オペラの最先端を切り拓く|Vivid Opera Tokyo《こうもり AnotherWorld》演出家・塙翔平さんインタビュー
「塙さんは、若手のトップランナーですね。オペラ業界にいち早くプロジェクションマッピングの演出を取り入れて、今は大規模プロダクションがその動きを追いかけています。オペラ業界を盛り上げていくにはどうしたらいいか、中長期的なビジョンを持って取り組まれてきた方です。」
オペラ界のクリエイターから、このように評されている新進気鋭の若手演出家・塙翔平さん。主催する団体・Vivid Opera Tokyoでは、待望の公演《こうもり AnotherWorld》の上演を9月に控えています。オペラに新しい風を吹き込み続ける塙さんに、本作の演出プランやご自身についてお伺いしました!
――次回作《こうもり》のことをお伺いする前に、塙さんはどのようにオペラと出会ったのですか?
塙さん:実はすごく仕様もない話になってしまうのですが……(笑)、高校の先生に進路のアドバイスをいただいたことがきっかけです。幼いころに子役を経験したり、中学校の部活で演劇をやっていたりしたので、芝居に関わることはずっと続けていきたいと思っていました。ただ大学受験を前に進路を決める際に、どうしてもピンとくる進学先がなくて。そんなときに同級生が音大を受験すると聞いたんです。「あぁ、そういう選択肢もあるのか」と驚きました。
――それまでは音楽の道を考えていなかったんですね……!
塙さん:たまたま校内の合唱コンクールで指揮をしていたので、音大なら指揮科が面白そうだなと思い、音楽の先生に相談してみたんです。すると、「指揮科はピアノが弾けて、音を正確に聞き分けられて、オーケストラの中で一人だけ間違ってる場合に指摘できるようなレベルでないとならない。塙くんは、あと10年くらい浪人しないと入れないだろう」と言われました(笑)。一方で声楽科なら、男性は声変わりをしてから勉強を始めるから、今からでも全然遅くはない。だからまずは歌で受験して、入ってからもう一度転科を考えたらどうかとアドバイスをいただけて。それで、声楽の先生を紹介してもらうことになりました。
――それまでにオペラを観たことはあったんですか?
塙さん:ありませんでした。突然イタリア語の歌の譜面を渡されたのが出会いです。オペラのCDやDVDを借りているうちに、「もともと好きな芝居と音楽が合わさっているオペラって、なんだか”ウニいくら丼”みたいだな」と(笑)。これはすごい贅沢だなと思って。声楽の先生には「たぶん2年か3年は浪人するよ」と言われたのですが、今、他に行きたい方向がないなら、これに時間をかけてもいいかもしれないとスタートしました。仕様もない入り方をして、そこからどんどん惚れていったという感じです。
Vivid Opera Tokyo
《こうもり AnotherWorld》
ヨハン・シュトラウス2世による、オペレッタ《こうもり》
――《こうもり》という作品は、オペラの歴史の中で、どのような位置付けになるのでしょうか。
塙さん:《こうもり》は正確にはオペラではなく、オペレッタと呼ばれるカテゴリーなんです。ちょっと軽いオペラのことなんですが、そのオペレッタの作品のなかでは世界で一番上演されています。日本の紅白歌合戦や第九のように、ヨーロッパでは大晦日の定番として親しまれている作品です。
――どんなストーリーなんですか?
塙さん:ウィーンの社交界を描いた喜劇です。仮装パーティーに出かけた主人公アイゼンシュタインの友人ファルケ博士がこうもりの姿に扮していたことがタイトルになっています。
ファルケ博士はパーティーのあと道端で酔いつぶれてしまうのですが、アイゼンシュタインは彼をそのまま置き去りにして帰ってしまうんです。翌朝、こうもりの格好をしたファルケ博士は恥ずかしそうにウィーンの街を飛び回ったので、その日以来「こうもり」という不名誉なあだ名で呼ばれるようになってしまいます。自分を置き去りにしたアイゼンシュタインに仕返しを企てようとするのが物語のスタートです。
ただ今回はそのあたりも少し読み替えを施しています。
――ファルケ博士は、どういった仕返しをするんでしょう!?
塙さん:主人公アイゼンシュタインは夜会のたびに女性のお尻を追いかけるようなお調子者なんです。ファルケ博士は新たな夜会に彼や奥さん、アイゼンシュタイン家の小間使いを呼び出して、彼の醜態をみんなで見てこらしめてやろうというのが大まかなストーリー。皆が仕掛け人のドッキリであり、ドッキリと知らされないまま参加してる人もいっぱいいる。主人公を陥れるための超贅沢なパーティーです。
今の日本で《こうもり》の上演を選んだワケ
――次回公演の《こうもり AnotherWorld》は、日本語で上演されるんですよね。どういった理由で作品を選ばれたのでしょうか?
