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美術展のチラシができるまで|東京都美術館「美をつむぐ源氏物語」

上野の東京都美術館で2023年1月6日(金)まで開催中の、美をつむぐ源氏物語。源氏物語をテーマに、絵画・書・染色・ガラス工芸という多彩なジャンルの作家が集う展示です。
展示を紹介するチラシが、こちらなのですが――

メインビジュアルの持つ、現代と平安時代とが混ざり合ったような美しさと、細かなところに仕掛けられた工夫の数々が見事に調和しています。

このチラシ、あまりの人気に、なんと増刷も決まったんです!!
一体どんなかたが、このチラシをつくられたんだと思いますか?

今回は、展示を企画された学芸員の杉山哲司さん、チラシを作成されたデザイナーの田中俊光さんに、この「チラシができるまで」についてお話をお伺いしました!

■人物プロフィール■
杉山哲司(すぎやまさとし)

1990年生まれ、埼玉県出身。2015年に國學院大學大学院 文学研究科 史学専攻 博士課程前期を修了。公益財団法人德川記念財団研究員、東京都江戸東京博物館学芸員を経て、現在は東京都美術館にて学芸員を務める。専門は日本近世史。

田中俊光(たなかとしみつ)
1985年生まれ、大阪府出身。2007年、大阪芸術大学 デザイン学科を卒業。2019年に氏デザイン株式会社より独立し、デザインスタジオ turkey[ターキー]を創業。アートディレクターとして多くのデザインを手掛けている。

 最初に声をかけたデザイナーが田中さん

ーーはじめに、この展覧会を企画された杉山さんが、デザイナーの田中さんにチラシデザインを依頼された経緯を教えて下さい。

杉山 はい。チラシ制作にあたり、最初に声をかけたデザイナーが田中さんでした。田中さんと出会ったのは数年前、私がプライベートで訪れた静嘉堂文庫美術館で、そこの学芸員から紹介されたのがきっかけ。

田中 私が静嘉堂文庫美術館へ行った日に、たまたま来られて。

杉山 そうでしたね。

田中 私自身、色々な美術館で広報をやりたいと思っていたので、ご挨拶させて頂きました。いくつか作品を見てもらい、いつかお話があればいいなと。

杉山 田中さんが静嘉堂文庫美術館や静岡市美術館で担当されたデザインを拝見して、東京都美術館の「現代美術」という観点から、今回の展覧会に合うのでは? と思い、最初にご相談しました。

ーーチラシデザインのオファーは、どれくらい前に声をかけるものですか

杉山 今回のケースだと、5月頃にお声がけしたと思います。完成は夏頃を想定していて、そこから逆算しました。

ーーおおよそ4ヶ月程度の制作期間。

杉山 そうですね。今年の夏は日本美術を展示する『ボストン美術館展』を開催したので、その来館者へ向けてチラシを配りたいなと。

時間をかけてじっくり考えてもらいたかった

杉山 最初は私から展覧会の概要やコンセプトをご説明して、キービジュアルの画像等を提示した上で、それらを活かして何案か作ってもらいました

田中 コンセプト、これとこれの画像を載せる、などの条件がある程度決まっていて、そこからこちらで考える期間を頂いて。

杉山 デザイナーさんの意向は大切ですよね。こちらのコンセプトをご説明した上で、時間をかけてじっくり考えてもらいたかった。

田中 思案期間はあまりコミュニケーションをとらず、次のターンは、こちらで作ったものを見てもらう、という。

杉山 大体1ヶ月程度で考えてもらい、出てきた案を館内で相談して、完成チラシの原型が出来上がりました。

ーー決定案はスッと決まりました?

杉山 そうですね。個人的にも良かったですし、館内でも「これがいい」と、割とすんなり決まりました。展覧会のコンセプト、タイトルの見やすさなど、総合的な判断でした。

大きく分けて三方向で考えました

ーー表面に配置された、メインビジュアル決定の経緯はいかがでしょう?

杉山 この展覧会を企画する上で、発想の元となる作品でしたし、田中さんにも「これがいい」と強く推していました。展覧会のコンセプトと最もマッチしたビジュアルだと思います。

ーーそのメインビジュアルから田中さんはアイディアを膨らませていく訳ですが、もし差し支えなければ、どのようなアイディアが出たか教えて頂けますか?

田中 実物を見た方が分かり易いと思い、提案時のビジュアルをプリントアウトして持ってきました。それを見ながら話しましょうか?

ーーぜひお願いします!

田中 分かりました、こちらです。

田中 大きく分けて三方向で考えました。1つはタイトル名に由来するアイディア。2つ目はメインビジュアルに関するアイディア。3つ目は、文字色や背景色など、色に関するアイディアです。

ーーなるほど!

