自然の存在を思い出す心地よいひとときを――東京都美術館「大地に耳をすます 気配と手ざわり」
土を触る、野生の虫や動物を追いかける、草をじっくり見てみる……。子どものころの夏休みを振り返ってみると、きっと今よりも身近だったはずの自然との触れ合い。最近はいかがですか?
7月20日より東京都美術館にて行われている、「大地に耳をすます 気配と手ざわり」展。こちらでは、自然と深く関わり作品制作を続けている5名の作家が紹介されています。上野の美術館に居ながら、地球に欠かせない雄大な自然を感じ取り、改めてその存在を思い出させてくれるような企画展です。
彼らはどんな環境に身を置き、大地の声を聴き続けているのか。5名それぞれの制作スタイルを通して生まれてくる自然の気配、そして手触りをたっぷりと感じられる本展の魅力をご紹介します!
川村喜一:知床への移住・生命の循環
まず最初に出迎えてくれるのは、川村喜一さんのインスタレーションです。川村さんは東京で生まれ育ち、2017年より「自然と表現、生命と生活」を学び直すため、北海道・知床半島へ移住されました。山に暮らす「生活者」としての視点で、アイヌ犬・ウパシやご家族との日常、知床の自然を映し出す作品を発表されています。
生態系の一員として、ヒグマやシャチも生息する世界有数の豊かな自然環境で生きることの厳しさ。季節を経ていく風景や動植物とともに過ごす、命の温かさ。
布や折りたたみできる木製の額縁、キャンプ用のロープなどを組み合わせつくられた作品の中を辿る時間は、どんなことも包み込んでくれる知床の大地に身を委ねているようです。写真と写真を重ねて映し出される、美しい景色をぜひじっくりと体感してみてください。
ふるさかはるか:自然とともに作る木版画
続いては木版画をメインに活動されている、ふるさかはるかさんの展示です。フィンランドやノルウェーで出会った北欧の先住民・サーミの人々の生き方に感銘を受け、自然と協調する制作スタイルを築いてきました。
自然由来の素材を使うだけでなく、土や漆の樹液の採取、藍の栽培から始める絵の具作り、木目や傷を生かした版木作りなど、素材と向き合いと対話するひとつひとつの手しごとを大切にされています。
土や植物が本来持ち合わせている繊細な美しさが、ふるさかさんの手によって浮かび上がる様ははっとすること間違いなし。目を凝らせば凝らすほど、その神秘に魅せられていくようです。会場では制作風景の映像「『ことづての声/ソマの舟』をめぐる制作の記録」(2023-24)や、会期中も少しずつ沈殿が進んでいる藍から抽出した顔料など、自然を素材に制作する過程も目で見て味わうことができます。
ミロコマチコ:奄美大島の環境を感じ取るままに
北の大地を感じる作品たちから一転、下階のフロアで待つのは奄美大島に暮らすミロコマチコさんの作品です。川村さんと同じく移住者であるミロコさんは、自分を取り巻く環境から様々なものを受け取って描くライブペインティングなどを制作されています。
大きなカンバスいっぱいに描かれる、躍動感あふれる鮮やかな絵の数々。生きものたちのざわめきや、風、光、においなど、ミロコさんが全身で受け止められた一瞬一瞬が刻まれているんです…! 写真でも伝わりますでしょうか!?
本展のために新しく制作された《島》では、奄美大島の泥染めが取り入れられています。こちらも外側の絵を見て回ったり、中に入って360度をミロコさんの絵や立体作品に囲まれてみたりと、自由に歩いて奄美の息吹を体験できる作品です!
倉科光子:震災後の植物の変化を追う
次の部屋で待つのは、植生の様子がリアルに描写された水彩の植物画。倉科光子さんの作品です。
作品のタイトルを見ると、緯度経度が名前として付けられていることがお分かりでしょうか? 倉科さんは2001年から植物画を描き始め、2013年からは東日本大震災で被災した岩手県、宮城県、福島県などに足を運び、「tsunami plants」というシリーズとして変化を記録しつづけています。そのため、描かれた植物がどこで生きていたのか、確かな位置が重要になるのです。
昨年より制作されている作品(下の写真)では、地面に広がり続ける珍しいフジの花が……! 自然災害により大きく環境が変わっても、それに適応して生き続ける植物たち。小さくも力強い声に耳を傾ける倉科さんの活動は、これからも続いていきます。各作品につけられたキャプションにもあわせてご注目ください。
榎本裕一:根室の静かな冬
展示の最後を飾るのは、2018年より北海道根室市にアトリエを構えられた榎本裕一さんです。東京、新潟と3拠点で活動されており、本展では榎本さんが魅せられたという冬景色を捉えた作品が展示されています。
例えば上の写真右にある、油彩画《沼と木立》。一見すると、黒と白が半分ずつ塗られただけのようですが、間近で目を凝らすと黒の部分に木々が見えてきます。実は暗い森と、真っ白な雪の積もった沼面の体験をもとに描かれた作品でした!
続いても、黒と白のコントラストが美しい《結氷》。10点に渡る作品では、海風で雪が飛ばされた様子が写され、雪と地面の比率などでまったく異なる表情を見せてくれます。写真が印刷されたがっちりと分厚いアルミパネルも、まさに氷のよう。作品の側面からも、冷たく静かな根室の冬が想起させられる見どころです。
5名の作家が自然の中に入り込み、誠実な対話を重ねながら作られてきた作品たち。心地のよい鑑賞の時間を過ごしたあとは、私たちの周りにある自然の声を今よりももう一歩近くで感じ、きっと耳を澄ませたくなるはずです。夏休みの一幕に、そんなひとときもいかがでしょうか?
ヘッダー写真/川村喜一《We were here.》(2024)
文/清水美里(おちらしさんスタッフ)
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