塙さん:今年、《こうもり》は初演150周年を迎えるんです。また、私たち「Vivid Opera Tokyo」も法人化して5周年の節目であるため、これまでに上演した人気作品をやりたい、という2点から企画がスタートしました。
オペラやオペレッタは、《こうもり》でいうドイツ語にあたる原語と、日本語訳詞のどちらで上演するべきか、ずっと論争があるんです。私は歌詞を訳して上演するならば、その言語で上演する意味を作品に加えたいので、以前に《こうもり》を上演した際は、鹿鳴館や夜会というものが日本で流行り始めた文明開化の時代に設定を変更しました。今回はさらにそこから新しい形を作るために「ネオ大正」という架空の時代を設定し、現代社会の問題点や、私自身が気になっている多様性/アイデンティティというトピックも取り入れようとしています。
――まったく新しい《こうもり》の誕生ですね。「ネオ大正」はどんな雰囲気になりそうですか?
塙さん:「光と闇」がテーマです。《こうもり》で夜会を主催するオルロフスキーという役は、ネオ大正においては完全な社会の実現を訴える政治家のような役割になります。例えば「ここを照らしましょう」「今まで影になっていた部分に光を」という動きから新たな闇が生まれたり、「全員が平和になったよね」と上位80%の人々は笑うけれども、それ以外の20%を顧みないようにしていたり……。そういった現代社会にあるかもしれない問題を、作品で表現していきたいです。今はまだ自分の中にすべてのイメージがあるわけではないので、演者と稽古を重ねたり、指揮者の音楽を聞いたりしながら、 9月4日の本番に向けてみんなで固めていっています。
――「光と闇」の演出で、なにか工夫されていることを教えていただけますか?
塙さん:「ネオ大正」における”人工的な光”を表すものとして、ネオンを取り入れてみようと思い立ちました。舞台照明を作るだけでなく、照明を使ったアート活動を展開されているアーティスト・渡邉菜見子さんにご参加いただき、舞台上の光にもフォーカスしたいと考えました。オペラはもともと様々なアートが舞台上で組み合わさった「総合芸術」と言われるのですが、今回渡邉さんに入っていただくことで、現代における新たな総合芸術としてのオペラが作れるんじゃないかなと思っています。
若手オペラ界を牽引する存在として「RESONATION」
《こうもり AnotherWorld》公演は、若手のオペラ団体同士がつながり合い、オペラの文化を広げていこうとする「RESONATION(共鳴)」というクリエイティブムーブメントに参画しています。同じく「RESONATION」に参画しているオペラ・カンパニー「Novanta Quattro」の共同主宰・吉野良祐さんから、塙さんの印象をお聞きしました。
――同じような立場でいらっしゃる吉野さんから見た、塙さんについて教えてください。
吉野さん:あらゆる視点を持っていらっしゃる方ですね。歌手として、役者として、演出家としての視点だけでなく、プロデューサー的視点、ドラマトゥルク的視点というように、「この作品を今、なぜ我々がやるのか」という根本的な問いをお持ちです。そして、バランス感覚があり、最後には必ずお客さん目線になれる。オペラといういろいろな見方や楽しみ方がある芸術を、あらゆる方向から見られる稀有な方なんです。新国立劇場や東京二期会のような大きなプロダクションがフレンチレストランだとすると、私たちNovanta Quattroも、Vivid Opera Tokyoも、例えるなら路地裏のカウンター席しかない居酒屋みたいな存在で(笑)。けれど、塙さんは優れた目利きの力、様々な視点を持ってるからこそ、材料選びやお金のかけ方を的確にコーディネートできる。場末の居酒屋でしか味わえない良さもあるじゃない、と。
――吉野さんの仰る「様々な視点について」、塙さんご自身はいかがですか?
塙さん:バランサー的なところは、もともと自分の性格上あるかもしれません。より多くの人に楽しんでもらいたいという思いがあるので、ものすごく尖った表現で一部のお客さんだけに楽しんでもらうような作品づくりは出来ないなと思うんです。そういう意味で感覚はエンタメ寄りだと感じますし、それがオペラというアートの場、Vivid Opera Tokyoにおいては比較的良い相性で、バランスを取りながらやれているかなと感じます。
――素敵なお話をありがとうございました! 最後にまだオペラに触れたことのない方に向けて、メッセージをお願いします。
塙さん:中学校の演劇部の公演が終わったとき、観に来てくださった男性に呼び止められたんです。「この舞台を見て、ここに来たときの景色と、帰りの景色の見え方が変わった」と伝えてくださって……。中学校の演劇部ですよ(笑)?! でもそれが今でも、私の”人の心に届けるもの”の指標になっています。観てくれた方にとって、自分の人生が少しでもより良くなるような時間・空間であってほしい。オペラだからとかオペレッタだからではなく、舞台芸術が好きな方であればどなたでも何かしらを感じて楽しんでいただける時間になると思います。ぜひ初めての方にもご鑑賞いただきたいです!
インタビュー・文/成島秀和(おちらしさんスタッフ)
\「RESONATION」2団体によるスピンオフイベントも開催!!/
★「RESONATION」連動企画!★
記事中にもご登場いただいた「Novanta Quattro」主宰・吉野良祐さんへのインタビュー記事も公開中! こちらでは塙さんから吉野さんへの印象も語られています。ぜひ合わせてお読みください!
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