神戸・下町にて「コンテンポラリーダンス?」から「あなた、ダンサーさんやろ?」になるまで / ARU.『聞こえない波』関連インタビュー(1月19日~@神戸・KIITO)
神戸は「アートとデザインの町」とも呼ばれ、美しい建造物と都会的な雰囲気が混ざり合う港町。さまざまなアートイベントが開催され、大阪や京都から訪れる人も多い。
また、「ここで作品をつくりたい」「ここで作品を発表したい」と街や建物に魅了されるアーティストもいる。1月にダンス公演をおこなうARU.(在る)も、「神戸にあるKIITO(キイト)で踊りたい」と上演を決めた。
神戸のダンスシーンはどうなっているのだろうか。神戸のなかでも下町・新長田で100席ほどの劇場を運営するNPO法人DANCE BOXの横堀ふみさんに、神戸でのコンテンポラリーダンスに関わるお話を伺った。
■神戸の下町・新長田にて14年。ダンスが町の日常になっていく
──神戸におけるコンテンポラリーダンスってどんな感じなんでしょう?
私たちが2009年に大阪から神戸に来たとき、拠点をおいた新長田は下町で、「コンテンポラリーダンス」という言葉そのものがあまり知られていませんでした。
それでも、ダンスを幅広く受け入れる風土がある地域なんだろうなと思います。
たとえば、コンテンポラリーダンスの振付家を招聘している貞松・浜田バレエ団や、ダンス部の強豪である神戸野田高校があったり、創作ダンスの全国大会としては唯一の「全日本高校・大学ダンスフェスティバル(神戸)(AJDF-Kobe)」が毎年開催されていたり……。なかでもとても重要な役割を果たしてきたのは、やっぱりアンサンブル・ゾネ(※1993年設立の神戸を拠点に活動するダンスカンパニー)ですね。神戸のコンテンポラリーダンスを切り拓いてこられた存在なんじゃないかなという印象です。
──神戸で活動されて14年。地域の方々やお客様の変化は感じますか?
拠点を移したばかりの頃は、コンテンポラリーダンスをやろうという方も観ようという方も少なかったので、「まずはダンスという表現に出会ってくださる層を増やさないといけない」「ダンスの面白さを共有していくための地盤が必要だ」と、草の根的にいろんなプログラムを立ち上げました。
最初にやったことは、私たちが「新長田で踊られているいろんなダンスに会いに行く」というコンセプトで、いろんなところに出かけました。神戸野田高校のダンス部の稽古や、奄美群島の踊りを踊られている方の稽古を見せてもらったり、婦人会の盆踊りの練習にお邪魔したりと、とにかく地域で踊っている人に会いに行って一緒に踊ることを通して町を知っていきました。
もうひとつは「アーティストがいつもいる劇場」を目指して、アーティストに新長田に滞在して作品をつくってもらうプログラムを作りました。この町で日常生活を送るなかで、お好み焼き屋さんに行ったり、銭湯に行ったりしながら、自然に住民の方々と出会っていく。これはずっと続けているので、かなりのアーティストが滞在して、ここで作品をつくってきました。
その中でもすごく大きなきっかけになったのが2012年にはじまった「国内ダンス留学@神戸」という8ヶ月間のプログラムです。若い方々を対象にしているんですが、これが地域の方々にもとても喜ばれました。というのも、新長田(長田区)は神戸市のなかでもっとも高齢化が進んでいて、空き家も多いんです。そこに若い人が8ヶ月間住むなり通うことがとても良いふうに受け入れられていて。みんなで一軒一軒まわってポスターを貼らせてもらうとお店の人が公演を観に来てくれたり、差し入れをしてくださったり、「若いダンサーを支えよう」みたいな雰囲気がありました。
──町の方々とダンスとの距離が近くなっていったんですね。
