む方が成功確率は上がります。

米国は資金調達環境が整っているため、より多くの開発資金を必要とするパイプライン型のバイオベンチャーが主流です。大きな治験を最後までやり遂げるための開発資金の調達ができるためです。一方、日本では必ずしも資金調達環境が整備されているとは言えないため、米国と比較すると、早期から黒字化をすることができるプラットフォーム型のビジネスモデルを選択するバイオベンチャーが多い印象を受けています。 

ハイブリッド型は、プラットフォーム技術を活かして製薬会社と提携することで早期に黒字化を図りながら、開発に成功した場合には大きな収益を上げることができる自社パイプライン開発も行い、一見すると両方の良いところ取りのように見えます。

しかしながら、それぞれのビジネスモデルで必要となる人材や専門性が少しずつ異なる中で、うまく立ち回らないと研究開発に割く人員や資金が分散化されてしまう恐れがあります。ベンチャーの強みが、大企業にないスピードで一点突破を行うことであるとすると、プラットフォームとパイプラインのどちらも開発スピードが遅れることにより、二兎を追う者は一兎をも得ずになりかねません。
 
また、どちらのビジネスモデルを選択するかによって、上場するために整えなければいけない条件も変わってきます。


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