早稲田小劇場どらま館企画『演出新人訓練』
ネビュラエンタープライズ・おちらしさんスタッフの福永です。
早稲田大学の小劇場、どらま館は、いつも興味深いWS企画を立ち上げています。「演劇界に新風を吹き注いでいる!」とまでと言ったら大げさかもしれませんが、そう感じてしまうほど、少し目線の違う、魅力的な企画が多いのです。
そんな中の一つが、先日開催されていた『演出新人訓練』。
学生対象のイベントですが、どうしても覗いてみたくなり、無理を言って見学させていただきました。
『演出新人訓練』というタイトルからイメージできるのは、まだ「演出」をしたことのない人に、「演出」をする際に気を付けることや、良い「演出」とは? などを伝授して、「演出」できる人を増やしていこう! という主旨なのかな、と言った程度。しかし、その内容だとすると、かなり好き・嫌い、個人差も出てきて、体系化するのが難しいのでは・・・? というのが最初の印象でした。
スタニスラフスキーの名前は、演劇をかじっている人間ならだいたいは聞いたことがあるでしょう。「スタニスラフスキーシステム」と呼ばれる現代演劇における代表的なメソッドを確立した人物で、演出家や役者にとってはものすごい“カリスマ”。
この人物は、チェーホフの作品をたくさん演出しているわけですが、実際にどのような演出をしたのか、をノートに書き込んでいたというのです。今回は、その中で唯一和訳されている「かもめ」の演出ノートを使って、スタニスラフスキーがどのように「かもめ」を演出したのか、体現してみようという企画でした。
配布されたテキストは「かもめ」の第二幕で、右ページに戯曲、左ページに演出の内容が書かれているもの。その演出ノートには、どの役の誰のセリフのときに、役者がどう動いているのか、などがかなり細かく記されています。
例えば、「マーシャは小卓のところへ行き、もう一杯茶を注ぐ。」「ドールンは頭のうしろに両手を組んで寝る。」など、具体的な所作に関するものや、「ドールンは「ブラーヴォ」と云って拍手をする。」など、戯曲にないセリフも追加されています。長いものだと「彼女は空の茶碗を手に持って非常に優雅な恰好で小卓の方へ歩いて行く。それからちょっとワルツを舞い、スカートの裾をふくらませてくるくる旋回し、笑い出す。」なんてものも。
さらには、マーシャが想いを寄せる相手のことを話しているところに、おじさんのいびきが聞こえているシーンでは「マーシャにはそのセリフ全体を感情的な、夢見るような調子で云わせる。そしてソーリンに急に鼾(いびき)をかかせる。この鼾はマーシャの気分とはかけはなれた調子の合わないものなので、観客の笑いを呼び起こすことだろう。」なんていう、いわゆる緩急の笑いを求める指示が。役者へのプレッシャーが半端ではない、無茶ぶり演出と思えるものもあったりして、読んでいるだけでも十分に面白いものです。
WS参加者は、各役を割り振られて、演出ノートに従って動いてみます。区切りのいいところまでシーンを作ったら、休憩をはさんで、そこまでのシーンをみんなで振り返る、という構成でした。
実際に動いてみてどうだったか? なんでそんな動きをするのか? など、皆さん、本気でその役に取り組むことがメインではないのに、様々な意見が出てきて、大いに盛り上がります。
そして、この作業をしていくことで、だんだんと、この演出ノートから読み取れることが増えてくるのです。
例えば、田舎の人の役にはやたらと「音を立てる」とか「大声で話す」などの演出がついています。これはどうやら、「田舎の人=不作法」の構図を引き立てているのではないか? という仮説が成り立ちます。
また、男女の恋愛関係でも、想いを寄せる側は相手の方を向き、興味のないときにはそっぽを向くなど、体の向きや歩く方向などで、感情のベクトルも表現されているのです。
激しく言い合う二人のそばで、ずっと「寝ている」男がいることで、この言い合いは、わりと日常的なことで、気にするほどのことでもないものだ、という情報が浮かび上がってきたりします。
さらに、会話にはなかなか入ってきませんが、ずっと舞台奥の湖で釣りをしている役があったりもします。舞台ツラで別の役がその人物の話をしたり、ちらっとそちらを伺ったりなど効果的に使われており、後半、ついにその人物がツラに出てくる時には、「来た!」というインパクトが強くなっていました。噂の対象がずっと“見えている”状態であることが、どのような効果をもたらすのか、とてもよくわかるのです。
ここまでの例でもわかるとおり、実はこの演出ノートは動きや状態など、「構造」に関する指示がほとんどです。
一方、「演出」と聞いて、パッと思いつくのはどんな手法でしょう?
「もっと役になりきって!」「今の倍、驚いて!」「自分の子供のころのこと思い出して」「本気で相手のことを好きになって」などなど、いわゆる「内面」のことを指示するのが「演出」だ、という印象はないでしょうか?
この辺りについて、今回のWSを企画したどらま館スタッフの浜田誠太郎さん、内田倭史さん、それでもかわらださんの3名にお話を伺いました。
浜田さんも、「演出」とは何か? というシンプルな問いかけが、このWSのきっかけなのだと話してくれました。
内面の変化は、実際には、1か月くらいの稽古期間で達成できるものではない。また、内面の変化を、外から見ている演出家が本当に判別できるのかは、根拠に乏しく、不安定要素が多いと分析しているのです。
そして、さらに現代的だと思ったのが、その不確実さが結局、人格批判にもなり、結果的に、
と考えているようでした。
では、改めて、「演出」が果たすべき仕事は何なのか? を考えたときに、出てきたのがこのスタニスラフスキーの「演出ノート」だったわけです。
このことは、見学しているこちらにとっても新しい視点でした。動きを付けることで、役者はみな必然的に役の内面を予想し、徐々にキャラクターが定まっていく様子がわかるのです。
スタニスラフスキーの研究者でもある浜田さんによると、実はこの演出ノートは「スタニスラフスキーシステム」が確立するよりずっと前に書かれたものなのだそうです。
そう聞くと、確かにこの演出ノートは、その指示どおりに動いていれば、“演技力”のない人でも、構造(見た目)だけで、役と役の関係性や、大枠の感情(好き・嫌いとか)がある程度表現できるようになっています。
もしかしたら、ここに「演出とは?」のヒントがあるのではないでしょうか。
『演出新人訓練』というタイトルではありますが、このWSは「演出」を教わる場所ではなく、もっと根源的な「演出」とは? を考える機会として、とても有意義な時間なのでした。
最後に企画の3名に、このWSを今後どのように発展させていくのかを聞いてみたところ、特に考えてはいないようでした。ただし、スタニスラフスキーの演出ノートは、「かもめ」以外にもたくさん存在しているのだそうです。しかし、まだ和訳がされていないのだそうで・・・、
と浜田さん。
その大変さがわかっているからこそ、苦い顔をしていましたが、その表情には、どことなく「やってみたい」気持ちも感じられ、勝手ながら、今後の彼の“大事業”に期待してしまうのでした。
演劇処・早稲田の優秀な人材たちが、このような演劇構造の根本から考え直すWSに集まっているというだけで、とても尊いと感じます。
ここから何か新しい風が吹き、演劇界に一石を投じる活動になるような気配に満ちた、学びながらもワクワクもさせてくれる素晴らしい時間でした。
この企画は全4回あるうち、この日が第2回でした。12月20日(火)に第3回、来年1月22日(日)には第4回が予定されており、まだ受講生を募集しています。興味のある方はぜひご参加を!