そうですね。印象的だったのは、黒沢美香&ダンサーズ(※日本におけるコンテンポラリーダンスのパイオニアとも言えるダンサー黒沢美香が代表をつとめるグループ)が新長田に滞在していた時に、地元のお店や銭湯に入ると「DANCE BOXの人やろ?」とか「ダンサーさんやろ?」って当てられるんですよ。“ダンサー”という職業があるということがいつの間にか浸透していて、「どうやって生活してるかわからへんけど、なんか変なことやってる人たちがいるんやな」と許容されている。訪れたダンサーの方が「ダンサーとしての自分が認められたように感じる」と言われていたのをよく覚えています。町の寛容度がとても高いです。
──ダンサーや振付家にとっても、居心地が良さそうですね。
きっと東京とはまったく違うスピードが流れている場所なんでしょうね。だから創作をすることに急かされないで、集中して良いペースで作品を作れると感じている方が多いみたいで。アメリカから何度も来られている振付家のジェイスン・ハワードは「ここで家を探したい」とまで言っていて、そういうダンサーさんや振付家さんが増えていると感じます。それほど、作ることと暮らすことのバランスが良い場所になってきました。
──そういった10年以上の積み重ねがあってこそコンテンポラリーダンスが浸透してきたのでしょうか。
その場しのぎの関係ではないんですよね。そこに暮らす地域の方と、銭湯で何回も何回も会ったり一緒に飲んだりと、日常のなかで積み重ねてきた関係があるから生まれることもたくさんあります。
たとえば、私たちも運営メンバーとして関わっている『下町芸術祭』は現代アートやコンテンポラリーダンスの展示・公演をおこなうアートフェスティバルなんですが、それはおじいちゃんたちが住んでいる多世代シェアハウスや、映画館や、工場などを会場の一部にしたり、オープニングで町の人が踊ったりテープカットをしたりするんです。そういったことは今までの蓄積や信頼関係がないと成立しないことかなぁと思います。
──ダンスが町にとって少しずつ日常になってきたのですね。これから先はどんな活動をされていきたいですか?
これはコロナ禍を経て感じた個人的な思いでもあるんですが……地域に増えてきている空き家を、アーティストの創作拠点に利活用できるような流れを作りたいんです。
コロナ禍で、生身の体で表現するアーティストは、一気に仕事がなくなりました。それはもうびっくりするくらい一瞬にして消えてしまって。最近はまた復活し始めたなとは感じているんですが、それでも、これから先もまた創作できる場所や機会が突然なくなってしまうかもしれない。その時になにか場所があればいいなと思うんです。小さくてもいいから、少人数で稽古ができたり、新作作品が作れたり、衣装がちゃんと保存しておけたりするような、アーティストそれぞれの拠点を増やしたい。そういう活動の基盤があることによって、作るものの強度が増したり、思考がもっともっと深まっていったりする。そういった土壌をこれから5年、10年とかけて仲間と整えていきたいなぁと考えています。
■KIITO(キイト)、いろんな顔を持つ空間
──神戸にはいろいろなアートスペースがありますが、コンテンポラリーダンスはどのような場所で公演されているんでしょう?
繁華街である三ノ宮には、ホールやギャラリーなどの複合施設「新開地アートひろば」や旧生糸検査所を改修した「デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO/キイト)」、異人館エリアの北野地区には森山未來さんらが作られた「アーティスト・イン・レジデンス神戸(AiRK)」があります。私たちが運営している劇場「ArtTheater dB KOBE(アートシアター ディービー コウベ)」があるのは新長田という下町ですね。それぞれ場所やできることが違っていて、それらを運営している人同士が協力し合いながら連携しています。
──いろんな場所があることで、いろんな出会いや楽しみ方の可能性が広がりますね。なかでもKIITOはどういう場所ですか?