田中 まず、タイトルの「美をつむぐ源氏物語」というワードをビジュアルに取り入れたいと思い、縦横に糸をイメージした細い線を交差させ、「重ねる、織りなす、紡ぐ」、そういう意味合いを持たせてみました。これは印刷の仕上がり具合も意識していて、チラシの現物を見てもらうと分かり易いのですが、光の当たり方で、糸が反射するような、キラッと光るような、そういう仕掛けを取り入れて、アクセントを作ってみようと。チラシを手にとってもらった際に「いいな」「発見があるな」と思ってもらいたくて。

田中 2つ目は、メインビジュアルの中央に女の人が寝転んでいますよね。この床に源氏物語の絵が沢山重ねられている。この「積み重なる」イメージを背景に活かして、四角を重ねてメインビジュアルとの一体感を表現する、という方向性です。

ーー解説を聞きながら改めてチラシを手に取ると、新鮮な気持ちで見られます。

田中 ありがとうございます。3つ目は色です。タイトルは金色に決まりましたが、今回は現代美術の展示でもあるので、ややビビッドなインパクトを出す見せ方もアリだと思い、蛍光ピンクや、源氏物語を連想しやすい紫など、複数の候補を出しながら色の方向性を探っていきました。それから、いまお話したのは背景が白で、メインビジュアルをしっかり見せようという考え方。もうひとつ別の方向性も考えていて、背景に色をつけて強さを打ち出そうというもの。その場合、文字をちょっと見切れさせて入れたり、大胆な動きをつけたり、力強さを強調してみました。大別するとその3つの方向性から複数の案を提出しています。

こだわりを持つこと、想いを込めること

杉山 先ほどの「糸」の話ですが、タイトルにある「つむぐ」というフレーズは、美をつむぐだけでなく、歴史をつむいだり、未来へ繋げたり、源氏物語自体を受け継いだり、そういう複数の意味が込められています。これらを解説なしでお客様へ伝えるのは難しいかもしれませんし、独りよがりと捉えられる可能性もありますが、こだわりを持つ、想いを込める、そういうことは非常に大切だと考えています。田中さんは、その辺りのことを上手に汲み取って下さいました。

ーーチラシを手に取ると、宣伝物としてのインパクトを放ちつつ、各種情報がとても見やすいです。お二人は完成チラシを手にされた時の感想を覚えていますか?

杉山 この金色を印刷で再現するのが大変で、表面のタイトル色もそうだし、裏面、そして中面も金を使っているので、最初の色校正(※印刷物の色合いがイメージ通り出ているか確認する行程)で上手く出てなくて不安になりました。

田中 2回目の色校正である程度の最終形が見れたので、その時点で「いい仕上がりだな、いけそう」と感じました。現物の刷り上がりを見た時は「ちゃんと刷れてるな」という確認程度で。

杉山 私も、最終的にしっかり色合いが出て良かった、安心した、という気持ちが強かったです。それと、表と裏の白黒コントラストが非常に良かったと感じました。

多くの人に持って帰ってもらうことを念頭に

ーーチラシを手にしたお客様が美術館まで足を運ぶ為に、チラシ上で意識されていることはありますか?

杉山 今回に限らずチラシを作る際にいつも気にすることは、タイトル、会場、会期、この3つです。それらをどう際立たせるか? アイディアの段階では、この3つを全部金色にする案も出ました。

田中 ありましたね。タイトルがメインビジュアルを挟んで上下に分割されているので、全て同じ文字色だと情報が混ざってしまうと考え、タイトルと他の文字色を色分けする方向で調整していきました。

杉山 先ほどあげたポイントの視認性を高めることは、常に意識しています。

田中 私も、手に取ってもらえるように、チラシ自体を持って帰りたくなるように、と考えながらデザインさせて頂きました。持って帰ってもらえると、自宅でゆっくり眺める機会に繋がり、足を運んでもらえる確率が上がるので。全体的な見た目はかなりシンプルですが、糸が光る仕掛けや、中面の背景も光沢の強い金色にして「きらびやかなチラシ」として認識してもらい、より多くの人に持って帰ってもらうことを念頭に置いています。

ーー聞くところによると、チラシの減り具合をみて、新たに増刷をされたとか。お二人の狙いや想いがお客様へ届いている証拠ですね。

田中 私も今日、それを聞きました。結果的に(デザインが)成功しているのかな。

杉山 館内を歩いていると、チラシを見つけて、手に取り、中を開いている方を多く見かけます。老若男女問わず、幅広い年齢層の方が貰って下さっている印象です。

取材・文:園田喬し(演劇ライター・編集者・『BITE』編集長)
写真:望月あゆ子


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