夜明けとともに-1
自分の機嫌ぐらい自分でとれよ。おれは内心で毒づいた。
教室の黒板の前に立つ中年の女性教師は、チョークを手に持ったまま、
こちらを睨みつけて言う。
「なに!?聞こえない。もっと大きな声で」
「わかりません」
俺は声が小さい。
「そうかなぁ、前回の授業でやったばかりなんだけど、ノート見返してくれる?」
「はい」
こうしてしばらくして、再度指名され、無音が流れ、じれた時間がすぎると、女は言う。
「もぉ、テドロトキシンよ!フグに含まれる毒は。あれほど言ったじゃない、ちゃんと授業をよく聞いて!」
「はい」
どうしようもなく、いらいらする気持ちを処理できないのか、教師はよく、生徒をいじめる。
沸々と煮えたぎる感情をこうして、少しずつじめじめと発散させるのだ。
自分はさばけた大人の女性で、生徒の信頼はそこそこ、近々教頭、いやいやゆくゆくは校長にだってなれるんだから!
そんなめでたい頭の持ち主であるようで、確かに声は大きいが、それ以外はつまらなく、色気の「い」の字も感じられず、
とにもかくにもいもくさく、とうのたった干からびた人であった。
そうして授業は終わるのだが、おれの開かれたノートには黒板の文字は書かれていない。
「自分の機嫌ぐらい自分でとれよ」
とりあえず一行目に今日の感想を書いておいた。
次回の授業も憂鬱である。
俺は物覚えが悪い。