KIITOがあるのが三宮の方なので、おしゃれな人が行く場所という感じはあるかもしれないです。市役所も近くて、その途中に東遊園地という大きくておしゃれな広場ではオープンカフェができたり、子どもが遊べる噴水があったり、本と触れ合える図書館があったりと、周辺も面白いです。
なにより空間が面白いんですよ。私はKIITOが立ち上がった2012年より前から知っていて、オープンする前に実験的にアーティストが使ってみる企画や、こけら落としのパフォーマンスにも関わらせていただきました。こけら落としはウォーリー木下さんが演出されていて、大きな巨人がお客さんを引き連れながら三宮駅からKIITOまでずっと歩いていって、KIITOに辿り着いたらまるでその巨人を歓迎するみたいに風船が飛んでいったりする。そんなことを通してなんとなくKIITOの顔を知ってはいたんです。それなのに、同じ年に維新派の公演を観た時に「なんか全然違う建物の表情を見せてもらったなぁ」と感じてすごく印象的でした。
──とくに維新派は野外での公演が多くて、音や光などは自然のものが入ってきますよね。KIITOも、太陽の光などによって作品の印象が変わりそうです。
そうですね。それと、KIITOの良さってダンスだけでなくいろんなメディアのアーティストが一緒になって作っていけるような空間なんです。空間に余白がある。それがKIITOの面白みかな。
企画も楽しくて、子ども向けの「ちびっこうべ」という体験プログラムや、アーティスト・イン・レジデンスでフューチャーされるアートがすごく面白かったりするんですね。ダンサーでいえば湯浅永麻さんや森山未來さん、ほかにも衣装を扱う美術家の西尾美也さんがいたりと、「そこに光を当てるんや!」みたいな面白さがあります。
■非日常が日常になること、コンテンポラリーダンスに触れて
──コンテンポラリーダンスの魅力や、楽しみ方についてどんなふうに考えていらっしゃいますか?
よく言われるような「感じたように感じてください」というのがあんまり好きじゃないんです。
──たしかに人によってまったく作品が違いますよね。また同じ作品を観ても観客によって感想が違うこともよくあります。記憶に残っているお客さまの反応はありますか?
たぶん初めてコンテンポラリーダンスを観たらしいお子さんが「なんか、私を見てるみたいやったなぁ」って言っていたのは、印象的でしたね。
──その感覚、私も感じたことがあります!目の前のダンサーの体を見ていると、まるで自分が空間に溶けこんで、ダンサーと一体化しているような感覚になったこともありました。
劇場に行くことっていまや非日常になってきていると思うんですよ。コロナ禍に、生きている人の体をマジマジと見る場所が一瞬なくなった時期がありました。そして今は画面を通していろんなことが気軽に無料で楽しめます。けれど舞台って、けっこうな金額を払ってその場所に行かないと見られない。そこでは隣の人の息づかいが聞こえたり、肩を寄せ合って複数の人と一緒に、生きている人の体を観察している。また体だけでなく空間そのものを感じることができるのは、映像を見るのとは違う体験だと思います。だから舞台を観るときには、いろんな方向を向いたり、いろんなベクトルの音が聞こえてきたり、そういった経験や感覚を楽しんでほしいですね。そういう時間を生活の中で持つことは、面白いことだと思います。
──とくにKIITOのような独特な空間は、その場だからできる経験や感覚を楽しめそうな気がします。
KIITOは、ダンサーが踊っているという景色以上に、ダンサーが景色を踊らせているふうに感じられるような場所です。ダンサー以外にもその空間のなかで踊っている"なにか”を探しながら観るのもすごく面白いかもしれないですね。
──舞台空間は非日常だけれども、アートやダンスが日常と地続きであるという話も伺えました。またKIITOでARU.がダンス公演をおこなっている最中の1月20日には、伝統芸能である東北の虎舞をベースにした「阪神虎舞」の公演にDANCE BOXが共催しています。現代の創作作品だけでなく、歴史と文化と芸術が溶けあう神戸の街の土壌の豊かさを感じました。ありがとうございました。
1月19日より神戸・KIITOで上演される、ARU. 《聞こえない波》
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